178.ニムドゥーラ④/4 -金色の窓辺、猫一匹-
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理不尽に押し込められた〈刷毛尾猫〉の小さな身体から、縞はそびえる巨体を見上げた。
クソアマことフィーは、縞からすれば非常に面倒臭い敵である。
アレでもう少し胸がデカければ話を聞いてやる気も起きるのに、彼女は体形も格好も何もかもそそらぬ態度で、縞に『お行儀』などと腹の足しにもならぬモノを叩き込もうとしてくる。
しかも一度怒らせれば猛獣のような獰猛さだ。
行儀とはなんだったのか。
しかし下手をすると、その隣で意地悪く縞の動きを監視してくるボケナスことイチヘイも目を吊り上げだすため、突っ込めない。三人とも、少なくとも縞より十以上は年下の若造のハズなのに、腹立たしいほどに生意気だ。
――――「んじゃあね?! 猫おじミミちゃんはご飯抜きなのよ!」
「オイ! ふ、ふざけンにゃよ?!」
縞はそれでも金獅子のごとく勇敢に毛を逆立てて抗議したが、届かなかった。さっさと彼をハナトの部屋に放りこむと、本当に三人で出掛けてしまう。
「くそ、くそォ! ニャ! ひでェ目にあったニャ! あのクソアマァ……、ボケナスも、ハナトも、いつかゼッタイ屈服させてやらァ! ニャアァァ……!」
四つ足で顎をあげ、天井へとそそりたつ扉を睨みつける。この姿でできる精一杯の腹いせに、宿の敷物で爪を研いでやった。
宿賃はソルスガが出してくれるからといって、三人はちゃっかり、ずいぶん良い宿を選んでいた。
お陰でなにやら床を歩けばふかふかで気持ちいいが、それ以外、人として頭数にされない縞には知ったことではない。
しかしすぐ、バリバリと爪を立てる視界に、ちょろりと伸びて赤いリボンで結ばれた、顎下の鬣が入り込んでくる。
ご丁寧に『編み込み』とか言うやつにされ、しかも本当にハナトとお揃いにさせられて顎から二本も生えていた。なんならさっき、鏡を見せられたときには耳の横にもリボンの装飾がついているのが見えた。
一人になったので外そうとしたが、手指の使えない猫の手で無理に金具を引っ張ると、ただ痛いだけで取れない。
漢として、耐え難い屈辱だった。しかしそこにゆっくり飯抜きの事実が染み込んでくると、毛並みも尾も勝手に下がる。
……恨みは降り積もるものの、独りにされた途端、だんだん全部投げやりになってきてしまったのだ。
怒りをぶつけたい相手は、見当たらない。
部屋は妙に広くて、静かだ。
(クソがよォ……)
こうなるまでにもだいぶ暴れていた縞は、急にどっと疲れを感じてしまった。
しわがれた表情でよろめきながら、宿の窓枠に飛び乗る。人が三人座れるほどの空間はある、立派な出窓だった。細かい格子ガラスの窓を通して、金色の西日が縞の〈刷毛尾猫〉としての身体に、格子模様を作る。
そうして、ベタベタ触られた身体から感じる耳長女の臭いが鼻持ちならず、自分の匂いで上書きしたくて舐め始めたところだった。ハッと顔を上げた。
……また『引っ張られて』いる。
「……いやちげェよ何してンにゃ!! オイラはネコじゃねェ筈だニャァァ……!!」
この姿は、本当に厄介だ。
『元に戻りたいなら大人しく俺たちの言うことを聞け! 命令は絶対だ!』とボケナスご主人サマに脅迫される。
ちょっと過ぎた態度をとれば、今日のようにあのクソアマにまで組み敷かれ、美味いメシを人質にして脅迫される。
それに、目の前に蝶が飛べばすぐ追いかけてしまうし、何もないのに睡魔に襲われて気付けば寝てしまう。
起きれば勝手に体が伸びをしだして、ハナトに『可愛い』とおちょくられる。
ハナトに細い紐を出されて、『あそぼ!』などと目の前で振られると逆らえない。
さらに、ハナトに『ごほうび』とブラシをかけられると、やっぱり勝手に身体がすり寄ってしまう。
ハナトに喉を撫でられれば、喉が勝手にぐるぐる鳴り出して止まらない。
あの家でうっかり猫にされたばかりに、あれから縞の矜持はズタズタである。あの乳のでかい、お師匠さまとか言う奴の魔法だなどと聞いてはいるが、そんな可愛いものでは談じてない、こんなのは呪いだ。
「ミャァ~……」と、今のもため息をついたはずが、なにやら勝手に刷毛尾猫の細くてかわいい鳴き声に変換された。
「ッ、クソにゃァ!!!」
縞は出窓にハナトが残していったお椀からぴちゃぴちゃと水を焼け飲みすると、ハナトがその隣に置いていった宿のクッションに円くなった。
……まあ……、こういうのをちゃんと用意していく点は、しもべとしての教育は順調に進んでいるといえるかもしれない。
「……ハン! だが、」
くんすかと、猫の本能に引っ張られてクッションの匂いを嗅いでしまう。
「あのチビめェ、オイラに使わせる前にこれの上に寝転がりやがったにゃァ……?」
まったく、全然使えない。まだまだ教育は必要のようだ。『フン!』と偉そうに鼻を鳴らし、縞は緑地に豪勢な刺繍のされたクッションの上に顎を預けた。
「後でこの肉球で、オイラ直々に鉄拳を食らわせてやらニャァなァ……」
呟きながらニムドゥーラの街並みを挟み、街壁の向こうに沈んでいく金色の夕日を見つめる。宿の三階は眺めが良い。流れて行く雲が陽を遮ると、その隙間から幾筋もの光芒が、天からの梯子のように地に注ぐ。
あちらは旧市街の方角か。
そのきらめきが、彼の金色の瞳に反射している。
(……早く、元に戻りてェなァ……。戻ったら乳のデカい綺麗な姉ちゃんと✕✕✕✕して✕✕✕✕な✕✕✕✕を……)
うつらうつらと細まりだす瞼の裏でふっとそんな下世話なことも考えたが、今はこのクッションの柔らかさの方が勝ってしまっている。これも全部……そう、全部この呪いのせい、猫の本能のせいである。
「ふわあああ……」
最後にひげを畳みながら大あくびを決めると、縞の意識は、心地よい眠りの中に引きずり込まれて行った。
金色の窓辺に、猫一匹。
安穏と、寝息が聞こえだした。
【あとがき】
ここまで長々とありがとうございました。おつかれさまです。
さて第二部は、当初は前編・中編(このニカナグ編)・後編を予定しておりましたが、いったんこれで〆とさせていただきます。
次の更新は2027年3月末あたりを予定しております。……ただ、現在ちょっと構成が暗礁に乗り上げかけてるので今のところ未定とさせてください。
とりあえず次クール(第三部)はイチヘイとフィーがデート(!)する章から始まります。作者的には『ついにここまで来たかー』と感無量ですね。
ということで(?)、ぜひ次話の更新がわかるようにブクマを頂けると嬉しいです!
あるいは☆評価、レビュー、感想などで応援していただけると、どれも睦永がやる気になります!
……いやあのホント、この回に『読んでるよ』って印にスタンプ押して貰えるだけでも「そうか、私、壁打ち投稿してる訳じゃないんだ……」って思えますので……。
次の連載が始まる頃、まだ本作のことを忘れないでいて頂けたらとても嬉しいです。
またあなたにお会いできますように。このご縁が続きますように。お祈りしながら、この先の続きをどうにか捻り出したいと思います└( 'ω')┘ムキッ
また連載が確定しましたら、一話、閑話を出す形でお知らせさせてください。
2026年11月初旬




