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2. 私を守ってくれる場所

朝露に濡れた石畳を踏みしめ、エレノーラ・カーヴェルは荘厳な神殿の門前に立っていた。

傍らには、長い道のりを共に歩んできた庭師の孫・リュカが無言で寄り添っている。


「ごき……ごきげんよう」

神殿の扉を開けた女性――清楚な修道服を纏ったシスターが出迎えたその瞬間、エレノーラはぎこちないながらも貴族式の挨拶をした。

脚の動きも、手の角度も、どれも教本通りとはいかない。

それでも、彼女の中の“令嬢”としての誇りがそれを支えていた。


「わたくしは……カーヴェル伯爵家の長女、エレノーラと申します。お願いです、どうか……わたくしを、保護していただけませんか?」

その言葉に、シスターの顔に驚愕の色が浮かんだ。

リュカも思わずエレノーラを見たが、彼女は背筋を伸ばし、シスターから瞳を逸らさなかった。


シスター――名をアリアナは、エレノーラの薄汚れた身なりとやせ細った体つきに目を留め、やがて頷いて言った。


「……わかりました。こちらへどうぞ。神父様にお繋ぎします」

アリアナに導かれ、神殿の奥、静かな応接室へと足を踏み入れる。そこには白髪混じりの老神父が、椅子に腰掛けて待っていた。


「どうぞ、おかけなさい。話を、聞かせてくれますか?」



――始まりは、わたくしが十歳のときでした。


エレノーラは、静かに口を開いた。

カーヴェル家に従姉妹がやって来た日を、彼女は鮮明に覚えている。

名はマグリット。事故で両親を亡くし、行き場のなくなった彼女を、父が哀れみ引き取ったのだ。


「可哀想な子なのよ、エレノーラ。優しくしてあげてね」

母のその言葉に、エレノーラは頷いた。

家族を失う悲しみは、想像もできないほど重いはずだ。

自分にできる限り、寄り添ってあげようと誓った。


けれど、彼女の善意は裏切られた。


「エレノーラお姉様に叩かれました」

「わたくしのリボンを盗られました」

「……エレノーラお姉様が、いじめるの」

無垢を装った言葉が、次第に家中の信頼を蝕んでいく。

最初は母が疑い、次に使用人が、そして父がエレノーラを遠ざけた。

嘘だと訴えても、誰も耳を貸してくれなかった。


使用人の一人がエレノーラの物を盗んだ。

証拠を持って父に訴えると、その日から彼女の周囲には誰一人近づかなくなった。


部屋は掃除されず、洗濯も放置された。

母に助けを求めると、納屋に追いやられた。


食事に虫や異物が混入していたこともあった。

兄に助けを求めれば、「庭の草でも食ってろ」と土を投げられた。


「それでも……生きてこられたのは、リュカと、その祖父のおかげです。薪の焚き方も、水の運び方も、野菜の見分け方も。全部……教えてくれました」



エレノーラの話が終わり、応接室には沈黙が落ちていた。


「これは……明らかな虐待ですね。放っておくことはできません」

神父――ゴードンは低くため息を漏らした。


「このままあの家にいれば、次に訪れるのは命の終わりでしょう。……あなたを、神殿が保護いたします。すぐに騎士団に連絡を取りましょう」


ゴードンは聖具台の上にあった魔法石を手に取った。

真偽を判別する魔法石は、エレノーラの言葉の真か偽りかを測り続け、石は淡く静かに光ったまま。

エレノーラの言葉に嘘は一つもなかった、それを証明していた。


「ありがとうございます……」

静かに頭を下げるエレノーラの声は、震えてはいなかった。


――ようやく、ほんとうの意味で、自分を守る場所にたどり着けた気がしたのだった。

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