第二章 電波と龍と遭難記 その2
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「龍が見たい! 今すぐ!」
「……あー」
突然発せられた一言に、守哉は頭を抱える。
二人がいるのはダイニング。先ほど昼食を終えたところである。
なんだかんだで、ゆんの相手をしなければいけないことになった守哉だが、これは……どうだろう。まず遊びのレベルとして高すぎやしませんかね? 水族館に行ってタツノオトシゴでも見せれば納得してくれるだろうか。
ゆんは意味不明にテーブルをばん! と叩き、椅子の上に立ち上がった。
「この前、水族館に行って『竜の落とし子』っていうのを見たんだけど、あれは……ちっちゃい! 本当の龍はもっともっと大きいんだよ! きっと!」
どうやらタツノオトシゴのせいでこうなっているようである。
「ゆんの調べによると、どうやら龍はエベレスト山頂に住んでいるようだね」
ゆんはどこから出したのか、テーブルの上に大きめの本を広げ、『最も高い山に生息する龍』という挿絵を指差した。まあ、文字と絵が合体している辺り、この本は資料とか科学書ではなく、ただの絵本のようだが。
「だから、今から即行でエベレストに行けば会えると思うんだよ!」
なるほど、と守哉は思った。神掛ゆんは、絵本の挿絵だろうと幼稚園児の落書きだろうと何でも信じ込んでしまうトンデモ少女らしい。
さて、打開策はつぶれたか。物理的な解決法がなくなった今、守哉はお得意の理屈で畳み掛けることにした。
「龍が実在する確率は百万分の一パーセントで、さらにエベレストにいる確率はそれの一億分の一パーセントだ。というか進化論を初めとして、いろいろな理論を考えても、龍はいない! まずヘビを空に飛ばさせてから、あんなモンが宙に浮いていると言え! 分かったかあ!」
ぜえぜえ。肺の中にある空気を全て吐き出すまで言い続けた守哉の迫力に、さすがの電波少女も圧倒されていた。
「か、かみや? ごめん、良く聞き取れなかったから、もう一度言って?」
ズシャアア! とエジソン然りアインシュタイン然りの天才的な知能指数を誇る脳を持つその体は、映画のワンシーンみたいに見事に崩れ落ちた。
「……と、言うことで、パパが飛行機を買ってくれたんだよー!」
じゃっじゃーん! というゆんの掛け声と共に、馬鹿広い神掛家中庭の中心、そこに二人乗り用ジェット機が轟音と暴風を撒き散らして着地した。
風に全身を叩きつけられる中で、守哉は一人、ただ唖然としている。まだ神掛家にきて長くないのか、明歌も少々引き気味である。会ったことはないが、ゆんの親父の大体の人間性が判った気がする。
エンジンの振動を止めたジェット機の操縦席が開けられ、そこから爺やが出てきた。
「お嬢様。いつでも出発できますぞ」
「うん……、でも」
ゆんはなぜか困った顔をしていた。
「これじゃ、ゆんとかみやが乗れないよ……」
ここまでは良かった。そう、ここまでは守哉もゆんになつかれている事に笑顔を浮かべていたのだが、彼女の次の一言が、彼の幸せを一気に崩壊させた。
「……よし! かみやに運転してもらうよ!」
「……? ……はあ!? できるわけねーだろ!」
「じゃあ、じいやんに教えてもらって! 一日で!」
がくっ、と守哉はうな垂れる。馬鹿か、こいつは。無茶苦茶すぎる。
だが、そのうだった表情から、一つの笑みがこぼれた。
「ほっほ。お嬢様、守哉殿があのクイズ大会で決勝に残るほどの方でありましても、さすがに飛行機の運転は……」
爺やの言葉を遮るように守哉は一歩踏み出し、爺やとゆんの間に立った。
「いいぜ。一日でこのジェット機の運転が出来るようになってやる」
「かみや……」
「守哉殿、ですが」
「大丈夫だっつの。爺や、今日は真夜中ぶっ通しでティーチャーしてもらうぜ」
守哉はどこか可愛げのある凶暴な笑みを浮かべた。
俺は、普通じゃないから、お前の所に来た。守哉は、口の中で呟いた。




