第二章 電波と龍と遭難記 その1
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サッシが吹っ飛んだスカスカの窓から朝日が差し込み、心地よい風が部屋を吹き抜ける。
東京都内の工場が立ち並ぶ郊外、その一角にある元労働従業者用の寮の一室。そこで守哉はここでの最後の夜を明かした。
部屋中に散らばる雑誌を束ねて紐で結ぶ。脱ぎ捨てられたままの洋服を畳む。指輪やアクセサリーはポリ袋に詰め込む。別のポリ袋には歯ブラシやシャンプー、ワックス。そしてそれら全てを、部屋を追い出された時のために用意していたダンボールに入れていく。
全てのものを詰め込み終えると、金属ノコギリの刃と針金をダンボールの所定の位置につけて、工作完了。即席キャリーバッグの完成である。我ながら良い出来である、と守哉は自分の作ったそれに惚れ惚れしてしまう。
「……よし。お引越し準備終了!」
守哉は天高く指を突き上げる。もう、この部屋に彼の歴史はない。
「あっ、かみやだ! おーい!」
夏の照りつける日差しから逃げるように、リムジンの陰に隠れてしゃがみ込んでいたゆんは、陽炎の出来た大通りをうだった顔で歩いてくる守哉の姿を発見すると、立ち上がって手を振ってきた。守哉も片手を空中でふらふらさせてみる。
「おうおう。都内のど真ん中で黒リムジンですか、六本木でも行こうっての?」
ゆんの元へ辿り着いた守哉は、リムジンの中にダンボールを放り込む。
「えへ、ちがーうよ。ゆんの家には今、これしかないから」
麦藁帽子にキャミソールという、一見「都会から離島へ引っ越してきた病弱で儚げな少女」を連想させるような風貌の彼女は聖女の笑顔で答えた。
ふうん、とそっけない返事を返す守哉。これを売ればそこらの乗用車が何台も買えそうだけどな、と心で思うが、なんか自分がすっごい貧乏根性丸出しなので言うのはやめた。
二人がリムジンに乗り込むと、まもなく車体は進み始めた。
守哉は最後列を支配し、寝転がって失礼極まりないです上等でくつろぐ。
「にしてもさぁ、まさかあんな大豪邸に住むことになるとはなー」
「そうだね。今日からかみやはゆんの家族だよ」
「家族ねえ……」
守哉は嫌なことを思い出し、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。が、ゆんに見られる前に、すぐ元のどこか可愛げのある不謹慎な顔に戻した。
そんな守哉の気配りなど知らずに、彼が自分の家族になることを喜ぶゆんは、突然立ち上がって、彼を見下ろした。
「そうそう、ゆんの家族になる以上は、ニックネームをつけないといけないんだよう?」
「いけないんだよう? とか言われてもねえ。お前、クイズ大会の司会者にもつけてたじゃん」
守哉の言葉を無視して、ゆんは顎に手を当てて彼のニックネームを考え始めた。
「むむう……。……ん、よし! 決まったよかみや!」
「おう、なになに? 髪の色的にライオンとか? 名前的にキリストとか?」
「かみやのニックネームはねえ……かっちゃん!」
「末路は事故死!? 別に夢を継いでくれる兄とかはいないんだけど!」
「ええ、いや? じゃあ、頭良いから、おさるさ」
「よし! 俺にはニックネームはいらないぜ! 守哉でよろしくな!」
守哉は立ち上がり、ゆんの肩を持って、ぶー、と口を尖らせる彼女を席に座らせる。彼は自分の手で余命一年の死亡フラグをもぎ取ったのである。
「とっうちゃあーく! かみや、お疲れ様でした! ねえ、荷物は爺やに任せてあそ」
「おつかれさんしたぁ。んじゃ、俺は部屋で寝るんで」
守哉はダンボール箱兼キャリーバッグをがらがら転がしながら屋敷に入っていく。もちろん、後ろでバンザイしながら、笑顔で駆け寄ってきたゆんを完璧に無視して。
「かあみ~や~。待ってよ遊ぼうよ~!」
「うっせえ。昨日今日と忙しくて疲れきってんだっつの。せっかく週末で学校も休みなんだから、一日中お前じゃなくてベッドとイチャつかせて?」
言いながら、守哉は爺やに導かれるまま、自分の部屋を目指す。もちろん、右手で新たに増えた荷物を引きずりながら。




