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20.無情のアームレスリング

 ゴールデンウィーク明けの週には、ふたつのイベントが待っている。

 ひとつは席替え、そしてもうひとつは翌週に控えている遠足の班決めであった。

 前者はくじ引きで自動的に決まってしまうから単に結果だけを見て一喜一憂するだけのものであった。

 しかし後者はクラス内で生徒同士が互いに話し合いながら決定するというプロセスを踏む為、お気に入りの異性を狙う者達にとっては、ある種の争奪戦に近い雰囲気が漂う場となる。

 当然ながら人気の生徒から次々と班が決まってゆき、最後にあぶれた者同士が仕方無く班を組むか、或いは人数が不足しているところに渋々引き取られるかのいずれかとなる訳だ。


(ま……どうせ僕はあぶれ者んとこに入るんやろうしな)


 そんな発想で、班決めなどというイベントは完全に他人事だと決め込んでいた刃兵衛は、他のクラスメイト達との交渉などには最初から関わる気は無かった。

 放っておけば、そのうち残り者が教室内の片隅に集まって、自然と班を組む流れになるだろう。その段階になって動けば良いだけの話である。

 そうしていよいよ、班決めを進める午後のホームルームが始まった。

 クラスメイト達は席を立って、お目当ての相手の元へと歩み寄ってゆく。しかし、ひとつの班に入ることが出来る人数は上限が決まっているから、一部の者は激しい争奪戦へと発展することになる。

 そんな中、刃兵衛は自身の席から立つことも無く、頬杖をついたままぼーっと窓の外を眺めていた。

 一方、晶姫はクラス委員長ともうひとりの委員補佐と共に黒板前に立ち、決まった班とそのメンバーの名をどんどん書き上げてゆく。

 その間どういう訳か、晶姫はちらちらと刃兵衛に変な視線を送ってきていたらしい。

 何でも良いから、早くどこかの班に混ぜて貰えという無言の指示だろうか。しかし刃兵衛は端から残り者同士で組む腹積もりだったから、晶姫からの視線にはまるで気付いていなかった。

 そうした中、ホームルーム開始から十分程度が経過した頃、ひとつの事件が起きた。

 あろうことか愛梨子が、十数名を超える男子達からの申し入れを片っ端から保留にしたまま、自席から動かない刃兵衛の元へ歩み寄ってきたのである。

 その瞬間、教室内の空気が異様に凍り付いた。大半の生徒らが、愛梨子の動向に意識を奪われている様子だった。

 窓の外を眺めていた刃兵衛は最初、愛梨子の接近には気付いていなかった。ところが彼女が、刃兵衛席と窓の間にある席に当たり前の様に腰を下ろして、刃兵衛の顔を覗き込んできた。

 流石にここまで堂々と視界に入り込んでアピールされてしまうと、何かの用だと気付かざるを得ない。

 刃兵衛は頬杖をついた姿勢のまま、視線だけを穏やかに微笑むクールビューティーに向けた。

 愛梨子は刃兵衛と対になる様な形で頬杖をつき、ミニスカートからすらりと伸びる白い太ももを露わにして脚を組んだ。


「なぁ~にしてんのかなぁ? 皆、一所懸命に班を決めようって頑張ってるのにさ、お師匠ひとりだけ知らんぷり~って訳かい?」

「僕はどうせ人数調整の頭数なんで、別にわざわざ決めなくても良いんですよ」


 すると愛梨子は、そんなこといっちゃうんだぁ、などと意味深な笑みを浮かべて立ち上がり、そのまま刃兵衛席の机の天板に腰を下ろした。刃兵衛の目の前に、丁度愛梨子の腰回りが迫る格好となった。


「あのぉ、そこ座られたら外見えないんですけど」

「いやいや、お師匠……外なんてどうでも良いじゃん」


 答えながら愛梨子は、頬杖をついていない方の刃兵衛の手を取り、そのまま高々と持ち上げて教壇上に陣取るクラス委員長とふたりの委員補佐に向けて嬉しそうな声を放った。


「中津川愛梨子と笠貫刃兵衛、同じ班組むよ!」


 その瞬間、教室内が一気にざわついた。

 と思った直後には、男女問わず刃兵衛の席に大勢のクラスメイトらが押し寄せてきた。


「それじゃあ俺も、中津川さんの班に入る! 良いよな? 笠貫、良いよな?」

「あ、あたしも入れて! 絶対入れて! 他断るから、一緒にお願い!」

「うっせぇなぁお前ぇら! 邪魔すんなよ! 俺が入れて貰うんだよ!」


 物凄い騒ぎとなった。

 ひとつの班の基本構成は、男女三人ずつということになっている。

 そこに多少のプラスアルファは生じるかも知れないのだが、今の段階ではあとふたりずつの男女が、刃兵衛と愛梨子の班に入ることが出来るという訳だ。


(うわっ、面倒臭ぁ……何ちゅうことしてくれんの、中津川さん……)


 刃兵衛席の机に腰を下ろしたまま背中越しに笑顔を見せる愛梨子に、刃兵衛は仏頂面で視線を返した。

 しかし流石にこのままでは収拾がつかない。このホームルーム時間中に全ての班を決め終えなければならない為、何とか決定方法を模索する必要がある。

 そこで愛梨子が、とんでもない選抜方法を提案した。


「それじゃあさ、男子はお師匠に腕相撲で勝った中からジャンケンで選ぶってのはどう?」


 この提案に、愛梨子と班を組みたい全男子が賛同し、その場で臨時の腕相撲大会が開催される運びとなった――が、その十数分後には室内が驚愕の沈黙に包み込まれていた。

 誰ひとりとして、刃兵衛に勝てなかったのである。挑戦者は全員、片っ端から瞬殺された。

 愛梨子が腕相撲大会開催を提唱した当初は、全男子が絶対に勝てると余裕をかましていたのだが、いざ実際にやってみると、中学生の様に小柄な刃兵衛の予想だに出来なかった圧倒的な腕力に、挑戦した全員が捻じ伏せられてしまったのだ。それもすべからく、ほんの一瞬で。


「嘘だろ……笠貫って……あんなにちっこいのに……めっちゃ腕力スゲェじゃん……」

「いや、御免……俺、笠貫のことカンペキにナメてたわ……」


 そういった声が、そこかしこから漏れ聞こえてくる。そんな彼らの反応を、愛梨子は笑いを堪えながら静かに眺めていた。

 ともあれ、結局この方法では決着に至らなかった為、仕方無くジャンケンでの勝ち抜きでメンバーを決める運びとなった。女子も同様である。


「最初からジャンケンで良かったんじゃ……」


 無駄な労力を強いられた刃兵衛は、恨みがましい目で愛梨子をじろりと睨んだ。


「あ、良いの良いの。お師匠のパワーを全員に知らしめることが目的だったんだし」


 マジですか――刃兵衛は思わず、疲労感一杯の顔で大きな溜息を漏らした。

 そうして何だかんだと色々紆余曲折はあったが、一応全ての班が決まった。

 尚、クラス委員長とふたりの委員補佐は役職特典として、それぞれ別々の好きな班に入ることが出来るという決まりがあった。

 晶姫はまるで当然の如く、刃兵衛と愛梨子の班に滑り込んできた。

 つまり、ひとつの班に学内屈指の美少女がふたりも揃う格好となった訳である。

 この結果、刃兵衛と、そしてジャンケンで同班に入り込むことが出来た他の男子二名は、全方位から羨望の眼差しを浴びまくってしまった。

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