30 フィレとフィオニーレ
「ぬあぁ!?」
(あ、出てきた)
「うわお。頭から落ちたぞ。大丈夫か」
鈍い音を立てて頭から床に落下したフィレへと近づいていく。ハクは美女に変化していざというときに備えてサクの斜め前に立って警戒を続けていた。
痛む頭を擦りながら苦悶の声を上げ、距離を縮めてくるサクたちから逃げるように開けっ広げになっている奥へと体を引きずっていった。その哀れともいえる姿からはもう戦意の欠片も感じ取ることは出来ない。
あと少しで崩壊した壁にたどりつといったところで異なる次元から戻ってきたテンガたちが立ちふさがる。吹き込んでくる雨でずぶ濡れになりながら、何もかもを諦めたフィレはサクへと向き直った。
テンガとカイアがどうにかしてくれたようで、力は問題なく使えるようになっていた。そのことに対してテンガたちに目くばせで感謝の意を伝えた後、サクは謁見の間全体を吸収し、我がものとした。
「これは……!」
「そっか。久しぶりなテンガは初めてなんだな。俺も少しは強くなったってことよ。テンガほどじゃないと思うけど」
「そんなことはない。これほどまでに強大になっているとは予想外だったぞ、サク」
「おお、何か褒められてるっぽい? 結構嬉しいわ」
思いがけない言葉に喜びつつ、意識を目の前にいるフィレへと集中させていく。ウィーンと同じように身動きを封じ、いつでも消滅できるように準備を進めたうえでサクは今一度フィレをじっくりと見つめるのだった。
決着の時になってもまだ晴れぬ思いにいい加減に終止符を打ちたい。そう願うサクは可能な限り自らの耳でその答えを聞くため、最後の問いかけを行う。
「なあフィレ、答えてくれ。お前は一体何を隠してるんだ。そこまでして頑なになる必要のある重要なことなのか?」
「――」
答えることなく、沈黙を続けるフィレ。平行線を保ち続ける状況だったが、サクはひたすら口を開いてくれるのを待ち続けた。
「サク、それは私から――」
「テンガは黙っててくれ。直接聞きたいんだ。こいつの口から」
「……分かった」
しびれを切らして動き出そうとしたテンガをサクは止める。もうここまで来たのだから、ちゃんとフィレから聞き出したいという執念じみた思いがサクをそうさせていた。
テンガから聞くのもありだし、その気になれば彼らの上に立つコウの『本体』を介して知ることもできる。だが、それは最後の手段として残し、出来れば使いたくない。
どうして敵であるフィレのことをここまで考慮して行動しているのかと言えば、隠している『何か』から魔族的な悪意が感じられないからだった。まだ知っていないのにそう判断できることに、何故か疑問が浮かんでくることはない。それが温かい隠し事だとも薄々理解している自分がいた。
そんなサクの善意を踏みにじるかのように、フィレは憎たらしい笑みを浮かべ始めた。誰もが苛立つような見下した雰囲気を体に纏わせ、楽しそうに歪ませた口を開く。
「ありませんよ。はっきり言いましょう。あなた方にこれ以上話すことなんて、何もありません。もしお望みであれば、侮蔑の言葉でも吐いてあげましょうか?」
「……それが、フィレの答えなんだな」
「ええ。負けたとはいえ、我ら魔族の心があなた方に屈服することは絶対にありませんから」
「分かった。それじゃあ、終わりだ」
これ以上のやり取りは無意味と割り切ったサクは、フィレの額に自らの指を押し当てた。そのすぐあとで、フィレの体は足の方から粒子となって消滅を開始した。
目の前で消滅していくフィレはこれだけでは完全に倒せないということ、そして昨日眠っている間にコウの『本体』がどこか違うところでウィーンを完全に消し去ったことをサクは理解していた。
後の判断はそのどこかに干渉できる『本体』に任せるしかない。聞き出せなかったことを悔やみながら消滅を見守るサクの耳に、悲痛な叫びが聞こえてきた。
「フィレ!! 何で、どうして!?」
背後を振り向けば、床に空いた大穴を迂回してニーアがこちらに駆けてきていた。その必死な瞳にその場にいる全員の視線が集まったところで、フィレは小さくつぶやいた。
「ごめん、ニーア」
その一言を聞いて即座に消えかかっているフィレへと急いで振り返る。半透明になりながらも僅かに残っていた顔には、ここまでの間で浮かべることのなかった安らかな笑みが形成されていた。
やがて全てが消え、フィレは消滅した。脅威が去ったことを確認して謁見の間を展開するが、素直に勝利を喜ぶことができなければ、テンガとの再会を楽しむこともできなかった。
分厚い雲から降り注ぐ雨は崩壊した壁から内部へと吹き込み、サクたちを濡らす。冷たい雨音とニーアの嗚咽が重なって悲壮感が漂う変わり果てた謁見の間で、ただただ時間だけが過ぎ去っていった。
※※
「ご苦労様でしたサク様」
「そりゃこっちのセリフだカイア。何から何までありがとうな」
「いえいえ。では、私はフツーアと警備に行ってまいりますので」
「おう。気をつけてな」
城内の来客者用の宿泊部屋にてやり取りを終え、カイアは輝きを纏いながら廊下を走り去っていった。それを見送り、1人部屋の中へとサクは戻っていく。
本来であれば使える大部屋は今回の戦闘の影響で使い物にならない状態になってしまい、こうして1人がぎりぎり眠るのがやっとな部屋にて今日は寝ることとなってしまった。久しぶりの1人を寂しく思う気持ちもあったが、今は逆にこれでよかったとも思えた。
就寝準備は終わっているのでそれなりにふかふかなベッドへと横たわる。もやもやと消化不良な胸の内から解放されたいので、無理矢理瞼を閉じた。それでも思い浮かぶのは、フィレの最後と泣き続けるニーアの姿。
コウはハクと一緒の部屋で寝ているために、昨晩と同じように『本体』が処分を行う様子を見れるか心配なサク。流石に生みの親を前にすれば隠し事はしないと思うので、はっきりと答えを聞くこともできるはず。その現場をどうしても見たいのだ。
同僚でありそれ以上の関係となり始めていたらしいフィレとニーア。彼らの繋がりが果たして偽りか真実かどうかはそこではっきりするに違いない。だからこそ、絶対に確認したいのだった。
「魔族と人間……。あれ? ハクと俺と似たような感じじゃないか? だとしたらそれほどおかしくも……――」
1人ということを利用し、ストレス発散のために独り言をぶつぶつと続ける。冴えない男性が寝転がりながらしゃべり続ける様はかなりシュールだった。
そんなことをし続けていれば何だかんだで眠気はやってくるもの。本格的に意識が遠のき始めたところで近くにあったリモコンで明かりを消し、サクは深い眠りについていった。
どんどん、どんどん沈み込み、心地よい無重力的なところへと入っていく。全てから解放された満足感に浸っていると、開いていないはずの目の奥に輝きが膨れ上がっていった。
薄っぺらな意識のためにちゃんと判別できないが、この状況は昨晩も見たことがあるような気がしてならないサク。繰り広げられるであろうことを見届けるため、ボンヤリとしている自分に渇を入れてたどり着いた空間を見渡す。
田舎民もびっくりな何もない平原が続いている。そこにおいて、コウの『本体』である真っ白な人間と今回の戦いで倒されたフィレが向かい合っていた。
『ウィーンの処遇に関しては私も把握済みです。さあ、どうなさいますか、我が君』
(そうだな……)
『おや、珍しいですね、悩むとは。即決すると思っていました。よほど守護騎士と竜に――』
(ではその芝居を止めてもらおう。いや、お得意の自己暗示か)
『……何のことでしょう? 私は私ですが』
(お前を作り出したのは私だ。生みの親である私が、お前のことを分かっていないとでもいうのか。それはあり得ん)
『そう……、ですか。上手くやっていたと思っていたのですが、まだまだ力不足なようで』
(親を甘く見るなよ)
痛いところを突かれ、フィレは参ったことを表すかのように笑う。その姿からは、戦闘時の威圧感や腹立たしさはどこにもない。
眼鏡の位置を直し、どこからともなく発生させた椅子にフィレは腰かける。そして『本体』に頭を下げたまま、反省の言葉を述べた。
『お許しください。私は魔族でありながら、人としての道を歩もうと画策しました』




