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俺は冴えない(没ver)  作者: 田舎乃 爺
第三章 帰るべき場所へ
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64 それぞれの帰る場所

 夕飯に必要なものを詰めたビール袋を片手に自宅へと向かう。夏場の伸びた日差しのおかげで、16時を過ぎてもまだ明るかった。

 もうすぐ9月になる。早く涼しくなってほしいと願いながら、日本特有の蒸し暑さの中を歩き続けていると、背後から自転車のベルの音が鳴らされた。

 別に違反などはしていない。ちゃんと歩道を歩き、車道から離れたところにいる。ともなれば知人が鳴らしたのだろう。歩みを止めることなく冴久が振り返ると、こちらに泰が近づいてきていた。

 冴久の隣まで来た泰は自転車を降り、一緒に歩き始めた。僅かに漂う加齢集を嗅ぎ、いつかは自分もこんな臭いがするのかと考えていると、泰が困ったような様子で話しかけてくる。



「よお冴久。ちょっと聞きたいんだが、俺ってパトロールしてたか?」


「はあ? どうしたおっさん。もうボケ始めたのか?」


「違うんだ。いや、違わないかもしれないけど、何故かいつものパトロールの時間の記憶が曖昧なんだよ」


「酒でも飲んでたんじゃねーの」


「それはない。戻ってからそれの検査をしてみたが、反応は出なかったからな」



 本人がそういうのであれば間違いないのだろう。優しくてどこか抜けているイメージの泰だが、やるべき時はやる人だということを冴久は知っている。

 だとしたら何故こんなことを自分に聞いてくるのか。それこそ同じ時間帯に散歩している爺さん婆さんに聞けばいいのに。次々と疑問が湧き出てくる真っただ中で、泰が次に言ったことが冴久の心をすっきりとさせた。



「その曖昧な記憶の中にお前がいたような気がしたんだよ。その時は寝間着姿だったんだが、着替えてきたのか?」


「……俺はずっとこの服だぞ。起きながら夢を見るとか器用だな、おっさん」


「そうか……。そうなら仕方ないよな。呼び止めて悪かった、気を付けて帰れよー」


「おーう。そっちも気をつけろよおっさーん」



 自転車にまたがり、泰は交番がある方向へと走り去っていった。その姿を見送った後、冴久は大きくため息をついた。

 恐らくというか、間違いなく、泰が出会ったのがサクだったと冴久は確信していた。『高望山』から自分が使うであろう公園に続く道は、泰の昼間のパトロールの道と重なっている。あの道は人通りは少ないものの、泰が通るためにそれなりに安全だからだ。

 そう考えた冴久は改めてサクが自分自身であることを思い知った。すでにこの世界から去った彼のことを思いながら、おもむろにポケットに手を突っ込んだ。取り出したのは四角柱のひんやりとした物体。周囲に誰もいないことを確認した後、それを握って自宅の目の前を頭の中でイメージした。

 すると、自分の周囲の空間が歪み、気づけば自宅の目の前に冴久は立っていた。この空間湾曲移動は、自分の中で移動する先がはっきりと分かっていればどこへでも行けるらしい。

 この時間であれば人がほとんどいないのは分かっていた。人目につくのはまずいが、気づかれなければ自由に使っていいとのこと。今回の記念としてもらっておいた便利なそれをポケットにしまい、玄関の扉へと向かう。

 いつもと何も変わらない自宅。稼働し続けている室外機の音が聞こえてくる中で、冴久はドアノブに手をかけた。

 


「今度こそただいまー」


「「おかえりー」」



 開いた先からの出迎えの声を聞きつつ、冴久は家の中へと入っていく。一旦手に持っていたビニール袋を置き、手早く靴を脱いだ。袋を片手に廊下を歩き、リビングを目指す。

 たったの数時間だったのにも関わらず一生忘れることのできない体験をしたような気がする。それによって自分が疲れているのだから、サクも疲れているはずだ。

 サクはサクの帰りを待つ存在のために違う世界へと帰っていった。今頃向こうで癒されつつ、ムフフなことをしているのかもしれない。羨ましく思えるが、こちらにも数々のコレクションが待ってくれているので気にしない。気にしてはいけない。

 ここが冴久の帰るべき場所。自分の帰りを待っている両親にリビングの扉を開けながら話しかけるのだった。



「買って来たぞって、寒ぅい!」








     ※






 少し薄暗い部屋の中で、光が照らす巨大なホワイトボードをカリウスは眺めていた。乱雑に書かれた数えきれないほどの数列や文字で埋め尽くされているホワイトボードの中心に、ようやく完成へと向けて歩み始めた術式名が書かれていた。

 どうやっても不可能だったピースをサクがもたらしてくれたものが埋めてくれた。これで、消えかかっていたこの世界に希望が見えてきた。後はこれを使用するための膨大な力をどう補うかだ。

 この世界に存在している『魔鉱石』を片っ端から集めたとしても、足りるかどうかは分からない。どうするかと思いを巡らせている中で、心を通して世界が語り掛けてきた。



(崩壊開始は8年後。サクには大丈夫だといったが、『奴』を止める『抵抗力』の育成には時間が足りないな)


「そうだな。だが、私は諦めないぞ。これさえ完成させれば、まだ希望はある」



 不安を隠しきれない世界に対し、カリウスはそう言い放った。その目にみなぎる活力は、遥か遠い未来に向かられているようにも感じられる。

 すでに『創造主』に全身全霊で対応したがために、世界自身に残されている力は僅かなものだった。その上で寿命が尽きるのが分かっていることが、焦りを生んでいた。



(『奴』は『創造主』そのもののはずだ。崩壊の未来を知った『奴』の妨害を受けてもやりきる自信はあるのか?)


「自信がどうとかの話ではない。やらなければ全てが終わりだ。私が愛し、お前が愛するここを絶対に守り抜く。そうだろう、世界よ」


(……ああ。私のやれることはもう少ない。頼んだぞ、カリウス)


「任せておけ」



 その会話の後、カリウスは中心に描かれた術式名にそっと手を触れた。これの成否によって、世界の運命が決まる。

 術式の名は『世界転生』。人の領域を超えたものをカリウスは作り上げようとしていた。






     ※※








「……んお?」



 サクは素っ頓狂な声を上げて目覚めた。ぼやけていた視界はすぐにはっきりとしていき、青々とした木々がその半開きの目に入り込んでくる。

 森の中にいた。風で揺れる木の葉の音。鳥の囀り。自然を心地よく感じることのできるそこは、数日前にサクが転移した時と同じ場所だった。

 カノンの説明ではカーボン城の広場へと転移できるはずだったが、あの道の崩壊の影響を受けて着地点に狂いが生じてしまったようだ。とはいえ、まさかここに飛ばされることになるとは完全に予想外だった。

 ここでゴウを呼べばすぐにでも迎えに来てくれるかもしれないが、止めておいた。ここに来たのも何かの縁だと考えたサクは、たった一人で懐かしい森の中を進んでいく。

 耳を澄ましてみるが、清らかな音以外が聞こえてくることはない。前のように、悲痛な鳴き声が聞こえないことに安心しつつ、その足は大切な存在と初めて出会った場所にたどり着いた。

 


「まだあったんだな」



 森の中で少し開けた場所の中央。雨風にさらされたためか、錆びついているトラバサミがあった。ハクを苦しめていたそれを手に取り、ずっしりとした重さのそれを観察する。

 これを解除するのはテンガだった可能性があった。もしそうなった後のことを考えてみたが、すぐに結論が出てしまったのでサクは苦笑いしながらトラバサミを地面に戻す。テンガが守護騎士になれば、超正統派の主人公になることしか想像できなかったからだ。

 もしものテンガと今の自分と比べ、あまりに大きすぎる落差にサクは大きなため息をつく。それでも、今からテンガのようになりたいとは思わなかった。あんな自信満々な態度をとり続けるなど、サクにとって地獄でしかない。

 そんなことを考えながらも、サクは再び耳を澄ました。聞こえてくるのは以前と同じ、水の流れる音。その音の発生源となっている穏やかな流れの川へと歩き出した。

 あそこで元気になったハクを服の中に入れ、約1時間最悪な足場の中を進んでいったのを思い出した。今でもあの道のりはこりごりだとははっきりと言い切れるが、手のひらサイズのハクはとても可愛かった。

 現在のハクが可愛くないというわけではない。あの時しかない可愛さがあり、今も十分すぎるほどに可愛く、とても美しい。我ながら結構な親ばかっぽいことを考えていることに気づき、サクは自分自身に対して呆れていた。

 もう少しで川に着く。喉も乾いてきたので綺麗な川の水を飲もう。サクの足が水分を求めて速度を上げ、間もなくして目的地へと到着したのだが、以前にはなかったものがそこにはあった。



「……テント?」



 人3人分くらいが入れそうなテントが河原の近くに設置されていた。1人でも組み上げられそうなそれの近くには、食事等のための焚き木の跡があった。

 こういうところは増水した時に危ないので設置しちゃだめなはず。となるとキャンプ初心者か。しかし、サク自身は学校の行事以外でキャンプなんてしたことがなかったし、超インドア派なためにしたいとも思わなかった。

 周囲を見渡してみるが、人影は確認できない。だが、テントの近くにある大きな岩の向こうから何かしらの気配を感じ取った。一瞬だけ吸血鬼化して正体を探ろうとしたが、明確に何が潜んでいるかは分からなかった。

 少なくとも敵意は感じられない。そのまま無視することもできないサクは、警戒しつつもゆっくりと岩の方へと近づいていった。しっかりと前を向きながら慎重に進んでいく。だが、その慎重すぎる進み方があだとなり、サクは無造作に転がっていた絶対に踏んではいけないものを踏みつけてしまった。



「うおぉう!?」



 それを踏んだ右足が勢いよく滑り、サクはどうすることもできずに体勢を崩していく。視界の下の方には踏んでしまった物体が前方へと飛んでいくのが見えた。

 バナナの皮だ。もしやここで寝泊まりした人がデザートか朝飯でいただいたものなのだろうか。それだとしても皮を処理せずに捨てておくなんて、マナーがなってない。

 焦りと驚きよりも、サクの心は諦めで埋め尽くされていた。色々あった中で帰ってきたのに、この様だ。もうこの世界にとって俺は用済みなのかもしれない。

 傾いた上半身は硬い石が敷き詰められた河原へ向け、頭を先にして倒れていく。これまでの全てが走馬燈のように流れていき、それを見たサクは自らの死を直感した。

 前の世界とさよならだけでなく、人生ともさよなら。迫る自らの運命を受け入れ、サクは目を閉じてその瞬間を待った。せめて、痛みは感じずに死にたい。



「……!!」



 傾いていたサクの体は腰と頭部に回された腕に引き寄せられたことで事なきを得た。書き換えられた自らの運命にサクが驚いていると、直後にさらなる嬉しい驚きがサクを襲った。



「むぼっふ」



 引き寄せられた先に待っていた温かくて柔らかいものにサクは顔をうずめた。この温かさと柔らかさをサクが忘れることなんて絶対にない。これは、ハクのおっぱいだ。

 最高の心地よさを感じながらも、呼吸ができずにサクは顔を上へと上げる。ようやく理想郷から顔の半分を出して鼻から酸素を取り入れていると、サクの視界に今にも泣き出しそうなハクの顔が映し出された。

 このままいったら大音量で泣き崩れるかもしれない。そうなればまともに会話ができなくなってしまう。そんなことを考えたサクは急いで左手をハクの腰に回し、右手はハクの頭へと移動させた。

 お互いを腕の力で引き寄せあいつつ、サクはハクを安心させるために優しく頭を撫でてあげた。口は幸せで埋まってしまっているので、心を通して意思を伝える。



(ごめん。遅くなって)


(……今日でちょうど一ヶ月。道が閉じられたのは昨日。それでも私は諦められなかった。だって、だって――)



 ハクは心を通して話しつつも、その綺麗な目に涙を蓄え始めた。今にも零れ落ちそうな状態のまま、思いを伝えてくる。



(大好きだったから。サクがいなくなるなんて考えられなくて、もしかしたらここに来ると思って道具もらってここにいたの)


(待っててくれたんだな。ありがとう、ハク)


(すごく怖かった。本当に怖かった。だから、離したくない。サクを感じていたい)


(おう。思う存分俺を感じてくれ)



 そのサクの一言を聞いた後、抑えきれなくなった涙が次々と零れ落ちてサクの頭や顔を濡らした。抱きしめる力も強くなり、ハクは腕の中にいるサクをしっかりと感じ取っていた。

 こんなにも自分のことを考えていてくれる。温かな思いが心を通して伝わってくる。帰ってきて本当に良かったと、サクは心の底から喜んでいた。

 静かに泣き、喜びながら大切な存在を感じ取る。絶対に切れることのない強い絆が2人の間に形成されていた。恋人としてのものではなく、それは『家族』に近い物だった。

 満足したハクは、鼻をすすりながらサクを胸から放した。涙の跡が残るその顔は、サクを真正面に見据えたことで満面の笑みへと変わる。圧倒的に可愛く、美しいそれに胸を射抜かれながらも、サクは笑いかける。



「あのバナナ、ハクが置いたんだろ?」


「うん。踏むとしたらサクだし、絶対に受け止める自信があったからね」


「でも結構怖かったぞー。大丈夫だからよかったけどなー」


「ごめんね、びっくりさせちゃって。そのお詫びとしてはなんだけど、目をつぶってくれる?」


「分かった」



 言われた通りに目をつぶるサク。どんなお詫びが来るかと期待していると、ハクの顔が目と鼻の先まで迫ってきたのを感じた。

 ハクの吐息の熱が感じられるほどにまで近づき、サクが鼓動を高鳴らせていると、お互いの唇が重なった。これまで以上に思いが込められたキスに、サクはどうにかなってしまいそうだった。

 じっくりと味わった後、唇は離れていった。サクが目を開けると、そこには頬を染めつつも女神のように微笑むハクがいた。



「おかえりのちゅーだよ。どうだった?」


「最高だった。……えっと、その、何だ」


「どうしたの、サク?」



 感想を述べた後に口ごもったサクにハクは眩しい笑顔を向け続けながらも問いかけた。ここにきて発動したヘタレスキルを何とか抑え込み、サクは自らの欲求を素直に口にした。



「もう一回。いや、気のすむまで、ちゅーを、というかキスをしたい。……だめか?」


「……断るわけないじゃん!」



 その提案を受け入れたハクは、大喜びでサクに飛びついた。そして望み通り、気のすむまで2人はキスを続ける。

 自らが帰るべき場所へと、サクは帰ってきた。これ以降どんな苦難が待っていようと、ハクたちがいれば乗り越えていける。そう確信しながら、ハクとの最高の時間を心行くまでサクは堪能するのだった。


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