63 ありがとう、さようなら
「ムスコが? 何だってそんなところが……」
「……」
サクの報告を聞いたことで驚く冴久。その横でその原因がある程度予想できたカリウスは無言だったが、その口元に若干笑みを浮かべていた。
もしこのままムスコが消えた場合を考えると、サクは怖くて仕方がない。自家発電や行為に関しては置いておくとして、小便とかどうすればいいのか。消えた部分からそのまま出てくるのか。
よからぬ想像が次々と脳内で生まれていき、いてもたってもいられずにカリウスに問いかけてみた。
「カリウスさん、俺のムスコは一体どうなるんですか」
「予想の段階だが、君が向こうの世界へと戻ることが出来れば口の中と同時に元に戻るかもしれない。まだ希望は捨ててはだめだぞ」
「はい……」
早く帰らねば。待っているハクたちのため。そして消えゆく息子を元に戻すために。
自らの思いをより強固にさせたところで、原因が分からずに考え続けていた冴久がようやく結論に至った。口は出さなかったものの、とてつもなく羨ましそうな目をこちらに向けてきた。
それに対して男として先に進んでしまったことを申し訳なく思っていると、先ほど入ったカプセルとは別のカプセルに電力が供給された。すぐさまそれの操作盤までカリウスが移動し、必要な情報の入力を開始した。
名も止まらぬタッチタイピングによって入力していき、操作盤の上に表示されている画面には数えきれないほどの文字列が形成されていく。自分もあれぐらいできればいいなとも考えたが、特に活かす機会がないことに気づいて諦めた。
最後の入力を終え、操作盤で最も目立つ決定ボタンをカリウスが押した。準備の整ったカプセルの出入り口が開き、淡い光によって照らされる内部にサクは迷うことなく入り込んでいった。
先ほどと同じ密閉空間。出入り口が閉まるとともにサクは気分を落ち着けるために深呼吸をした。外では変わることのないその視線を冴久が向け続けている。
だから悪かったって。苦笑いしながらサクが心の中でつぶやくと、カプセルの内部の光が全身を包み込んでいく。視界がその光で遮られたとともに、サクの意識はゆっくりと遠のいていくのだった。
※
開けることができるようになった目を開ける。ぼやけた視界には光は映らず、カプセルの内部のものとも違う景色が映った。
爽やかな風が吹き、いつの間にか立っていたサクの体に活力を与えていく。はっきりとした意識で辺りを見渡してみると、そこは『創造主』と戦った最後の場所だった。
ともなれば彼がいる。そして、この対面が最後のものとなることも、サクは理解していた。一度目と二度目では大きく印象が変わった彼を探そうとしたとき、背後に気配を感じた。
ゆっくりと振り向いたところに、ズッキーは少し寂しそうな顔をして立っていた。爽快感溢れる風景に似合わない服装の彼は、静かに口を開いた。
「その時が来たな、サク君」
「っぽいな。ありがとうな、これまで支えてくれて」
「私は君の力を引き出したに過ぎない。成長すれば、その力はさらに強大なものとなっていくだろう」
「ほーん。ま、可能な限り頑張るよ」
サクらしい返答を聞き、ズッキーは沈んでいた表情を笑顔へと変えた。満足そうな様子だが、その体は光の粒子となって徐々に消滅を開始した。
それを目の前で見守るサク。悲しいといった感情はなかった。消えていくズッキーに、この世界の意思に深く、深く感謝しながら、逸らすことなく視線を向け続ける。
「君の『存在の力』。所謂『魂』の部分から、私という向こうの世界にとっての異物は取り除かれる。これで、君は彼女たちのもとへと帰れるはずだ」
「そっか」
「私が消えても力はそのままだ。思う存分に役立ててくれ」
「……この状況で確認するのもなんだけど、この世界は大丈夫なのか?」
「心配はいらない。カリウスのような友人が頑張っているし、非常時に備えて『抵抗力』の予備も用意してある」
「その予備ってのは誰なんだ」
「『風間雨京』。君の町にいたあの少年だよ」
「あー……、あいつがそうなのか……」
『高望山』の頂上で会った彼が、自分の後釜となる存在のようだ。自分とは違ってはきはきとしていて、明るい性格は誰からも好かれそうに感じる。
世界の意思であるズッキーが言うのであれば安心はできる。カリウスのことを友人と言っていたことが気になったが、それを問いかける時間はもう残されていないようだった。
その体はほとんど透明になっており、胸の奥には輝く光球が見えた。そんな状態のままで、ズッキーはサクに手を差し出してくる。それに応え、サクは固い握手を交わした。
「君に力を与えてよかった。改めて礼を言おう、ありがとう、サク君。そして、さようなら」
「ああ。さようならだ、ズッキー」
その言葉を聞き、ズッキーは満足そうな笑みを浮かべながら完全に消滅した。残された光球はサクの体の中へと入りこんでいく。温かなそれを体の内側で感じながら、サクは静かにつぶやいた。
「ありがとう」
※
「――んん?」
いつの間にか閉じていた目を開け、その視界の先をサクは確認する。そこは草原でもなければ、爽やかな風も吹いてはいない。殺風景な密閉空間は、ここがカプセルの中であることを認識させた。
淡い光で照らされる内部を見て、もう彼が自分の中にいないことがよく分かった。今一度その場で感謝していると、出入り口が開いた。
カリウスの手を借り、転ばないようにサクはカプセルから出た。降り立った部屋には、冴久だけでなく、カリウスの頼みを聞いて行動していたセシリーの姿もあった。
彼らが見守る中、サクは公園で失敗した異世界転移魔法を解放した。全身が光に包まれ始め、この世界から旅立つ準備が始まる。ここまでは順調だと安心していると、カリウスが話しかけてきた。
「どうやら、世界とも最後に話ができたようだな」
「え? 分かるんすか?」
「ああ。私はこの世界と脳内で会話できるからな」
「はー……。本当に凄いんすね、カリウスさん」
「当たり前だ。伊達に天才をやっているわけじゃないからな」
そういって腕を組んで自らを誇るカリウス。実際に凄いから偉そうにしたところで若干腹立つとか指摘できないでいると、セシリーが呆れたようにため息をついた。
「ごめんなさいね。悪意はないの。何か威張ってるなーって程度に流してくれるとありがたいわ」
娘の発言を受けてその態度を崩したカリウス。やはり親子だとそういった部分をよく理解しているようだ。
微笑ましいやり取りを見ている間にも、光は強くなっていく。部屋の至る所にある光源よりも強くなったところで、冴久が目の前に立った。
相も変わらずの冴えない顔。自分自身であるそれを見て、サクは少し笑ってしまった。自分であれば、彼であれば特に気にすることはないだろう。彼こそが、≪實本冴久≫なのだから。
「最後にもう一回。元気でな、俺!」
「そっちこそな。ムフフな生活エンジョイしろよ~」
にやける冴久のその言葉に応え、サクも他人から見れば少し気持ちの悪い笑みを浮かべた。2人の冴えない男子のやり取りは、不気味以外の言葉で表すことができない。
体の輝きは最高潮に達し、部屋全体を明るく照らしあげる。その時が来た。最後にもう一度、この場にいる全員と世界にに向けて感謝の意を示すためにサクは息を深く吸い込む。
そして、ありったけの思いを込めてサクは叫んだ。
「ありがとうございました!!」
その一言の後、サクの視界は真っ白となった。最後の最後でようやく決めることができたことに、サクはとても満足していた。
さあ、後は帰るだけだ。ズッキーの言った通りであれば問題なく行けるはず。高揚した気分のまま、白く光り輝くトンネルに立つのをサクは待った。
真っ白な視界が変化し、自らの足も先ほどまでいた部屋とは違うところに立っているのを感じた。意気揚々と歩を進めようとしたが、凄まじい異変が視界に入り込んできた。
「んじゃこりゃ!? あかん!! これはマジであかん!!」
いつもの似非関西弁を言い放ちながら、サクは駆けだした。白く光り輝く綺麗なトンネルが、音をたてて崩れ始めていたからだ。
もしや時間切れなのか。ここが崩壊しているということは、道が閉ざされようとしているに違いない。間に合ってよかったとも思うが、もう少し時間を稼げなかったとのか心の中でカノンに叫んだ。
とにかく走る。崩れてきた真っ白な破片を避け、すでに人一人分の幅になっている道をひいひい言いながら。崩壊に合わせて出口も小さくなっているのがさらに焦りを募らせる。
帰らなくちゃいけない。向こうには待ってくれている人たちがいる。あそここそが、≪サク≫のいるべき場所だ。
「間に合えええぇぇぇっ!!」
目の前まで迫った出口に向け、サクは吸血鬼化して溜め込んだ力を脚部で解放し、飛び込んでいった。
真っ白な景色が変わり、体が不思議な感覚に陥る。立っているのか座っているのか。何が何だか分からない状態で、サクの意識はぐちゃぐちゃになっていくのだった。




