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俺は冴えない(没ver)  作者: 田舎乃 爺
第三章 帰るべき場所へ
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62 迫る(男としての)危機

「カリウスってことは、外人さん?」


「そうだ。さあ、急がねばならないのだろう。行こうか、『  』君……っと。やはり呼べないか」



 握手を終えた後にこちらに向けて話していたカリウスの発言の中から、サクの名前だと思われる部分の声が聞こえなかった。何故そんなことになっているのかとサクは不思議に思っていると、カリウスは難しそうな顔をしながら口元を右手で覆い隠した。

 サクよりも身長が高く、いい感じに年を重ねたことによる渋みも合わさってとても男前に見える。そして考え事を行う中でのその仕草はとてもかっこよく思えた。

 やっぱり外人さんは顔の彫りが深く、日本人とは違ういいものを持っている。サクがしみじみと考えていると、結論に至ったカリウスは口元から手を離した。



「サク君。よし、脳内での印象を変え、別の他人と考えれば呼べるようだな。確認するが、私の発言が全て聞こえていたかい?」


「はい。大丈夫っす。でも、何で俺を呼ぶのにそんなことが必要なんですか?」


「君の口で、自分の本名を言ってみたまえ」


「『  』。あれ? 『  』。『  』!! おおっと? どうなってんすか、これ?」



 今になって自分の名を発音することができないことにサクは気づき、混乱しながらカリウスに問いかける。それに対し、冷静に分析した答えが返ってきた。



「恐らく、君がもうこの世界の存在ではないからだと考えられる。詳しいことに関してはまだ調査と研究が必要になるだろうな」


「俺の存在が……」



 こんなことが発生するとは思いもしなかった。ここまでの道中において聞くことのできた自分の名は、今横にいる『冴久』に対してであって、『サク』に向けられたものではなかった。『サク』を意識すると、綺麗に消えてしまうようだ。

 不思議なことがあるものだとサクが驚いていると、目の前のカリウスは懐に手を突っ込んだ。ごそごそと何かを探しているが、とてもその服の内側に物を入れられる部分があるとは思えない。

 となると向こうの世界にあった収納方陣ににたようなものがあるのかもしれない。魔術を研究しているとか言ったことから考えて、あっても不思議ではないはず。というかこの世界に魔法的なものがあったのか。

 思いを巡らせていると、取り出した2つの小さな四角柱の黒い物体をカリウスはサクたちに手渡してきた。サクはそれを受け取るが、冴久はどうしていいか分からずに困惑していた。

 冴久は、自分の理解の範疇を超えて進む物事について行けていないようだった。そんな彼に対し、カリウスは優しく話しかける。



「君には後で私の方から色々と説明しよう。間違いなく、君も無関係な存在ではないからな」


「……分かりました」



 それを聞いた冴久は、完全に不安を払拭できていない様子のままカリウスが差し出したものを手に取った。何かしらの金属出てきたそれを訝しげに眺める。

 手のひらサイズの物体は少しヒンヤリしており、夏場で持っていると心地よく感じられた。両手の中で全体をくまなく確認してみるが、これといって不思議に思えるところはない。一体何なのかとサクたちが疑問に思っていると、カリウスが説明を始めた。



「それを思い切り強く片手で握ってくれ。それで『認識』が完了する」



 言われた通りにサクたちは右手で物体を強く握ってみた。すると、握ったところから物体のあらゆる方向に向けて白く光る線が伸びていく。いきなりのことに目を丸くしながらも、嫌な感じはしなかったためにその光が治まるまで握り続けることにした。

 全体にまで行き届いていた光の線は徐々に消えていき、元の状態へと戻った。物体を左手に持ち替えて右手が無事かどうかを見てみたが、特に異常はないようだ。

 近代的なものとは違う、魔法的な力に似たものをサクはその物体から感じることができた。握る前は感じられなかったそれに気をとられていると、カリウスに手首を掴まれた。



「よし、では行こうか」


「え? どこへぇぇええ!?」



 サクの問いかけの途中で、周囲の空間が歪み始めた。今までに感じたことのない違和感に包み込まれて驚愕していると、あっという間に歪みは治まり始めていった。

 空に輝いていた太陽は消え、冷たさを感じられるコンクリートの天井が広がっている。取り付けられた照明と機材の画面から発せられる光が部屋の中を照らしていた。こもったような空気だったが、空調が効いているために快適だった。

 突然屋内へと移動したことに驚きを隠せない2人。その場で固まっている彼らの手首を離したカリウスは、付いてくるようにと手招きをしつつ部屋にあった扉へと向かっていった。

 ここがどこだか分からない今、サクたちはカリウスに従う以外選択肢がない。何も言うことなく大人しくついていき、開かれた扉の向こうへと一緒に進んでいった。



「今使ったのは『空間湾曲移動』。術式自体はその物体に仕込んで合って、『認識』さえすれば誰でも使える優れものだ。コストが高くて量産には向ていないがな」



 似たような部屋の中を移動しながら、カリウスは説明してくれた。魔法とは違う呼び名。魔術、そして術式。そのことに関して聞いてみたい気もしたが、とりあえずはついていくことにサクたちは専念した。

 3つ目の扉を超えた先に、今までとは違う少し広めの部屋があった。中央には円形の大きなテーブルと、それを囲むようにして背もたれ付きの椅子がいくつも並んでいた。

 数えきれないほどの資料の山が部屋の隅やテーブルの上に置かれているが、そんな中で異彩を放つ存在が椅子の1つに座って入ってきたこちらの方を見ていた。

 栗色の髪の毛を肩まで伸ばし、その瞳はカリウスと同じ綺麗な赤色。素直に美しいといえる見た目の女性はその手に持っていた資料を置き、こちらに向けて話しかけてきた。



「お帰りなさい父さん。それといらっしゃい、お二人様」


「ただいま、『セシリー』。急ですまないが、今から書く機材を稼働させる。手伝ってくれ」


「分かったわ」



 父であるカリウスの要望に頷くセシリー。かなり急いでいるというのは雰囲気で伝わっているようで、手早く書かれた機材を稼働させるために部屋から素早く出ていった。

 綺麗な人だったとサクたちがセシリーの消えた扉の方に気をとられていると、いつの間にかカリウスは移動を始めていた。すでに扉の向こうへと行ってしまった彼を急いで追い掛ける。

 急いでくれるのは嬉しいが、まだ何をするかを教えてもらっていない。こんなところで一体何をするのだろうか。ないとは思うが、人体実験とかはやめてほしい。

 そんなこんなで進んでいき、到達した部屋の奥に人が1人入ることができるようなカプセルがいくつか現れた。壁に斜めに立てかけられたそれを動かすための操作盤の前にカリウスが立つと、完璧なタイミングで電力が供給され始めた。

 その内の1つの出入り口が開き、淡い光がカプセルの内部を照らす。まさかとサクが考えていると、そのまさかをカリウスが頼み込んできた。



「これは入った者が所有する魔術などを読み取る機材だ。サク君、この中に入ってもらえないだろうか?」


「……俺が帰ることとは関係ない感じですよね?」


「ああ。だがすぐ終わる。どうしても、入ってほしいんだ」


「う~ん……」



 果たしてこの世界に向こうの世界のことを教えていいのだろうか。サクはこれまでの間で多くのものを吸収してきた。その中にはもちろん、異世界転生魔法も含まれている。

 時間がないとはいえ、これは素直に従っていいものではないはず。悩み続けるサクがその場でうなっていると、カリウスが真剣な表情でこちらを見つめてきた。

 向けられたその目からは、揺るぐことのない意志の強さが感じられた。力強いその眼差しを維持したまま、カリウスは誠心誠意を込めて頭を下げてきた。



「頼む。この君の選択が、この世界の行く末を左右することになるかもしれないんだ」


「……悪用はしないでくださいね」


「もちろんだ。だから、頼む」


「ふう、分かりました。入りますよ」


「……! ありがとう!」



 サクの返答を聞き、カリウスは喜びに満ちた表情を浮かべながら顔を上げた。そんな様子から見て、サクはカリウスが嘘をつくような存在ではないと思えた。

 誘導に従い、サクはカプセルの中へと入りって体を横たえた。出入り口が閉まり、透明な壁の向こうからはこちらを心配した目で冴久が見守っていた。

 これによって、世界の行く末が左右される。先ほどのカリウスの言葉を思い出し、本当にそうなのであれば自分はこの世界に対して大きく貢献できることになるかもしれない。

 向こうの世界には申し訳ないが、これまでの人生を過ごしたこの世界に対しての1つの恩返しであるとサクは捉え、静かに機材が動き始めるのを待った。

 やがて、カプセルの中の淡い光が徐々に煌びやかなものへと変化していく。全身がそれに照らされたサクは、心全体を見透かされているような感覚に陥った。自らの中を全て確認され、必要性のあるもののみが向こう側へと複製されていく。

 あまり心地いいとはいえない状態だった。しばらく続いたそれは、サクの心を全て確認し終えたところで終息していった。カプセル内部の光も淡いものへと変わり、出入り口が開いた。

 ほんの僅かな間だったが、サクの体はそれなりの疲労感に見舞われていた。若干の眠気によって半開きの目が閉店と開店を繰り返している.



「本当にありがとうサク君。今回得られた情報が、頓挫していた研究に役立てられることは間違いない。重ねて言うが、本当にありがとう」


「喜んでもらえたならうれしいっす。ちなみに、本題の方は大丈夫そうですか?」


「問題なしだ。後もう少しで準備が整う」


「分かりましたー。だってよ、俺。もうちょっと付き合ってくれー」


「おう。まあ、俺はただ見てることぐらいしかできないだろうけどな」



 眠たそうなサクに苦笑いしながら返答する冴久。だが、その表情は何かを見たことで険しい物へと変わっていった。

 まじまじとサクの顔を見つめてくる。もしかしてカプセルの中で顔に何かついたのだろうか。しかしながら、眠気のせいで自らの顔を触ろうとする気もおきない。



「なあ、俺。口の中、半透明になってんぞ」


「え゛? マジで?」


「マジで。ほら」



 冴久はポケットから取り出したスマホのカメラを起動し、インカメラにしたそれをサクに渡した。

 相も変わらず冴えない顔が画面に映し出される。そしてサクは、恐る恐る口を開いてみるのだった。



「……マジだ。どうなってんだこりゃ」


「この世界の存在ではないサク君の体で、向こうの世界と繋がりが強い部分が消滅してきているのだと考えられるな」


「それって間違いなくヤバいですよね?」


「ヤバい。原理は分からないが、放置しておけば君の体は完全に消滅してしまう可能性が高い」



 冷静にサクの状態を分析するカリウス。それによってどんどん心の中の不安が膨れ上がっていってしまう。

 マジでどうにかして向こうに帰らなければ。焦るサクだが、目の前のカリウスが慌てる素振りを見せることはなかった。サクの症状を見て、異世界転移魔法が上手く機能しない原因をはっきりと断定したからだ。



「やはり、君の『存在の力』にこの世界のものが僅かに含まれているのが原因なのだろう。それさえ取り除けば、大丈夫なはずだ」


「それって簡単にできるのか?」


「できる。私であればな」



 一切躊躇うことなく言い切ったカリウス。出会って間もないが、頼りがいのあるその姿にサクは惚れ惚れしていた。

 『存在の力』というまたよく分からないものを知ったが、どうにかなるのであれば問題はない。高鳴り始めていた心臓の鼓動が小さくなり、サクは安堵のため息をついた。

 安心しきったサクだったが、何故かカリウスはこちらの体全体を確認し続けていた。まだどこかが消え始めているのだろうか。



「どこか……、どこかが口の中と同じように消え始めているはずなんだが、分からない。サク君、向こうの世界において強い繋がりを持った体の部位に、心当たりはないか?」


「強い繋がりですか。見当もつかな……、い……。……まさか」



 安らぎ始めたサクの心の中が激しく乱れた。強い繋がりを持った部位。思い返した記憶が、間違いなくそこだと警告している。

 そんなことがあっていいのか。確かに繋がりはあった。それこそ、昨晩も使いましたよ。もしかして、楽しみ過ぎた罰だとでも言うのだろうか。

 とにかくすぐに確認するために、サクはカリウスと冴久に背を向けて部屋の隅へと急ぐ。彼らの視線を背で感じながら、下半身の寝巻の下にある大切な存在を確認した。

 次の瞬間、サクの表情は凍り付く。当たってほしくなかった予想は、的中していた。深い絶望に満ちた様子のまま振り向き、カリウスたちの方へとフラフラとした足取りでゆっくりと戻っていった。

 一体どこが消え始めているのか。その答えを沈み込んでいるサクが話すのを2人が固唾を呑んで見守っていると、サクが焦点の定まらない目をしながら、小さくつぶやいた。



「ムスコが……、ほとんど消えてた……」


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