57 遅れてきたヒーロー
言い切ることができ、満足するサク。今までにない優越感が心の中で広がり始めたが、呼吸をしようとしたときに異常が発生してしまった。
「むがっほぉ!? つ、唾が気管に、うえっほ、ごほぉ」
サクは勝手に自分一人でもだえ苦しみ始める。やはりというかなんというか、決めようとするとろくなことにならない。
とまることのない咳に苦しんでいると、さらなる苦痛が襲い掛かってきた。体がさらに重くなったのだ。踏ん張って倒れないように耐えるものの、両足が地面に沈み込んでいくのが確認できた。
こちらの言ったことがよほどお気に召さなかったようで、さらに冷たい目を『創造主』は向けていた。軽蔑の念がたっぷりと込められたそれを見てサクが背筋を凍らせていると、『創造主』は静かに口を開く。
『話にならん。そのまま苦しんでいろ、この世界もろとも消してやる』
その後、右手を上空へ向けた『創造主』尋常じゃないほどにまで巨大化した赤い球体が、粒子となって分解されながらその手の中へと吸い込まれ始めた。
邪悪な存在の根源ともいえるそれを吸収し、ただでさえ強大だったその力をさらに増大し始める。サクはそれをただ見ていることしかできなかった。
これまでの人生で感じたことのない絶望感がサクの心に満ちて行く中で、『創造主』は口を開いた。
『この世界は私にとって良い実験場となった。現地の物を活用し、『僕』の力を最小限に抑えても崩壊へと導けるかどうかのな。結果は上々。まあ、ここが一つ目ではないのだが、貴様にとってはどうでもいいことか』
変わることなく余裕たっぷりの『創造主』様はぺらぺらとおしゃべり続ける。こちらがもう手出しできないからといって、油断しすぎじゃないでしょうかねえ。
この状況下においてそんなことを考えていたサク。彼の視界にはカーボン城の開きっぱなしの正面入り口がわずかに入り込んでおり、そこで密かに行動する者たちの姿を確認できていたことが、そう考えるだけの余裕をサクに与えてくれていた。
どうやら間に合ってくれたようだ。ヒーローは遅れてやってくるって言うし、正義は勝つとも言う。自分たちが正義かどうかは分からないが、少なくとも身勝手な『創造主』様よりは自分たちの方が正しいはず。
その『創造主』は、赤い球体を全て吸収し終えた。吐き気を催すほどの邪念を周囲に撒き散らし、残っていた花壇の花が見る見るうちに枯れていく。自らが認めない物を許すことのないその力を右手に集約し始めた『創造主』は、それをサクの方へと向けた。
『消えるがいい、劣悪種。貴様の命も、この世界の――』
「はあああぁぁぁぁ!!」
『……?』
『創造主』の言葉を遮ったのは勇ましい叫び声。それが聞こえてきた方向は背後。苛立った様子で振り返った先にあったのは、こちらに向けて剣を抜いて駆けてくるテンガがいた。
両手に握られたその剣には、複雑に混じり合って七色に輝く魔力が付与されていた。何人もの存在の眩いその光が周囲を照らす中、一本の矢がテンガの頭の上を通り過ぎていく。
見えない結界に阻まれて矢が蒸発し、それによっておおよその位置を掴んだテンガはその手に持っていた剣を全身全霊を込めて叩き付けた。
「そこだ!!」
剣と結界が衝突し、鋭い音が響き渡った。可視化できるようになった結界に衝突部分からヒビが入り始め、瞬く間に全体へと広がっていく。その後、結界は音をたてながら崩壊していった。
砕けた結界の一部が落下していく中をテンガは勢いを落とすことなく『創造主』へと向かっていく。走る最中で体への負荷が肥大化したが、そんなことを気にせずに飛び上がり、『創造主』へと剣を振り下ろした。
しかし、その一撃は空中にて右手の人差し指で止められ、同時に剣の輝きも消え去ってしまった。それでも諦めることなく、収納方陣から新たな剣を引き抜こうとするテンガだったが、『創造主』の空いていた左手から放たれた衝撃波によって広場へと叩き落されてしまった。
苦悶の声を上げるテンガにサクが心配していると、『創造主』はその攻撃の矛先をサクではなく、テンガへと変更した。
『貴様に関しては流石というべきか。いいだろう、先に貴様を消してやる』
その手の力が増大していくのを見て、焦るサク。だが、当の本人であるテンガは焦るどころかまだやれるといった気合に満ちた表情を浮かべていた。
追いつめられているのにも関わらずそんな態度をとることが気に入らなかった『創造主』は、眉をひそめた。最後にもう一言つぶやこうとしたところで、城の方から元気な声が聞こえてきた。
「見えた! そっちに伝える!」
「上出来だレーナ姫! さぁ、皆の衆、全力で行くぞ!!」
いるはずのないレーナの声と、アージュの師匠であるオーガストの勇ましい声。城の正面入り口にはその2人だけでなく、クロノス、ゲイリー、カノン、アージュの姿があった。
彼らが各々に持っていた武器を前非へと向けると、その先から竜巻が発生し始めた。重なり合って巨大化していったそれは一直線に『創造主』の方へと伸びていった。
それを防ごうとした『創造主』だったが、直後にテンガが投げつけてきた剣の迎撃に手間取り、その中に飲み込まれていくのだった。竜巻の中心に捕らわれた『創造主』。その体には徐々に異変が発生し始めた。
竜巻から発せられる力が、『創造主』をイヤサの体から引き離し始めた。それも、二度と繋がらないようにと心に壁を形成しながら。そうはさせまいともがくも、抵抗空しく完全に分離してしまうのだった。
目的を達成したことで竜巻は消滅し、解放されたイヤサは意識を朦朧とさせながら広場へと落下していく。それを受け止めるために、テンガは一目散に駆けだした。
「国王!!」
間一髪のところでイヤサを受け止め、テンガはそのまま広場に崩れ落ちた。怪我がないかを確認し、特に異常は見られなかったことに安堵したが、その表情は上空に浮かぶ存在を見たことで歪んでいく。
ハクたちが閉じ込められた結晶体のところに、『創造主』の本体がいた。人としての形なのだが全身は真っ黒。所々が断続的に歪み、ちらちらと内部の白く光る部分が見えている。目や鼻といった人間として重要な部分は確認できないその様は、異質そのものだった。
テンガだけでなくサクもその姿に絶句していると、広場にこれまでのイヤサから発していたものとは違う、何十人分の人の声が折り重なっている『創造主』の声が響き渡った。
『なるほど、ここまではやれるものなのだな。甘く見ていた。素直に誉めてやろう』
その後、不気味な笑い声を上げ始める『創造主』。はっきりと気持ちが悪いと言えるそれに、全員が嫌悪感を抱く。
一通り笑ったところで、大きくため息をついた。満足した『創造主』はその様子のまま手と思われる部分を上げると、今この場にいる全員に向けて魔力を押し固めた白い光球を生み出す。
誰もがその光球からの攻撃は防げないと理解し、それでも急所は防ごうと行動し始める中で『創造主』は、つぶやいた。
『死ね。劣悪種ど――』
「サクタックル・セカンドぉぉぉぉぉ!!」
『!?』
『創造主』は油断していた。イヤサの体から離れた時点で重力制御は解除されており、サクは自由に動けるようになっていたのだ。
サク自身も異質な『創造主』の姿にビビりながらも、何故かこれでならいけるという根拠のない自信が芽生え、それに従って突撃していったのだ。
脚部の力を解放して上空へと凄まじい勢いで飛んでいったサク。その先にいる『創造主』は光球を盾にしようとしたが、これまでとは違って光球はサクに吸収されてしまった。
やっぱり行けた。これならいける。そう確信したサクは眼前にいる『創造主』に向け、力一杯叫んだ。
「取り込んでやるよぉぉぉ!!」
勢いを落とすことなくサクは『創造主』とぶつかり、その存在そのものを吸収することに成功した。それに喜びつつ力を逆噴射して勢いを殺そうとしたサクだったが、直後に体に異常が発生した。
とてつもない違和感。これまでに魔法やそれに準ずる物を吸収した時とは全く違う感覚がサクを内側から襲っていた。上手く対処することができず、その勢いのまま城へとサクは突っ込んでいった。
奇跡的に落下していった先は開いていた正面入り口。レーナたちの頭上を越えたサクは、城の中を何度も跳ねながら転がり落ちていった。
「サク!!」
ようやく止まることができたサクに真っ先に駆け寄ったのはレーナだった。すぐさま抱き上げ、腕の中で思い人の無事を確認しようとする。
気を失っていたサクの目はわずかに開いたままであり、そこを通して見た光景にレーナの顔が焦りに満ちたものへと変わっていく。他の皆が近づいてくる中で、レーナは悲痛な叫び声を轟かせた。
「何で、何で何も見えないの!?」
サクの目を通して能力で見た光景。それは、死者特有の何もない真っ暗な空間だった。
※
真っ黒な力が純粋な白い部分を侵食していく。体の行動を操るためではなく、完全に内側から滅ぼそうとする『創造主』の意思が、サクを蝕んでいた。
抵抗することすらできず、ただ自分が消えていくことを見ていることしかできない。今のサクに、打てる手は何も残されていなかった。
内部で存在を確立させた『創造主』がその異質な体を形成した。不気味なその声で、サクに向けて語り掛けてくる。
『愚かなことだ。吸収すればどうにかなるとでも思っていたのか?』
おっしゃる通りで。何とかなると思った少し前の自分にやめておけと言いたい。根拠がない時点で動くべきではなかった。
そう考えているうちにも、侵食がとまることはない。万事休すか。自らの消滅を悟ったサクが諦めようとしたその時、真っ黒な空間の一点に光が集まり始めた。
『創造主』だけでなく、サクも突然現れた光に驚きながらそれがどうなっていくのかを見守った。光は徐々にその範囲を広げ、真っ黒な力を彼方へと押しやっていく。
やがて、空間は真っ白なものへと姿を変えた。眩しいほどの白さの中で、光の向こうから誰かがゆっくりと歩いてくるのが確認できた。
「久しぶりだね、サク君。ここからは私に任せてもらおう」
聞き覚えのある声。忘れかけていた声。光の向こうからやってきたその声の主は、ちょび髭が印象的なタキシード姿の男性。
男性は『創造主』の前に立つと、行儀よく一礼した。そして、自信に満ち溢れた表情で自己紹介を始めるのだった。
「私の名はエロ=ボウォン・ズッキー。サク君の中に眠る『抵抗力』そのものだ。よろしく、『創造主』」




