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俺は冴えない(没ver)  作者: 田舎乃 爺
第三章 帰るべき場所へ
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54 目標はカーボン城

「何だよこりゃあ」



 停車した車の窓から顔を出したブレームが、車列の上空を通り過ぎていく無数の赤い光球を訝しげに眺めていた。どこからともなく湧いて出てくるそれらは一直線にどこかへと向かっていく。

 いつも通りの商いを終え、次の街への移動の最中に発生したこの異常な現象。それなりに年を取ったはずのブレームでも、この光景を見るのは初めてだった。

 流れ星に見えなくもないが、性質が全く違う。赤いな光球からは何故かよく分からないが、強い嫌悪感を抱いていた。一体あれは何なのか。

 


「……!? 社長!」


「何だガルムってうおおぉぉ!?」



 車内にいたガルムの焦る声を聞き、顔を車内に戻したブレームは驚愕した。自分自身の体が赤く輝いていたのだ。いや、それだけでなく、ガルムの体も輝いている。

 状況が理解できずに慌てふためいていると、その輝きは胸の辺りに集まっていく。体全体の輝きの全てがそこに集まったところで、輝きは赤い光球となって体から飛び出した。車の天井を透過し、上空に舞い上がった光球。無数に飛んでいる中に合流すると、一緒になって目標とする場所へと向かっていくのだった。

 すぐさまガルムが自身とブレームに異常がないかを確認するが、特に問題はないようだ。だが、2人とも心が少し軽くなったように感じていた。



「ガルム。一体何なんだよ、さっきのは」


「恐らく、俺たちの負の感情だけが抜き出されたんだと思います。でも、そんなことをして一体誰が何を――」


『社長ー。予測進路分かりましたー』



 2人がこの現象に思いを巡らせていると、車内に設置された小型無線機に社員からの通信が繋がる。車列を止めると同時に頼んでいた光球の行く先が判明したようだ。



『この光球、真っ直ぐと首都に向かってますー。午前中に騒動あったらしいのに、また一悶着あるとかヤバそうですよねー』


「……、車列を反転させろ。首都に向かうぞ」


『あ、分っかりましたー。全体に伝えときますねー』



 報告を聞き、一瞬にして考えをまとめたブレームは指示を出した。すぐさま伝達されたそれに従い、全体が反転して首都へと向けて動き出した。

 ここから休みなしで向かっても着くのは明日の夕方。それでも、そこにいるはずの人々の支援はできるはず。お得意様であり、こちらを信頼してくれている取引相手を支援することは当然のことだ。

 そう考えながらも、窓の外に視線を移したブレーム。真剣な表情を横から見ていたガルムは、余計な口出しをする気にはなれなかった。目の前にいる社長がお人よしであることを知っていたし、そんなところが好きだからこそ、彼についてきているからだ。

 街灯によって照らされる街道をブレーム商会の車列は首都へと向けて走り続ける。その上空には、各地で発生し続ける赤い光球が同様に首都へと向けて突き進んでいた。






     ※






 海風を体で感じつつ、大きな翼を羽ばたかせてワイバーンは目的地へと向けて夜空を駆け抜ける。そのすぐ横では、スモークが統治するウッド大陸から飛んできた赤い光球がグリールへ進み続けていた。

 その行く先が首都であるとは分かっている。そして、一体何のために向かっていることも。だからこそ、ワイバーンにまたがるレーナは焦っていた。



「もっとスピード出ないの!? もっと、もっと早く!!」



 そういいながらレーナはワイバーンの硬い表皮を急かすように手で叩く。しかしながら、疲労が溜まっているワイバーンには今出せる速度が精一杯だった。

 通り過ぎていった光球を見るレーナ。透視能力によって、その負の感情が何を目的としているかが分かる。それらは、首都にいる存在の命に従っているのだ。

 体に打ち付けていた海風が止み、ようやくプレート大陸に到着した。後もう一息だと考えているところで、追い付いてきたニーアが呼びかけてくる。



「危険です、姉さん! とりあえず様子を見てからでも――」


「駄目よ! あんただって分かってんでしょう!?」


「それはそうですけど、私たちにはどうすることも――」


「それでも、それだとしても行くの! もしかしたら、あたしにも出来ることがあるかもしれない!」



 引き留めようとするニーアの言葉をことごとく遮りながら、レーナは首都へと向かうのを止めなかった。これ以上言っても無駄だと判断したニーアは、ため息をつきながら後続の者たちにレーナの意思が変わらないことを伝えに向かう。

 焦るレーナの気持ちが伝わっているようで、ワイバーンも限界を超えて飛行し続ける。赤い光球とともに雲の中へと突っ込み、それを抜けたところでようやく目的地が見えた。

 世界全体から集められた光球は城の広場へと集結し、より巨大な一つの球体を形成していた。禍々しい気を放つそれを見て、レーナは思い人の名をつぶやいく。



「サク……!」



 遠方からでも、その球体から滲み出る感情を持ち前の能力で読み取るレーナ。それは、サクに対する明確な敵意だった。






     ※






「待て、守護騎士。車庫に行くぞ」


「車があるのか?」


「親父、あれ使ってもいいよな?」


「うむ。動いてくれるといいが」



 のろのろと動いていたサクは呼び止められ、カノンの提案に乗って屋敷の車庫へと向かう。確かに今の状態で歩いていけばかなり時間がかかるので、そちらの方がありがたい。

 普段通りに動くことができないサクを案じつつ、先を急ぐためにもカノンが背負ってくれた。金色の長髪からは、先ほどの戦闘の影響からか、少し焦げたような臭いがした。

 明かりが全て消え、真っ暗になった屋敷の中を足元に注意しながら進んでいく。以前腰をいたわった素振りを見せていたクロノスも、早歩きのカノンに必死についてきていた。



「カノン、もうオーガストには話がついているのか?」


「ああ。城の方でくたばってなければゲイリーも手伝いながら準備を進めてるはずだ。だけどやれると思うか、親父」


「正直に言って厳しいだろうの。イヤサに潜む存在は儂らの予想を遥かに超えて強大じゃった。恐らく、今のサク君でもかなわないと思うぞ」


「だよな。ああ、畜生。あたしがあの世界と道を繋げなければこんなことには……」


「悔やんでも仕方がない。今は目の前のことに集中するんじゃ」



 冷静な判断をクロノスは下し、カノンはそれに頷きながらも唇を噛んでいた。背中越しであっても、その悔やむ気持ちはサクに伝わってきていた。

 自分自身がもつとされる力が完全に解放されれば、イヤサに巣食う何かを倒すことができるかもしれない。だが、それが解放される気配もなければ、そもそもある気がしないのがサクの現状だった。

 ここにきて行くに立てないことにサクが申し訳なく感じていると、屋敷の車庫の扉へと到着した。鍵は壁に設置されているパネルに暗証番号を入力することで開くようになっていたが、魔力供給に異常があるためかパネルそのものが機能していなかった。

 


「守護騎士、降りてくれ」


「おう」



 苛立った様子のカノンの指示に従い、背中から降りたサク。一体何をするかと思ったら、目の前でカノンは右脚に魔力を集中し始めた。

 見るからに堅そうな特殊鉱石で作られた壁に向け、強化した右脚による一撃をカノンは叩き込んだ。凄まじい衝撃音が響き渡り、扉は大きくへこんむ。それを確認して舌打ちをしたカノンは、右手に炎の球を形成した。

 念のためにサクはクロノスの前に立ち、余波を警戒した。そしてカノンが放った炎の球は大爆発を起こし、扉とその周囲にあった壁を吹き飛ばした。



「この手に限る」


「修理費が……。いや、仕方ないの」



 この先のことを考えて若干沈み込むクロノスを置いて、勝ち誇ったカノンは先に車庫の中へと入っていった。荒々しいその様子からは、とても研究者と思えない。

 扉や壁の破片に注意しながら2人も中に入っていく。それなりの広さがある車庫の中には、カノンが乗っていたバイクも停めてある。オイルの臭いが漂う中をさらに進むと、開けたところにそれはあった。

 所々にグリールの紋様の装飾が施された黒塗りの車。見た目だけでも、かなり高級なものだとサクでも理解することができた。少し埃がつもっているそれにサクが近づいていくと、背後からクロノスが話しかけてくる。



「記念でもらった公用車じゃ。ほとんど動かしていないが、何とかなるだろうよ」


「記念って……。爺さん、あんた何をやってたんだ」


「儂、元国王」



 とんでもないことをサラッと言ったよこの爺さん。そう思いながら驚愕の表情で振り向いた先には巨乳好きのクロノスが真剣な表情で立っていた。

 確かにこれまでの道中の間でクロノスに頭を下げていた人が多かったことを思い出すサク。だとしても、まさか元国王だなんて思わなかった。

 サクが唖然としていると、車庫の奥からカノンが鍵を持ってきた。手早く鍵を開けて運転席に乗り込むと、エンジンを起動させる。問題なく動いてくれたようだ。

 これで早くカーボン城へと向かえる。そう安堵するサクの近くで、クロノスは渋い顔をしていた。何故そんな顔をするのかとサクが疑問に思っていると、車の窓を開けたカノンが呼びかけてくる。



「何してんだ。早くいくぞ」


「急ぐとはいえ……。くそう、仕方がない。乗るぞ、サク君」


「あ、ああ」



 乗り気でないクロノスは助手席に乗り、サクは運転席の後ろに乗り込む。手早くシートベルトを締めてサクが前を向くと、クロノスが冷や汗をかいていることに気づいた。

 その後、窓から手を出したカノンが炎の球を車庫のシャッター向けて放り投げる。轟音とともに吹き飛んでいったのを確認すると、カノンは素早くシフトレバーに手を置いた。



「さあ、行くぞ」


「おう、頼んだぞ叔母さ――」



 サクが言い終える前に、車は急発進した。舌を噛みつつ、サクはこれまでに体験したことのない感覚に驚愕していた。

 シートに押し付けられたまま動くことができない。ジェットコースターで落ちるときの感じがずっと続いているような感じだ。その圧倒的な速度を落とすことなく、カーブへと突入していく。

 巧みなドリフトによってサクは体を引っ張られ、窓に頭を強打してしまった。痛みに悶える暇すら与えてくれず、車は猛スピードで首都の中を走り抜ける。

 カノンの運転は走り屋のそれだった。尋常じゃないドライビングテクニックにサクとクロノスは車内で絶叫しながらも、ただひたすらに耐えることしかできない。

 魔力供給が絶たれた暗い街を夜空を移動する赤い光球が照らしあげる。目標であるカーボン城は目前に迫っていた。

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