55 触れることすら能わず
「……?」
カーボン城正面の門は開いており、そこからサクたちは進入していこうとしたのだが、何か嫌なものを感じ取ったサク。
このまま突っ込むとヤバい。直感的にそう思ったサクは、シートに貼り付けになった状態でカノンに向かって叫んだ。
「叔母さん! 止まって!!」
「はあ!? んなろう!!」
鬼気迫るサクの声を聞き、急ブレーキを踏むカノン。全員が体を前方に向かって引っ張られながらも、何とか門の手前で止まることができた。摩擦による熱でタイヤが煙を上げ、道路には黒い跡が出来上がっていた。
シートベルトってこういう時のためにあるのね。締め付けられた部分に痛みを感じながらサクは止まれたことによるものと、カノンの運転が終わったことによる安堵のため息をついた。
夜なのにも関わらず明るくなっていた外にサクたちは出た。街灯は全て点いておらず、広場の上空に形成された巨大な赤い球体が周辺を照らしあげていた。そのすぐ下に、ハクたちとイヤサがいる。
こちらの到着を確認したイヤサが笑顔のままこちらに向けて手招きをしていた。不気味な出迎えに臆することなく、サクは広場へと向けて歩き出す。
「……! 爺さん、叔母さん。ここから先に来ないでくれ!」
「はあ? 何で――」
「いいから! 見えないけど結界みたいのが張ってある!」
門を超えたところで振り向いたサクの制止を聞き入れ、2人は足を止めた。その後サクとの間に何かがないか目を凝らしてみてみるが、特に変わったところはないようにも感じられた。
だが、サクは通ったときに分かった。この結界のような存在が、車の中でサクに嫌悪感を与えたのだ。こちらの言ったことが信じられない様子のカノンは、懐からペンを取り出した。そしてそれをおもむろにサクへと向けて投げてみた。
「! ……なるほど。突っ込んでたら死んでたね」
何かに当たったペンが一瞬にして塵も残さずに蒸発した。どうやら、対象者とその付属品のみを通す特殊結界が張られているようだ。
ここからは一人きり。薄々勘付いてはいたが、いざとなれば不安で仕方がない。今現在、広場で待つ存在に勝てる保証がどこにもないことも、サクの心を追いつめていた。
恐怖で手の震えが止まらない。それでも、ハクたちは絶対に助けなければならない。止まることのない冷や汗を拭うことなく、サクは広場へと向き直った。
したところで症状が良くなることはないと分かっていても、サクはその場で深呼吸をした。そして、ゆっくりと広い広場の中心へ向けて歩き出す。
「守護騎士! あたしたちは裏口に回り込む。絶対に無理はするな!」
「無理だと思ったならば逃げろ! 生きているからこそ、チャンスは生まれる!」
背に向けられたクロノスとカノン言ったことに対し、サクは振り向くことなく手を振って応えた。声を出せば、震えているそれを聞かれて心配させてしまうと考えての行動だった。
車が急反転、急発進していく音が背後から聞こえてきた。これで、本当に一人きり。震えあがる心を悟られぬよう、サクはしっかりと倒すべき存在を見据えながら一歩ずつ踏み出していった。
午前中の卓との戦闘の跡が残る広場。城のことは後回しで、街を最優先で作業を進めていたのがそこから察することができた。微かに花の香が漂うその場所で、サクは静かに足を止めた。
視線の先には、結晶体に閉じ込められて気を失っているハクたちと、浮かんでいるイヤサ。余裕たっぷりのその腹立たしい姿をサクは睨み付けた。
『ようこそ。劣悪種代表、實本冴久よ。『私』から逃げなかったことを褒めてやる』
「そりゃどーも。ていうか、劣悪種ってなんだよ」
『貴様らのような無能な存在全てを指している。存在する価値すらない、愚かしい存在だ』
「あーそうかい。もしかしたら話せば通じるかと思ったけど、それは無理そうだな」
『笑わせるな。『僕』と貴様では格が違い過ぎる』
そういって家畜を見るような冷ややかな目をこちらに向けるイヤサ。その表情に優しさに溢れた本来のイヤサの面影はない。全くの別の存在であることをサクは再認識した。
高圧的な会話によって少しずつだが、心の中の恐怖が怒りに変わり始めた。感情が振り回されない程度に膨らませるために、サクはさらに話を持ち掛けてみる。
「だったらお前は何だってんだよ。神様か何かなのか?」
『神、か。まあ、劣悪種の考え方ではそれが限界か』
「じゃあ何だってんだ。見習い神様か?」
我ながら煽り文句に関してよく口が回ると思った。こちらの問いかけに対して呆れたような表情を向けてくるが、それが今のサクの燃料となっているのだ。
さらなる反論を待ちつつ、吸血鬼化したサクは両拳に力を溜め込み始める。不意打ちでもいいから、確実にダメージを与えていけば勝機は見えてくるはずだとサクは考えていた。
『この『私』は、あらゆる理を超えた先にいる高次の存在。言わば、『創造主』だ』
「……お高くとまってるな、お前」
『何とでもいうがいい。『抵抗力』とはいえ、劣悪種である貴様など取るに足らん』
「その『抵抗力』ってのも何なんだ。俺、レジスタンスとか危なそうなのに加入した覚えはないぞ」
『知らなくて当然だ。貴様はまだ未熟者だからな。だからこそここで――』
イヤサが説明を続ける最中で、サクは溜まった右手に溜め込んだ力を解放した。技名的に言えばサクスペシャル2。拳上のエネルギーの塊は、真っ直ぐとイヤサへと向かっていく。
先手必勝、不意打ち上等。ご丁寧に説明し続けてたお前が悪い。ころころと一人称変えやがって、それがカッコいいとでも思ってんのか。さあ、これで流れを掴んでパパッと終わらせよう。
そう意気込んでいたサクだったが、塊はイヤサの直前でかき消された。跡形もなく散ったその向こうで、イヤサは大きくため息をつく。サクの攻撃は、全く通じていなかった。
諦めずに左手をイヤサへとかざすサク。その手から離れた力は、イヤサの目の前へと集約されていく。膨れ上がったそれは大爆発を起こし、周囲に凄まじい衝撃波と轟音を轟かせた。
圧倒的な熱量によって生じた白煙が視界を遮る。すぐさま追撃ができるようにサクは力を溜め込み始めるが、突如体全体に異変が襲い掛かってきた。
「重……っ!? 何がどうなって……!」
『貴様の体にかかる重力を変更した。安心しろ、そのまま地面を沈んでいかぬ程度に抑えてやった。ありがたく思え』
体全体に凄まじい重りが内蔵されたような感覚。吸血鬼化状態であっても、サクは立っているのがやっとだった。
まともに身動きが取れない中でも、サクの視線は白煙が晴れた先にいるイヤサに向けられたままだった。意地でも負けないといったその表情を見て、イヤサはこれまでとは違って残念な表情を見せた。
『この程度で音を上げそうになるか。拍子抜けもいいところだな』
「まだ……、まだ終わってなんか……!」
『いいや、終わりだ。この世界にいる『俺』の力は本来の一割にも満たない。そんな『僕』に触れられない時点で、結果は見えているも同然。諦めろ、劣悪種』
本気どころか、準備運動にすら付いて行けていない現状を知り、サクの心の中に暗雲が立ち込め始める。一体、どうやって倒せばいいのか。
イヤサからの攻撃を吸収することは出来ない。そして、こちらからの攻撃も一切通じない。サクはそんな絶望的な状況下でも僅かにあった希望に全てを賭けることにした。
カノンやクロノスが言っていた分霊魔法。名称からして、恐らくイヤサと『創造主』と名乗る存在を切り離すことができるに違いない。そこに勝機が生まれる可能性があるはずだ。
結界に関してもクロノスといった魔術師たちが何とかしてくれるはず。というかしてもらわないと困る。これまでに出会った人たちに期待しつつも、サクはその準備が整うまでの時間を稼ぐことに専念した。
「流石は高次の存在ってか。だったらせめて色々な事教えてくれてから殺してくれないか? 俺だって気にくわないことがいっぱいあるんだよ」
焦っているためか、こんな発言しか思いつかなかったサク。分かり易すぎる釣り糸を垂らすことになったが、果たして食いつくかどうか。
冷や汗が頬を伝い、首筋へと向かう。もう少し気を引くようなでたらめを言えば良いかと模索し始めたところで、こちらを哀れんだような目をしながらイヤサは口を開いた。
『そうだな。どの道貴様やこの世界の劣悪種が足掻いところで結果は変わらない。この『私』から、貴様について語ってやろう』
創造主様がくいついてくださった。ありがたやありがたや。このまま心行くまで時間をたっぷりかけておしゃべりしてください。というか、あんた語るの好きそうだな。
そんな煽り文句を心の中で放ちつつ、サクはイヤサを見続けた。どうでもいいと思える話であれば聞き流そうと考えていたが、予想していたよりも興味が惹かれる話題を話し始めた。
『貴様が転生時にこの世界から受けた恩恵。そして、この世界の本来の道筋だ』
「恩恵……? 道筋……?」
その言葉を聞き、重い首を傾げたサク。その様子を見て、イヤサは満足そうな笑みを浮かべた。
どうやら、小さな釣り糸に対してとんでもなく大きい獲物が引っかかってしまったようだ。あの腹立たしい表情から考えても、こちらを精神的に追い詰める内容なのだろう。
墓穴を掘ったかもしれないことに悔やみつつも、サクは既に折れる寸前の心をしっかり保つために乱れていた呼吸を整える。まだそれが万全のものとならないうちに、イヤサは語り始めるのだった。
『この世界からの恩恵。それは、『幸運』だ』




