34 気になってしまった
テンガの驚いた声を聞き、その場にいる全員の視線がニーアへと集まる。多くの者に見つめられたニーアは笑顔だった。
グリールと同様の美味しそうな名前の国のお姫様の妹。お姫様そのものではなく、妹。それでも、一国の重要人物であることに変わりはない。サクの身を案じた行動も、そういった高貴な血からきた行動だったのかもしれない。
そんな大事な存在が海軍金曜日の定番団に捕まっていたのは何故なのか。疑問が浮かび上がりつつも、頭の中でバンドゥーモの組織の名をいじりすぎて元の名称をサクは忘れつつあった。確かカレー団だったと思う。
サクがそんなことを考えていると、驚く皆を代表するかのようにテンガがしゃべりだした。
「確かに一週間ほど前から行方が分かっていないと情報が入っていましたが、まさかこんなところにいようとは。お怪我はありませんか?」
「大丈夫よ。ついさっき出会った奴に助けられたから」
そういうとニーアは楽しそうにしながらサクの背後へと回り込んだ。そしてサクを抱き上げると、そのぼさぼさの頭を優しく叩く。
「このサクが助けてくれたわ。見た目に反して結構やるのよ、こいつ」
「……サク? まさか、君は、あの守護騎士のサクなのか」
「おう。また会ったなテンガ」
「あれ? もしかして知り合いだったの?」
「そうといえばそう。ともいえますが……」
これまでのことを思い出したテンガは苦笑いしていた。サクと関わったことで良い思い出が見つからないようだった。
それでもとりあえずテンガと話がしてみたかったサクが口を開こうとしたが、視線の先に不自然なものがあることに気づき、僅かに開いたままで口は止まった。
騎士団用のカッコいい帽子の下がふさふさしている。そう、青い髪の毛と思われるものがあるのだ。ファンタジーにはたったの数日で髪を綺麗に生やす技術があるとでもいうのか。
それが気になってしょうがないサクは、腕の中でニーアに頼みごとをする。
「ニーア。テンガにもっと近づいてもらえないか?」
「……? まあ、いいけど」
要望を受け入れたニーアはテンガの目の前へと近づいていく。可愛らしい褐色の少女と、これまでの印象とはかけ離れているサクの姿が目と鼻の先にまでやってきたことに、テンガはたじろいだ。
突然の接近にざわつく周囲。テンガ様に惚れたか? お近づきのハグか? そんなことが騎士の中からささやかれる。少し動揺しているテンガはそれらの声を聞き、さらに緊張を高めてしまっていた。
少し臭うが、ニーアの美しい見た目に釘付けになるテンガ。その隙を見逃すことなく、サクはニーアの腕の中から乗り出して気になってしょうがないものを掴んだ。
ためらうことなく下に向けてそれを引っ張る。いきなりのことで反応できなかったテンガの顔が驚きのものへと変わった。地毛だったら痛がるはず。もしそうでなければ、サクの予想では滑稽な光景が広がっているはずだった。
青髪は一切抵抗することなく引っ張られていく。その感触に背徳と期待を織り交ぜた感情がサクは心の中で渦巻くのを感じた。
かぶっていた帽子が地面に落ちる。その帽子から周囲にいる者の視線がテンガの頭へと移動していく。そこにあった光景を見て、サクはとりあえず浮かんだ言葉を口にしてみた。
「……ごめんな、テンガ」
「……私は気にしていない。断じて気にしてなどいない。これはイメチェンなのだ」
「その強い心は本当に尊敬するわ。さすが騎士だな」
刈りたての芝生のような青髪が、テンガの頭部に茂っていた。その青々とした光景に、テンガよりも位の低い騎士はなんとか堪えたが、ニーアとカーラが爆笑し始めた。それにつられてハクも笑いだしてしまう。
まるで眼鏡をかけた友人に空き地で野球をしようと誘われそうな見た目だ。ある意味健康的ともいえるその容姿は、とても微笑ましかった。
笑い過ぎて涙が出始めたニーアは、少しでも心を落ち着けるためにテンガから距離をとる。それに対し、テンガは咳払いすると地面から青髪の桂と帽子を拾い上げ、収納方陣へとしまった。
ここでかぶり直さないのも潔い。素直にサクは感心しつつも、その頭を見て噴き出してしまう。全世界の髪の少ない人たちに心の底から詫びながらも、笑いをこらえることができなかった。
「……話を再開してもいいでしょうか」
「ええ。ふふっ。か、かふっ。構わないわよ」
必死に涙目で笑いを抑え込みつつ、ニーアは返答した。笑いによる振動がサクの背にとても心地よい感触をもたらしている。
ニーアの腕が下腹部に近いところに回されていなかったことにサクが安心していると、テンガはゆっくりと問いかけてきた。
「ニーア様はどこでここにいる彼らに連れ去られたのですか?」
「一週間前の姉さんの誕生パーティの時よ。盛り上がりのどさくさに紛れて拉致されたの」
「目的は聞きましたか?」
「明確には分からなかったけど、あたしのことを彼らは高額商品だとか読んでたわね。その手の変態どもに売り渡される可能性があったかもしれない」
「何と……。許しがたいな、この外道どもは」
テンガは拳を握りしめ、最大級の眼光で連行される構成員たちを睨み付けた。少し面白いその見た目からは想像もできない威圧感に、構成員たちは震えあがった。
圧倒的なその雰囲気を感じ取り、ニーアの笑いは止まった。テンガの瞳の奥に、熱く燃え滾る騎士の精神を垣間見たからだ。これほどにまの情の厚い存在をニーアは見たことがなかった。
ピリピリとした様子のテンガがニーアの方へと顔を戻す。真剣な顔のまま、その整った顔の口を開く。
「今日はこれからどういたしますか? 私たち騎士団にその身を預けていただければ、明日にはスモークへと旅立てると思いますが」
「いいえ、あたしはしばらく国には戻らないわ。お父様たちにはあなたたちからあたしの無事を伝えておいてくれないかしら」
「問題はありませんが……、どういった理由で留まるのですか?」
「恩をまだ返していないし、色々知りたいことがあるの。ね、サク?」
「んお? 俺?」
いきなりの呼びかけにサクは驚きつつも反応した。すると、ニーアは腕の力を強め、サクとさらに体を密着させる。周りにいたハクたちはそれを羨ましそうに見つめていた。
状況をある程度察したテンガの顔があきれ顔へと変わる。その視線はサクへと向けられていた。いや、これもまた成り行きでこうなっただけだ。そんな感じの視線をサクは飛ばすも、信じてもらえそうにない。
ようやくテンガと話ができたのにも関わらず、また打ち解けあうことができず、それどころか溝が深くなったような気がした。主に悪いのは行動に移したサクなのだが。反省は一応しているつもりだった。
ニーアを感じて照れながらも、思いを巡らせるサク。そんなサクを腕の中で反転させたニーアは、満面の笑みでサクを見た。
「今日はこれからあたしと一緒にいてもらうわ。もちろん、2人っきりでね」
「2人っきりでか。そうか。よろしくな」
「目一杯恩返ししてやるからね~」
「お、お手柔らかに頼む」
「任せときなさい!」
芯の強いニーアの笑顔は、冴えないサクには眩しかった。だが、真反対の存在とともに過ごすことを心のどこかで楽しみにしている自分がいることにサクは気づき、負けじと笑顔を返すのだった。




