16 無邪気って怖い
「はい、サク。あ~ん」
「あ、あー」
美女へと成長を遂げたハク。そんな彼女に口を開けるようにうながされたサクは、素直に応えると一口分の料理が口の中へ運ばれた。
起きてから朝食を食べている間、終始こんな感じでべったりだった。ハクはサクのそばから全く離れようとしない。少し前にはトイレにまで一緒に行こうとしたところをアイリスに止められたりしていた。
夕食は各自の部屋でとったが、朝食は2階にある広いホールにて食べることになっていた。遊撃部隊の全員とサクたちが入っても余裕のあるその中心に近いテーブルで、ハクはサクにべったりだった。
ハクは全然気にしていないが、サクは周囲からの視線が気になってしょうがない。羨ましいだとか、今度は何やったんだという声もちらほら聞こえてくる。
特にその中でも圧倒的威圧感を放っているのは、対面の席に座って朝食を食べているアイリスだ。笑顔なのだが、笑っていない。そんな感じの様子のアイリスに、サクは身震いした。
「今度は何をやったんだか……」
「それは、まあ、色々と……」
「色々……、ねえ……」
そういってアイリスは静かにコップに入っていた牛乳を飲む。震えの止まらないサクも同じように水を口にした。
その様子からは、怒りというよりかは妬ましいといった感情が溢れ出していた。アイリスの横に座るゲイリーは、とても居心地が悪そうな顔をしている。そんなぎすぎすした状況をカーラは気にすることなく、黙々と朝食を食べていた。
サクとアイリスがコップの中のものを半分ほど飲み干したところで、ハクはその場にいる者たちに嬉しそうに報告した。
「昨日の夜、サクとSEXしたんだ!」
「「ぶっふぉおう!?」」
不意打ちに近いその報告を聞き、サクとアイリスは口に含んでいたものを勢いよく噴き出した。目の前に座っていたためか、宙に飛び出したそれはテーブルの中央で綺麗に相殺された。
一瞬テーブルの上に綺麗な虹が形成され、その見事な連携噴き出しにカーラとゲイリーが感嘆の声を上げた。
「綺麗でしたね~」
「息ぴったりですな」
「げっほ、げほ。は、ハク、それは皆に言わなくてもいいと思うぞ」
器官に入ってしまった水が喉に違和感を残したが、サクはこれ以上昨晩のことを話さないようにと促す。
しかしながら、自らのその嬉しかった体験を話したくてたまらないハクが止まることはない。
「初めてだったけど、5回もするなんて思わなかった。やっぱりサクって変態さんなんだね」
そういってサクを見つめるハクは頬を染めた。その姿に心を射抜かれながらも、無邪気ってやっぱり恐ろしいと痛感していた。
んなこといったら、サクはこの場で最高だったと言いたかった。ハクとの夜は絶対に忘れることのできないものだったと。だが、そんなことをいう度胸は持っていないし、これ以上周囲からの視線を集めたくないサクには無理なことだった。
ようやく落ち着いてきた喉元だったが、代わりに胸を突き破りそうな鼓動がサクを追い込む。昨晩のことを思い出してしまったがために、股間もとても元気になっていた。
ふと、内股になりながらも対面に座るアイリスに視線がいった。
「サクと……、5回……」
アイリスはすでに暴走状態を超え、限界に近い状態になっていた。真っ赤になった全身から湯気が上がり、先ほど知ったことをぶつぶつとつぶやいていた。
某海賊団のギアほにゃららにも似たその様子をサクが心配していると、ハクが笑顔でとんでもない提案を持ち掛けてきた。
「アイリスもサクとSEXしたらいいんじゃない? 愛してるんでしょ?」
「……むーりぃーぃぃぃ――」
それを聞いたアイリスは限界を迎え、テーブルに突っ伏してしまった。ゲイリーが素早く食器をどかしたために、料理を枕にすることはなかった。
延々と煙を上げ続けるアイリス。その体は凄まじい高温だった。純粋な乙女は無邪気な少女の提案に耐えきることができなかった。というか誰だってそんなこと言われたら戸惑う。
お、お餅つけ、落ち着け自分。ハクと行為に及んだ当の本人がここでこんなに慌ててどうする。そうだ、某奇妙な冒険の神父のように、落ち着かせるために素数を数えよう。
そんな感じで数え始めようとしたが、混乱している頭でそんなことをするのは不可能だった。まともに数えられないサクは何故か頭の中で羊の数を数え始める。もはや自分でも何がしたいのか分からなくなっていた。
隣で真っ赤になって煙を上げ始めたサクに、カーラは止めともいえることを口にした。
「私はいつでも大丈夫ですよ~。したくなったら呼んでくださいね~」
「……あざーっすぅぅ――」
サクもアイリスと同じようにテーブルに突っ伏そうとしたが、ぎりぎりでハクが抱き寄せたことで料理の化粧をせずに済んだ。
向かい側ではゲイリーが心底羨ましそうな顔でこちらを見ている。すまんエロ爺。
ああ、温かい。柔らかい。いい匂い。満面の笑みのハクの胸の中で、サクは自らの意識が薄れていくのを感じた。
※
サクは両頬を気合を入れるために勢いよく叩いた。冴えない顔に変化はないが、本人はこれまでにないくらいにやる気をみなぎらせていた。
朝食が終了してから約3時間。身支度を整えたサクとハクはホテルの屋上にいた。そこからは目標である城、アカベェが見える。あそこでの役目を終わらせ、自らの思い描く生活を送る。
もう元の世界に帰れなくてもいい。寂しい気もあるが、ここには自分を求めてくれる人がいる。それだけでも十分すぎる理由だと思っていた。
太陽はすでに真上あたりにまで昇った。カーラを含んだアイリス率いる遊撃部隊はすでに陣形を整え、アルーセルの近辺に待機している。彼らが動かなくてもいいように、サクが頑張らなければいけない。
しかしながら、サクは震えが止まらない。失敗したらどうしようという不安をどうしても払拭することができなかった。
そんなサクの右手を、ハクが握った。全ての指を絡ませるような手のつなぎ方。所謂恋人つなぎともいえるそれに、サクは少しドキッとしてしまう。
「大丈夫。絶対に上手くいくよ! 私も全力で力を貸すから!」
「最高に心強い。頼んだぞ、ハク!」
「うん!」
大好きな存在との掛け合いに、サクとハクはテンションを上げた。繋がる心は、ひたすらに前向きだった。
手を放したハクが、屋上から飛び降りた。その後光り輝き、その姿を竜へと変化させる。
巨大な翼で一気に上昇する。その全長は10mに達し、圧倒的な迫力だった。しかしながらその姿は、とても美しかった。
ホテルの屋上に降り立ったハクの首元からサクはその背に乗る。しっかりと背びれに掴まり、準備を完了させた。
飛び立つ際の羽ばたきによって発生した突風が、ホテルの看板を揺らした。街にいる人々の視線が、サクとハクへと向けられる。
(行くよ、サク!)
「おう!」
快晴の空を、冴えない顔の男子高校生を乗せた白銀の竜が猛スピードで飛んでいく。
冴えない生活を送るためのサクの戦いの火蓋が切られた。
※
「き、貴様……! 一体何者だ! 何故こんなことを!」
アカベェの大広間で、テンガが叫ぶ。その眼前にいる男の手には、魔力によって形成されたナイフが握られている。
不気味に笑う男は、そのナイフの先をテンガと奥にいるトイズに向ける。
「ざるな警備のところから脱走したら、何かよく分からんけど、こいつが力をくれたんだ。見返りは守護騎士とかいう奴の命だとさ」
「守護騎士だと……?」
「ああ。ここにいればくるってこいつが言ってる」
男は自らの背後を指さす。しかしながら、トイズには何も見えないし、何もそこにはいない。
精神異常者化とテンガが考えたが、後ろにいた父のトイズが震えながら言った。
「ああ……! 何故! 何故そんな男に! 私はもう用済みなのですか!?」
「父上!? 一体どうしたのです!?」
「なんだ、騎士様には見えてないのか」
困惑し、その場に膝をついたトイズ。その顔は絶望に染まっていた。
何が何だか分からないが、この男が危険であることは間違いない。テンガは迷うことなく剣を構え、戦闘態勢を整える。
その様子に満足したのか、男は笑った。そして、空いていた左手にもう一つナイフを形成する。
「俺は金本卓。事故って気づいたらここら辺にいたんだ。趣味で通り魔やってる。そんじゃ、派手にやろうか」
不気味な笑顔の卓は異常に強化された体と魔力のナイフを武器に、テンガへと迫る。
その体からは巨大な真っ赤なオーラが溢れ出し続け、形をもったオーラが背後に無数の怒りに満ちた顔を生み出していた。




