17 大好き
アカベェへと急接近するサクとハク。順調に進んでいた2人に、アカベェ周辺から迎撃のための魔法攻撃が飛んでくる。
避けきれないほど数の攻撃だが、2人が臆することはなかった。事前に打ち合わせしていた通りに行動を開始する。
背に乗っていたサクは首元の方へと移動する。そしてハクはサクを両手で掴み、飛んでくる魔法に対して向けた。
(サクガード!)
「ふぅーははは! 怖かろう!」
これぞ絶対的な防御術。吸血鬼状態にもなっているため、物理に対しても完璧に対策が出来ていた。
飛んできた魔法攻撃をサクで受け止める。無力化できるし、吸収できるので一石二鳥だ。唯一の欠点は、サク自身の気分が悪くなるということ。
ハクの両手はとても俊敏に動き、その度にサクの全身が激しく揺さぶられる。吸血鬼状態になっていなければ恐らくもうナイアガラの滝を形成していただろう。
第一波を受けきり、次の攻撃が来るまで若干の余裕が生まれた。その隙を見逃さない。
「よし、今だハク!」
(分かった!)
城に穴を開けて、そこにサクを投げ込む。何ともシンプルな侵入方法。しかしながら、サクはここまでどうやって穴を開けるのか聞いていなかった。
すると、ハクの全身に稲光が駆け巡る。サクもちょっとびりっときたと思っていたら、背びれが金色に光り輝き始める。ハクの体の中の魔力が口元へと移動していく。
次の瞬間、口から黄金の熱戦が横なぎに放たれた。城の天井部分を消滅させ、綺麗に中が見えるようになった。後の修理がすごく大変そうだ。
アイリスたちに修理に関して申し訳ないと思いながらも、先ほどのハクの攻撃を見て考えた素直な感想を口にした。
「大戸島の伝説の怪獣かな?」
(おーとじま?)
「いや、こっちの話。それじゃあ頼む」
(うん!)
ハクは両手で持っていたサクを右手だけで持ち、サクを投げ飛ばす体勢を整えた。
たぶんここが一番の酔いポイント。サクはしっかりと気を保つために、自らが好きなことだけを考えることにした。
巨乳の美女。爆乳では駄目だ。大きすぎるのはあまり好きではない。そう、今のハクの人間の姿の大きさが最も理想に近かい。いかん、思い出したら興奮してきてしまった。
昨晩のベッドの上で乱れるハクの姿が脳裏をよぎる。サクがそれによって股間を甘硬くさせたと同時に、ハクはサクを投げ飛ばした。
(行ってらっしゃい!)
「心の準備がああぁぁぁぁぁいいやああぁぁぁぁ!!」
素っ頓狂な悲鳴を上げながら、サクはアカベェへと一直線に進んでいった。
物凄く回転しているがために、どこから着地するのか見当もつかない。とりあえずは少しでも安全なところに落ちることを祈るしかなかった。
目まぐるしく視界が動く。油断すればすぐにでも気持ち悪くなってしまいそうだった。
「あだぁ!?」
どこかの壁に激突したサクは、重力に身を任せてそのまま落下していく。
「ぶへえ」
目を回しているのでうまく受け身が取れず、腰から落下してしまった。間違いなく、吸血鬼状態になっていなければ死んでいたと思う。
ふらふらとしながらも、その場に立ち上がる。周囲を見渡すと、そこは大広間だった。式典とかすごいことやったら沢山人が集まりそうな場所だ。
そんな場所の中心で、見覚えのある男性たちが戦っている。テンガと、昨日サクを路地裏で刺そうとした男だ。何故あの2人が戦っているのか。
疑問に思ったサクの近くに、怯えている男性がいた。アイリスから写真を見せてもらったので、男が誰なのかすぐに分かった。
「あんたがトイズさん?」
「そ、そうだ。貴様は、あの時の!」
「ちょいと失礼」
サクはトイズから薄っすらと漏れる赤いオーラを見逃さなかった。手早くそれに触れると、小さな断末魔とともにオーラは消滅した。
トイズはその場に崩れ落ち、気絶してしまった。これにて一件落着。以外にも早く終わったことに、呆気ないと思ったサクに、テンガが叫んだ。
「伏せろ守護騎士!!」
その叫びの通り、急いで伏せた。サクの胸があったところにナイフによる強力な突きが繰り出される。
吸血鬼状態の反射神経を生かし、近づいてきたそれに対して強力なアッパーをくらわせた。ナイフを持った男は、大広間の正面の出入り口付近にまで弾き飛ばされる。
受け身をとった男に対し、アイリスの燃える球をいくつも投げつけた。しかし、その手に持っていたナイフで男は燃える球を全て切り落とした。
それに驚いていると、サクは頬に痛みを感じた。その部分を触ると、切れた肌から真っ赤な血が流れ出ていた。カーラやアイリスから吸収した治癒魔法でその傷をすぐに癒す。
男が持っているナイフは実物ではなく、魔力で形成されたものだとサクは気づいた。どうして吸収できないのか。その疑問の応えは、男の体にあった。
「マジか、あっちが本体って感じか」
凄まじく大きい赤いオーラ。背後にはそれが形を変え、怒りの表情をいくつも形成している。パッと見でかなり気持ち悪いとサクは感じた。
こちらを見た男。頭からつま先まで見終えたと思ったら、その場で笑い始めた。
「何だ、昨日の根暗もやしか。お前が守護騎士とかいう大層な役目もったやつだとはな」
「悪かったな、根暗もやしで」
「声も気持ち悪いな。もうしゃべるなよ。あ、俺は金本卓。一応覚えて死んでくれ」
その後、男は動き出そうとしたが、それをテンガが遮る。展開した結界はナイフによって切り裂かれ、繰り出してきた突きを剣で防ぐ。
卓は次々と攻撃を繰り出すが、その全てをことごとく防ぎ、気づけばテンガが接近戦で卓を押し始めていた。
本当に秀才なんだとサクはその戦いぶりから感じた。神器の名前は伊達ではないということか。実際、サクも試しに使いきりの卵タイプを使ったことがある。ムスコがお世話になりました。
苛立った様子の卓は、テンガから一旦距離をとった。そして、恨めしそうに睨み付ける。
「禿のくせに強いな。腹立つわー」
「貴様は確かに強力な力を持っている。だが、『戦い方』を理解していない。それではこの完璧な存在である私には勝てん!」
相も変わらずの高い自信。自らを完璧というほどの実力は持っているのが腹立たしい。
「土足で我々の土地に踏み入れたこと、後悔させてくれるわ!」
「ほいほーい、それに協力させてもらっていいかな?」
「守護騎士……!」
「俺たちの戦いは一時休戦としておこう。あいつがヤバいのはテンガでも分かってるだろ?」
「……そうだな。仕方がない」
割とこちらからの提案を簡単に受け入れてくれた。誇りが何だとか言って断られると思っていたので、意外だった。
戦闘に関しては任せて問題なし。ならばサクは、あの大きい赤いオーラを消すことに専念するだけだ。
「テンガ、お前は赤いオーラは見えてる?」
「いや、見えていない。貴様は見えるのか」
「ああ。さっきお前の父親からも出てた。もう消しといたから安心してくれ」
「……では、やはり感化されていたのか」
そういって、テンガは悔しそうな顔をしていた。どうやら自分の目では見えないが、父親が邪悪なる存在に感化されていることに気づいていたようだ。
「帝国を作るといった父に賛同する道しか私にはなかった。その上で、守護騎士を倒せとも指示された。すまない、君の名前は?」
「サクだ。ちなみに竜を殺すのも指示されてたのか?」
「ああ。だが、以前から父は竜に対して恨みがあった。私が子供の頃から森に罠を仕掛けに行ったりしていた。訳は教えてくれなかったがな」
「ほーん。そういう事情があったのね」
「ごちゃごちゃうるせーぞ」
こちらの会話の最中に、卓は切りかかってきた。テンガがそれを受け止めると、サクは拳に力を込める。
「今お話し中だ。そっちこそ黙ってろ」
強化した拳を卓の腹に叩き付けた。あわよくば赤いオーラも消滅させたかったが、本体である卓にダメージを与えるだけしかできなかった。
弾き飛ばされつつも、卓は踏ん張って勢いを殺し、再びサクたちに向き直る。タフすぎて面倒くさい。
「テンガ、うまく引き付けてくれ。その間に俺がオーラの方を何とかするから」
「任せろ」
今度は味方としてテンガと肩を並べる。一昨日までは敵であった存在と一緒に戦うこの展開に、サクはテンションが上がっていた。
よく漫画とかで見る状況に、自分自身がいる。男の子であれば、こういった場面を見て興奮したことはあるはずだ。
負ける気がしない。さあ、決着をつけよう。そう意気込んでいると、卓が苛立ちの言葉を放った。
「ああ、うざってえお前ら皆殺しに――」
(捕まえた!)
「!?」
大広間の正面の入り口を突き破って侵入してきたハクが、卓を捕らえた。がっしりと両手でつかみ、完全に身動きが取れないようにしていた。
その大きな手の中でもがく卓。テンガの結界やサクの能力を無視したそのナイフでも、ハクの表皮には傷1つつけることができない。
――終わった。男の子の理想の1つでもある共闘は、結局実行されることはなかった。
「その……、お疲れさん」
「……ああ」
サクとテンガの間になんとも言えない空気が流れる。直前まで意気込んでいたのが恥ずかしく思えてきた。
そんな2人に構わずにハクはとても嬉しそうにしていた。褒めてほしいといった感じの視線でサクを見つめてくる。
大きくも可愛らしいその様子に応え、サクは近づくとハクの顔を優しく撫でた。
「お手柄だな、ハク。外はどうなったんだ?」
(全部黙らせてきた! 大丈夫、気絶させただけだよ!)
「完璧じゃないか。後でもっと褒めてやらないとな」
(えへへ。やったね。頑張った甲斐があったよ)
竜の姿のままで照れるハク。もう一度その顔を優しく撫でた後、サクは卓へと近づいていく。
怒りの顔の赤いオーラは焦っているかのように、慌てふためいている表情へと変わっていた。消されるのが嫌だというのがすぐに理解できた。
そのオーラに、サクは手を近づけていく。恐怖にひきつる顔をするオーラは、触れた瞬間凄まじい断末魔を轟かせた。このアカベェだけでなく、アルーセルまで届いているとも思えるほどの声に、サクたちは顔をしかめた。
ようやく静かになった。後はこの金本卓とかいう男をどうするかだ。アイリスたち騎士団に受け渡すのが妥当なところだろうとサクが考えていると、卓がハクの手の中で笑い始めた。
一体何が可笑しいのか。笑い続ける卓は、サクに言い放った。
「お前、俺が事故ったときに轢いたガキか! どっかで見たことあると思ったんだよ! よくあんな状態で生きてられたな!」
卓のその言葉を聞いてサクは何故か今まで思い出せなかったことが、鮮明に心の中に蘇った。
そう、夢でも見たあの状況だ。帰り道でこの卓が運転する車に轢かれたのだ。だから、路地裏で会ったときにこの顔を見たことがあると思ったようだった。
「俺が気を失う前に、お前が塀と車の間に押しつぶされてたのを見たよ。間違いなく死んでると思ったけどな」
けたけたと笑う卓。冴えない顔がさらに暗くなっていく様子が面白くてしょうがないようだった。
たぶん、死んだのだろう。しかし、この目の前の男と同様に、今この異世界で生きている。一体どうして。
自らの死を知覚したことで、サクはその表情をさらに暗くさせていく。それを見て笑う卓。だが、その笑い声は苦痛の声へと変わり始める。
(うるさいよ、お前)
「あっぐあああ!?」
ハクは徐々にその手の力を強めていく。大好きな人を苦しめる存在を許すことができなかったのだろう。
卓はその痛みに耐えられずに、気を失った。静かになったそれを離すとハクはその身を輝かせ、人間の姿となった。
暗い顔をしているサクに駆け寄ると、思いっきり強く抱きしめた。昨晩、サクがしたことと同じように。
ハクの柔らかな胸に顔をうずめたサクは、鼓動を速めていく。温かな体温を感じていると、ハクは告げた。
「サクは生きてる。ここで、私と一緒にいるよ」
「……ハク」
「心配しなくて大丈夫。私の大、大、大、大好きなサクは死んでなんかない」
サクの心の中の不安を和らげるために、ハクは精一杯の愛の気持ちを伝える。
だが、死んでいないという言葉が事故の瞬間の痛みなどもさらに鮮明に思い出してしまう。
ハクの胸の中で、震えが止まらなくなってしまったサク。怖くて怖くて仕方がない。自らの死の瞬間。消えていく自分の存在そのもの。
ささやいてくれる優しい言葉も、耳には届いていない。一体自分は何なのか。本当に實本冴久なのか。足元が崩れていくような感覚に陥る中、ハクが少年を胸から引き離した。
見捨てられた。死んでいるから。空っぽだから。ネガティブなことしか脳内に浮かんでこない。そんな少年の手をハクが握った。
「……?」
その手が、何かに触れた。不思議に思いながらも、少年はそれを触り続ける。
とても柔らかく、温かい。それは、少年が大好きなものだった。そう、おっぱいである。
片手だけでなく、両手で触り始める。それに驚いたのか、ハクは体を震わせた。
ああ、何て素晴らしい感触なのだろうか。やはり、おっぱいはこの大きさが至高。巨乳好きの紳士、『サク』は改めて確信していた。
ワンピースの上からひたすら揉む。無我夢中で。しかしながら、強く握ったりしてはいけない。おっぱいは女性だ。とてもデリケートなのだ。優しく、ひたすら優しく揉み続ける。
「サク……っ! もう……、ふあっ……!」
「……!!」
顔を真っ赤にして喘ぐハクを見て、サクは急いでその手を離した。
息を切らしながら、若干汗ばんでいるハク。その姿にサクは息をのんだ。
「……えへへ。効果抜群だったみたいだね。サク、おっぱい大好きだもんね」
そういって優しく微笑むハク。恐怖に支配されたサクの心を解放するためにこんなに恥ずかしいことをしてくれたのだ。
両手には、ハクの胸の感触が残っている。残っているのだ。今、サクは生きて、ハクのおっぱいを触っていた。
自らが生きていることを確認したサク。というか、これまでも普通に生きていたではないか。
なぜこんなにもネガティブ思考になってしまったのか。その答えを見つけるために、体中と心の中を探ってみた。もしかしたら、何か外的要因なのかもしれない。
しかし、原因となるものは見つけられない。どうしたものかと思っていると、ハクがサクを再び抱きしめた。
「ねえ、サク。何か……、心の中にあるような気がする」
「心の中か?」
「うん。意識を集中してみて」
「おう」
高鳴る鼓動を抑えることなく、意識を集中させる。すると、サクの心の中に、ハクが入ってくる。繋がっているだけではなく、こっちに入ってきた。
少し驚きつつも、サクはハクを受け入れた。そして、一緒に心の中を探っていく。不思議な気分だった。サクは、今までにないぐらい安心していた。
2人で心の中をめぐりながら、ようやく原因を見つけることができた。恐怖に歪んだ顔の赤いオーラが、サクの心を底で蝕んでいた。
恐らく、あの最後の断末魔の時に侵入したのだろう。そして、知らぬ間にサクを恐怖に陥れていたのだ。
サクとハクは手を重ねた。赤いオーラに、重ねた手をかざす。すると、赤いオーラは小さな悲鳴を上げながら消滅した。
――今度こそ、本当に終わった。
「……ありがとう、ハク。俺1人じゃ絶対に精神崩壊してたと思うわ」
「どういたしまして。大好きなサクの力になれて、私は幸せだよ」
満面の笑みで見つめてくるハク。それが嬉しかった。本当に嬉しかった。
そして、サクは改めて、自らの思いをハクへと伝えた。この異世界に来てから初めて出会い、一緒にいてくれたことに、感謝を込めて。
「ハク、大好きだ。これからも、ずっと、ずーっと、一緒にいてくれ」
「……うん!」
その後、2人は静かに唇を重ねた。じっくりと、大切な存在の熱を感じるように、何度も、何度も。
誰も寄せ付けることのできない雰囲気を漂わせる。しかしながら、その様子をずっとそばで見守っている者がいた。
「竜と人の愛……か。美しい」
一部始終をそばで見守っていたテンガは、気を失っている父の下へと向かう。その心には、竜を毛嫌いする気持ちも、守護騎士を毛嫌いする気持ちはもうなかった。
天井のなくなった大広間。日の光が直に降り注ぐ場所で、サクとハクはひたすらお互いの愛を確かめ合っていた。




