12 フワフワの包容力
「人多いなー……」
素朴な感想を述べるサク。アルーセルは発展しているだけでなく、街そのものもかなり大きかった。
大きな建造物が立ち並ぶ中、多くの人とすれ違う。普通の人』が多い。ロメルと違って、様々な動物の見た目の人間は少なく感じた。
地域によって差があることを意外に思いながら、周囲を観察するように歩くサクを街の住民は珍しそうな目で見ていた。
はいはい、どうせ暗い顔でございますよ。そしてそばには絶世の美女と美少女。どう見ても怪しいですよねー。
「もし、旅の方」
「ん? 俺?」
突然道の脇にいた見ず知らずの爺さんに話しかけられた。その手には、聖書的な分厚い本を持っている。
その見た目だけで一発で理解できた。宗教勧誘だ。何回か都会に行ったことがあったサクは、その都度こういった人に呼び止められていた。
この冴えない顔がこういった連中には世の中に疲れているか、不満を持っていると思えるのだろう。しかし、残念なことにサクは冴えない人生を心の底から楽しんでいる。そういったものに頼る気は一切なかった。
「そうです。あなた、神を信じますか」
「いたら信じてとっくに救われてるわ。他をあたりな爺さん」
「……罰当たりが」
爺さんは分かり易い捨て台詞を吐いて去っていった。入信しないと分かればこの対応。正直に言ってその宗教の底が知れる。
街が大きくなれば、当然人も増える。人が増えるということは、多くのものが流入してくる。ああいった厄介な存在とのエンカウント率もそれに合わせて上昇していく。便利になればその分の影が大きくなっていくことをサクは理解していた。
だからサクには元の世界の田舎町がちょうどよかった。特に目立つところも、騒がれるようなこともないが、緩やかな流れのあの地域が好きだった。
そんなことを考えていると、頭の中には両親の姿が浮かんでくる。昨日の公園で勇気づけられたとはいえ、両親に関する不安を完全に払拭することは出来なかった。
しかしながら、そんな個人の悩みをわめいて周囲に迷惑をかける気にもなれないサクは、頑張ってその不安が表情に出ないようにした。こういった面倒事を自分の中に押し込めるのはサクの癖になっていたが、それでいいと割り切っていた。
「お、何かすごくデカい建物だな」
「本当だ! 大きい!」
街の中を進んでいると、一際大きい円柱状の建物が見えてきた。縦にデカいだけでなく、横にもデカい。初めての巨大建造物に、ハクは瞳を輝かせている。
多くの人が出入りしている出入り口の近くに大きなネームプレートが壁に取り付けられていた。それを見たサクはゆっくりと首をかしげる。
「よ、読めねえ……」
アラビアーンな文字とも、中華風な文字とも違う、見たこともない文字だった。もちろん、読むことなどできない。
パッと見では規則性があるようにも思えたが、ただの男子高校生であり、専門的な知識を持たないサクに解読は不可能だった。
言語統制魔法があるので会話ができても、実際に読み書きはまだできそうにないこと知り、サクは落胆した。渋い顔をしていると横からのぞき込んできたハクがその文字を読み上げる。
「国営第4図書館って書いてあるね」
「え、ハクは読めるのか?」
「うん。ところで、図書館って何?」
「まあ、入ってみれば分かると思うぞ」
瞳を輝かせ続けるハクは先陣を切って内部へと入っていった。微笑ましいその様子を後ろから見守りつつも、サクとカーラは静かに図書館の中へと入る。
温度と湿度を調整されている内部はとても快適だった。静かな廊下を歩いていくと、多くの椅子と机が配置された広間に出た。
「うっは。こりゃすげえ」
「サク! いっぱい! いっぱい本があるよ!」
「しーっ。静かにしろハク。図書館ではうるさくしちゃ駄目なんだ」
「わ、分かった」
中央の広間を囲むようにして、多くの本棚が立ち並んでいた。温かな日の光が、ガラス張りの天井から降り注いでいる。
本棚は100mほど奥にある壁まで続いており、それが15階建てのこの図書館の全ての階にあるようだ。尋常じゃない数の本が置いてあることが予想できる。
元の世界においてもこれほど大きい図書館に来たことのなかったサク。田舎町の小さな図書館は休日の良い昼寝スポットとして活用していたが、ここまで大きいと昼寝のために利用するのは失礼極まりないと感じた。
各階への上り下りには階段を使うか、浮遊魔法を活用したエレベーター的なものを使うようだ。目的の本を見つけた人は、この広間まで持ってくるか随所に設置された読書スペースで静かに楽しんでいた。
瞳を輝かせて読んでみたい本を片っ端からかき集めてくるハクは、声を出さずともとても楽しんでいるようだった。嬉しそうなその姿を見て、サクも嬉しくなる。
試しにサクも適当な本を一冊本棚から抜き出してみた。パラパラとページをめくった後、ゆっくりと本を閉じて本棚に戻した。
「駄目だ。さっぱり分からん」
案の定、本の文字はサクが知らない文字で書かれていた。他の本もタイトルを見ただけで読めないというのがすぐに理解できた。
すでにハクは山のように積み上げた本を一冊一冊丁寧に早読みを始めていた。その表情は、真剣だった。知りたいという強い意欲がその表情から感じ取れた。
ここで夕方まで時間を潰すのもありだが、何もせずにぼーっする気分になれないサクはハクに提案した。
「ハク、俺とカーラは街のまだ見てないところに行ってくる。夕方までにはここに戻ってくるから、本を読んで待っててくれるか?」
「うん。分かった」
返事をしつつも、ハクの目は文章の読解に集中していた。この集中力ならば、夕方までここで待っていてくれるだろう。
カーラと一緒に出口へと向かったサクだったが、何かを思い出したハクが背後から呼びかけてきた。
「サク!」
「ん? どうし――」
それに応えて振り向いたサク。その後、図書館内が少しざわついた。ハクが勢いよくサクに抱き着くと、迷うことなく唇を重ねたからだ。
周囲も驚いていたが、それと同様にサクも心臓が飛び出すほどに驚いていた。密着したハクの温かく、柔らかな体はサクの体温を急上昇させる。
唇を離し、真っ赤になっているサクをハクは満面の笑みで見つめる。
「行ってらっしゃいのチューだよ。それじゃ、私はここで待ってるね!」
「……おう」
サクの返答を聞き、ハクは自分の席へと意気揚々に戻っていった。そして、何事もなかったかのように読書を再開した。
衝撃の出来事を目の当たりにした人々が、ハクを見る。圧倒的に可愛く、美しいその存在を目に焼き付けた後、行為に及んだ相手であるサクを見た。その全員が、納得がいかないといった表情をしていた。
その視線を浴び、その場に居づらくなったサクは足早に図書館を後にした。無邪気というものは時に恐ろしいということをサクは思い知りつつも、頬を染めた。できれば、もう少し抱き合っていたかった。
気を紛らわすために、進行速度を上げる。カーラはそれに合わせて常にサクの横を付いてきた。
しばらくの間、何も考えずに歩いていると、周りの人の数が増え始めていることにサクは気づいた。周囲を見渡すと、そこは商店街の入り口に近い場所だった。
多くの人が行きかう中で、サクは聞いた。
「パパ、ママ、待ってー」
「はーい。こっちよー」
「パパたちから離れちゃだめだぞー」
「うん!」
とある家族がいた。追い付いた少年は両親に手を引かれながら、嬉しそうに商店街の中へと進んでいく。
押し込めていた気持ちが、一瞬だけ表情に出てしまった。それに気づいたサクはすぐさま表情を元の冴えないものへと戻す。
ロメルにおいてもすぐに商店街から離れた道に出たのも、苦手が原因だけではなく、本能的にこの情景を見たくなかったからかもしれなかった。
我ながら脆い心だとサクが考えていると、その手をカーラが握った。
「サク~、ちょっとこっちへ行きましょう~」
「んお? どうしたんだカーラ」
その手を引かれるまま、サクはカーラに付いていった。
少し薄暗い路地裏を進んでいく。先ほどの賑やかなところとは程遠い中を、ゆっくりと進んでいった。
迷うことなく進んでいるが、サクの勘が正しければこの先は恐らく行き止まり。全く人通りがないということは、ここを抜け道として使う人などがいないことを示している。
勘は的中し、先は行き止まりだった。静まり返っている路地裏で、カーラは足を止めた。
「確かに、こういう雰囲気は嫌いじゃないけど、行き止まりじゃしょうがないな。戻ろう、カーラ」
「いえ~、戻る必要はありませんよ~」
「え、何で――」
理由を問おうとした直後、サクは振り向いたカーラに抱きしめられた。フッワフワの胸に包まれたサクは真っ赤になって硬直する。
どうしていきなりこんなことを。訳が分からずに股間を甘硬くさせるサクに、カーラは優しく語り掛けた。
「無理はしちゃ駄目ですよサク~。心配なんですよね、家族のこと~」
「……バレちゃってたか」
「はい~。すぐに分かっちゃいました~」
何とかごまかせたと思っていたが、駄目だった。まさかカーラに見抜かれるのは予想外だった。
赤くなっていた顔と体温は、元へと戻っていく。抱きしめられていても、今の気持ちでは興奮しなかった。
心配や迷惑をかけたくないサクは、カーラを安心させるための言い分を考える。だが、それよりも早くカーラが口を開く。
「サクにはハク、アイリス、そして私がついています~。ですから、寂しいと思ったら遠慮なく頼ってくださいね~。サクが辛いと私たちも辛くなっちゃいますよ~」
「……やめてくれカーラ。そんなこと言われると――」
「泣いちゃっていいんですよ~。ここなら、誰にも見られてませんし~」
「……ああ、ちくしょう」
その優しい言葉を聞いて、抑え込んでいた感情が溢れ出してくる。会いたい、父さんと母さんに。
迷惑しかかけていなかったが、そんな自分をここまで育ててくれた。まだ何も目立った恩返しはしていないのに、この異世界に飛ばされたことをサクは悔やんでいた。
可能であるならば、元の世界に戻って、心配はいらない。と一言だけでも話したい。自らと、両親を安心させるために。
サクは心の中の最大級の不安が膨れ上がり続け、気づけば静かに涙を流していた。そんなサクをカーラは優しく抱き寄せ、その頭を撫でる。
「大切な存在との急な別れの辛さは、私でも分かります~。そういう時は1人で抱え込んじゃだめですよ~」
それを聞いたサクは、それ以上しゃべることはなかった。今は、この温もりの中で静かに泣きたい気分だった。
男が女性の胸に顔をうずめて泣く。なんとも女々しい光景かもしれないが、今のサクは心の底から安心していた。カーラのフワフワの包容力に、サクは肉体的にも、精神的にも癒されていた。
気づけば座った状態で抱きしめられていたサクは、一通り泣いた後でカーラに話しかける。
「もう大丈夫だよカーラ」
「そうですか~。ならもう少しこのままでいましょう~」
「んん? 何で?」
「サクが興奮してくれるようになったら離します~。それが完全回復の証だと思うので~」
そういうと、カーラはより一層サクを強く抱きしめた。大きなおっぱいがサクの顔を優しく包み込む。
すでに精神を回復させていたサクは鼓動を速めていく。だが、初めて抱きしめられたときのように、何も考えられなくはなったりしなかった。しっかりと、その大きなおっぱいを心行くまで堪能している。
頬を染めながら、その半開きの目で笑顔のカーラを見上げる。その様子を確認したカーラは、ようやくサクを解放した。
カーラの胸元には、サクの涙の痕が少し残っていた。それを見たサクは少し恥ずかしそうにしながらも言った。
「あの……、ちょっとしたお願いなんだけども……」
「はい、なんでしょう~」
「その、また辛くなったら、今回みたいに抱きしめてもらっていいかな?」
我ながら気持ち悪いことをいっているという自覚はある。でも、カーラに抱きしめてもらって本当に心の底から安心することができた。
また耐えられなくなってきたらしてほしい。性的な意味はない。そのフワフワの包容力でまた癒されたいというサクの強い願いだった。
ハクやアイリスでは恐らく到達できない。この絶対的な安心感は、カーラでしか味わえないとサクは確信していた。
この提案を聞き入れてくれるか不安だったが、ほとんど間をおかずに返答してくれた。
「もちろんです~。主であるサクの力になれるなら、喜んでしてあげますね~」
「ありがとう、カーラ。これからも、よろしく頼むよ」
「はい、よろしくお願いします~」
2人は笑顔のまま、その場に立ち上がった。
それなりの時間抱きしめられていたためか、サクの体からはカーラの甘い香りがしみ込んでいた。その香りを嗅ぎ、柔らかな感触を思い出したサクは顔を赤くした。
赤くなるサクを見つめながら、カーラは微笑む。だが、その直後に語られたことにサクは驚愕した。
「大変ですよね~。異世界から転移してくるなんて~」




