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暁のカトレア  作者: 四季
6.帰還

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episode.93 宣戦布告

 それからのグレイブは凄まじかった。

 目から放たれる本気の視線。しなやかさと豪快さのある槍術。そして、敵に反撃の隙を与えない位置取り。それらすべてが合わさり、今のグレイブは、シロを圧倒するほどの強さとなっている。


 もはや私が援護する必要もない——戦闘の光景を遠巻きに見ていた私が、迷いなくそう思ったほどだ。


 一度不利な状況に陥ったことが、彼女を本気にした。

 そういう意味では、この流れは良かったのかもしれない。


「終わりだ」


 紅の唇から言葉がこぼれる。

 そして、グレイブの長槍が、シロへと振り下ろされた。


「……やられ……ごわ……す……」


 シロからあふれ、飛び散る、赤い液体。


 それは、槍の先やグレイブの純白の制服すらも、真っ赤に染めた。


「リュビリュ……ビ……さ……」


 場が赤黒く染まる様は、見ているだけで恐ろしい。

 しかし、その中に落ち着き払って立っているグレイブも、常人ではない雰囲気を漂わせている。返り血に濡れた彼女は、まるで、一輪の赤薔薇のようだった。


 少しして、シロの生命活動が完全に停止したことを確認すると、グレイブは、私とゼーレがいる方へと歩いてくる。「もう白には戻らないのでは」と思うほど赤く染まった制服と、不気味なくらい艶のある黒髪がさらりと揺れるところが、非常に印象的だ。


「マレイ。良い援護、感謝する」


 グレイブの第一声はそれだった。


 それまで無表情だった彼女の顔に、今は、軽い笑みが浮かんでいる。


 世間一般の人々と比べれば、あまりにさりげない、控えめな笑みだ。けれども、彼女の凛々しい顔立ちには、このくらいの笑みがちょうどいい。ほんの少し、口角を上げて、頬を緩めるだけ——その程度の笑顔が、彼女を一番魅力的にするのだから。


「襲撃してきたのがゴリラ型であったことを考えると、今回はこれで終結することだろう。マレイ、もう心配は要らない」

「本当ですか! ……良かったです。ありがとうございます」


 蜘蛛型化け物の上に乗ったまま、頭を下げる。シロに襲われるのを助けてもらった感謝を込めて、しっかりとお辞儀をした。それから私は、すぐ隣にいるゼーレへと視線を向ける。


「助かって良かったわね」


 さりげなく声をかけると、彼は微かに頷いて、「そうですねぇ……」と返してきた。素直に「良かった!」と言わないところがゼーレらしい。


「素直に良かったねって言えばいいのに」

「……そうですかねぇ」

「せっかく助けてもらったのだから、ありがとうくらい言ったら?」


 私は冗談めかして言ってみた。

 だが、彼の顔は笑わない。まだ真剣な顔をしている。妙だ。


「ゼーレ? どうしたの?」


 シロはグレイブが倒した。この目で見たのだから、それは間違いない。

 ゼーレだって、グレイブがシロを倒すところは、その目で見届けたはずだ。なのに、なぜ少しもリラックスした表情にならないのか。実に謎である。


「ねぇ、ゼーレ。本当に、どうしちゃったの。何だか様子がおかしいけど」


 不思議に思いながら彼を見つめた。

 すると彼は、静かな淡々とした声で、そっと述べる。


「まだ……何やら気配がします」

「えっ」

「終わってはいないのやも……しれませんねぇ」



 ——彼が言い終わり、数秒。


 蜘蛛型化け物に乗っている私たちやグレイブから、数メートルほど離れた場所の空間が、突如ぐにゃりと曲がった。


 見覚えのある光景だ。


 そう、あれは、トリスタンを助けに行く時にゼーレが使った空間を移動できる技と同じ。

 詳しいことは分からないが、それと同じ類のものであることは確かだ。


「どうも」


 しっとりした女性の声が耳に入ってくる。


 そして現れたのは——リュビエだった。


 全身を包む黒いボディスーツはすっかり綺麗になっていて、穴どころか傷一つ見当たらない。はっきりと体の凹凸が視認できる。また、灯りを照り返して、艶めかしく輝いている。


「リュビエさん!?」


 私は思わず声を出してしまった。


 本当なら、言葉を交わすことも視線を交えることもなく、気づかなかったふりをして逃げ出すべきだったのだろう。一刻もこの場から離れるのが、私にとって望ましい選択肢であったことは間違いない。


 けれども、名を呼んでしまった。

 だからもう、気づかなかったふりはできない。


「あら。また会うなんて、偶然ね。マレイ・チャーム・カトレア……この前やってくれたことは忘れていないわよ」


 ゼーレは警戒した顔をし、グレイブは長槍を構えて戦闘態勢に入る。空気が再び固くなった。


「貴様、何者だ」


 槍の先端をリュビエへ向け、睨みを利かせながら問うグレイブ。


「あたしはボスの優秀な部下であるリュビエ」


 優秀な、を強調しているところが、珍妙だ。自らそこを強調する必要性がいまいち分からない。


「一つ、お知らせにやって来たの。ボスからのお言葉よ、しかとお聞きなさい」


 相変わらずの上から目線である。

 なぜこうも偉そうな話し方ができるのだろう。そういう質なのか。


「聞く気などない」

「あらあら。そんな態度でいいのかしら。聞く気がないのならこのまま帰ってあげても構わないけれど……重要な予定を聞かなくて、本当にいいのかしら?」

「どういう意味だ」


 グレイブはリュビエへ槍の先を向けたまま、怪訝な顔をしている。リュビエの意味ありげな発言に、その真意を知りたくなっているのだろう。


「聞いてくれるのかしら」

「重要な予定、とは何だ。くだらぬことであれば許しはしない」


 なかなか厳しいグレイブである。


「偉そうな口の利き方ね」


 他人のことは言えないと思うが……。


「ま、いいわ。ボスからの命令だもの、今ここで伝えるわ」


 リュビエは、うねりのある緑の髪を、一度わざとらしく掻き上げる。それから右足をほんの少しだけ前へ出し、腕組みをして、ふふっと怪しげな笑みをこぼす。


 そして、口を開いた。


「本日より一週間以内に、マレイ・チャーム・カトレア及びゼーレの捕獲作戦を決行する」


 色気のあるリュビエの声が告げた瞬間、空気が凍りつく。


 やはりまだ狙って——私はショックを受けた。

 本当ならショックを受ける理由なんてなかったはずだ。ボスが私を狙っていることは、ずっと前から知っていたのだから。なのに、そのはずなのに、なぜか非常にショックだ。


「これは、ちょっぴり早めの宣戦布告よ」


 リュビエは動揺する私たちを楽しんでいるようだ。愉快そうに笑みを浮かべている。


「弱い弱いお前たちに、ボスは、準備時間を与えることになさったのよ。感謝なさい」

「準備時間? 私たちも舐められたものだな」

「あら。舐めるも何も、お前たちが弱いのは事実じゃない」


 見下した表情で口を動かすリュビエ。それに対しグレイブは、その美しい顔面に不快の色を浮かべる。


「貴様…!」

「図星だからって怒らないでちょうだい」

「いい加減にしろ!」

「ふふっ。あたしはお前と言い争う気はないわ」


 怒りを露わにするグレイブの発言を軽く長し、リュビエは手を伸ばす。すると空間が歪んだ。


「それじゃ、今日はこれで失礼するわね」


 数秒後、リュビエは跡形もなく消え去る。


 残されたのは、私たち三人と、殺伐とした空気だけだった。

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