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暁のカトレア  作者: 四季
6.帰還

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episode.91 私が叩き潰すとしよう

「ぐぎゃっ!」


 妄想にふけっていたシロは、突如叩き込まれた蹴りに、情けない悲鳴をあげた。

 無防備になっていたところに攻撃を受けたのだ、悲鳴をあげてしまうのも無理はない。しかし、それにしても、何とも言えないかっこ悪さである。


 シロの手が離れた隙に、ゼーレはその場から離れた。


「ががーん! やってしまったでごわす!」


 惜しいところで獲物を取り逃がし、顔面蒼白になるシロ。


「ゼーレ! こっちへ来て!」


 私は、蜘蛛型化け物の上に乗ったまま、ゼーレに対して言い放つ。

 この大きなチャンスを、逃すわけにはいかない。


「……そうします」


 ゼーレは時折よろけながらも、自力でこちらへ歩いてくる。その間、先ほどゼーレが生み出した蜘蛛型化け物たちは、シロに襲いかかっていっていた。

 シロが蜘蛛型化け物たちに翻弄されているうちに、ゼーレは私のいるところへたどり着く。


「ゼーレ、平気?」


 手を差し出すと、彼はこくりと頷く。


「この程度なら……どうということはありません」

「本当に?」

「もちろんです」


 ゼーレは私の手を取ると、蜘蛛型化け物の上へ上がってきた。慣れが伝わってくる動きだ。


 蜘蛛型化け物の上に二人が揃うと、私たちは顔を見合わせる。


「このまま逃げるの?」

「そうです。どのみち追ってくるでしょうが……ひとまず退きましょう」

「分かったわ」


 私たちは、最低限の言葉だけを交わす。


 そして、今度こそ部屋を脱出した。



 外へ出れば何とかなる。いくらでもいる隊員に助けてもらえる。

 そんな風に思っていた頃もあった。


 しかし、シロの前から脱走した私たちに突きつけられたのは、厳しい現実。


「そんな……!」


 襲撃を受けているのは、私たちだけではなかったのだ。

 耳をつんざくような警報音がけたたましく鳴り響き、廊下を隊員らが駆けていく。帝都ではなく、基地自体が襲撃を受けているようである。


 私はすぐに、ゼーレの方へと視線を向けた。


「これは……襲撃よね」

「どうやら、あの男一人ではなかったようですねぇ」


 仮面の隙間から覗くゼーレの顔は、いつもより強張っていた。いくら心の強い彼でも、この状況にはさすがに動揺しているのかもしれない。


「さて、どうしたものですかねぇ……」


 ゼーレは溜め息を漏らす。


 私は、場のただならぬ緊迫感に、まともに呼吸ができない。

 頭の中がぐちゃぐちゃになって、何か考えなくてはならないはずなのに、何も考えられない。


「……カトレア?」


 負傷者を連れているのだ、私がしっかりしなくては。そう思うのに、思いとは逆に、心はどんどん縮んでいってしまう。


 この期に及んで、この様だ。

 もはや、情けないとしか言い様がない。


「どうしたのです? ……本物の馬鹿にでもなりましたか」


 ちょっぴり棘のある言葉を吐いてくるゼーレ。

 だが、今の私には、言い返す余裕などない。


「ごめんなさい、ゼーレ。私、段々よく分からなくなってきたの」

「どういう意味です?」

「考えようとすればするほど、頭がこんがらがって、何から考えればいいか分からなくなるの」


 取り敢えず、今の状態を素直に話してみた。気の利いたことなんて言えないから。


 するとゼーレは、そっけなく、「一度落ち着けるところへ行きましょうか」と言う。


 決して温かな声色ではなかったけれど、それでも、彼の存在は私の支えになってくれた。一人でいるより二人でいる方が、ずっと気が楽である。



 行く先をゼーレに委ね、暫し時が流れた。


 私たちは偶然、長槍を持ったグレイブに遭遇する。


「グレイブさん!」


 彼女の姿を見るや否や、私は、半ば無意識に呼んでいた。

 しっとりとした長い黒髪。凛々しい顔立ち。血のような紅の塗られた唇。今はただ、そのすべてが頼もしく感じられた。


「おぉ。マレイか」


 長槍を握ったグレイブは、私の呼びかけに反応して振り返る。黒髪が、華麗にひらりと揺れていた。


「ゼーレも一緒か。二人とも、そんなところで何をしている」


 グレイブの問いに答えるのはゼーレ。


「指定された部屋で待っていたところ……曲者に襲われましてねぇ」

「指定された部屋? 報告会を予定していた部屋のことか」


 眉をひそめるグレイブ。眉間にしわがよってもなお、その容貌は美しい。


「そうです」

「まだそこにいたのか?」

「皆さんが遅いので、仕方なく待っていたのですがねぇ……」


 ゼーレはグレイブをじっとりと睨んでいる。

 ちなみに、睨んでいると言ってもそんなに鋭い睨み方ではない。鋭利というよりは、重苦しいような睨み方だ。


「おかしいな。襲撃のため中止だと、放送を流したはずなのだが」

「聞いていませんねぇ……」


 確かに、中止の知らせなど聞いた覚えはない。


「そうか、伝達ミスかもしれないな。すまなかった。それでその——」


 グレイブはひと呼吸空けて続ける。


「曲者とは、どんなやつだったんだ?」


 彼女の漆黒の瞳はゼーレを捉えていた。彼女の勇猛さが肌で感じられるような目つきである。

 なんというか、凄くかっこいい。


「詳しくは知りませんが……いかにも野蛮の極みといった感じの人間でしたねぇ。あまり関わりたくない感じの輩でした」


 物凄く同感だ。

 あんな凶暴な男とは、もう関わりたくない。



 だが、運命は残酷だった。

 苦難からそう易々と逃れさせてはくれない。


「逃がさんでごわーっすっ!!」


 ドスドスと激しい足音を立てながら、凄まじい勢いで走ってくるシロが見えた。やはり諦めてくれはしなかったようだ。


「来たわ! ゼーレ!」

「はぁ……鬱陶しいですねぇ……」


 ゼーレは漏らす。その顔には、疲労の色が濃く浮かんでいる。


「ほう。あれが例の曲者なのだな」


 駆けてくるシロを見て、口を開いたのはグレイブ。


「では私が叩き潰すとしよう」


 彼女は長槍を構えた。

 黒い髪がしゃらんと揺れる。まるで、夜の始まりを告げるかのように。

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