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暁のカトレア  作者: 四季
5.シブキガニとダリア

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episode.76 流れる星に願うのは

 頬にひんやりとしたシーツの感触。私は今、トリスタンによって、ベッドの上で押し倒されている。


 彼らしからぬ積極的な近寄り方に、私はただ、呆然とすることしかできなかった。


「……ち、ちょっと。どうしたの?」


 ベッド上で馬乗りになってくるトリスタン。


「何? 何なの?」

「ゼーレとマレイちゃんが仲良くしているのを見ると、何とも言えない複雑な気持ちになるんだ」


 トリスタンのさらりとした金髪が、私の顔に触れる。

 こそばゆい。

 だが、至近距離で見ると、その髪は本当に美しかった。ほんの少しの明かりを照り返し、薄暗い中でも煌めいている。存在感が凄まじい。


「マレイちゃんをゼーレに取られてしまうような気がして……もやもやする」


 唇を微かに開いたまま、トリスタンはこちらをじっと見つめてきた。その青い瞳の奥には、熱いものが燃えている。


「だから、ここではっきりさせよう」

「え?」

「マレイちゃんが誰のものなのか」


 トリスタンは片腕を私の首へ回す。そして、顔を近づけてきた。

 均整のとれた彼の顔は、近くで見ても粗が目立たないほどに整っている。そもそも一つ一つの具が良い形をしていて、それらが合わさり一つの完成された容貌を作り出している。


 だが、いくら美しい顔をしているからといって、言いなりになるわけにはいかない。


「止めて、トリスタン。これ以上近づかないで」

「マレイちゃんは……僕のこと嫌い?」


 状況が掴みきれない。

 今のトリスタンは、まるで、酔っぱらって正気を失っているかのようだ。


「嫌いとかじゃないわ。でも、こんなことをするのは止めてほしいの。私たち、そんな関係じゃないでしょう」


 ある意味では師弟、ある意味では仲間。

 けれども、私たちの間に男女の関係なんてものはない。そんな関係、存在するわけがないではないか。


「トリスタンはこんなことをするために、わざわざ部屋まで来たの?」


 彼の青い瞳をじっと見つめながら尋ねてみる。


 すると彼は、はっ、とした顔をした。心の振幅が面に滲み出ている。非常に分かりやすい。

 数秒して、彼は慌てた様子で私の上から離れた。


「ご、ごめんっ!」


 かなり焦った顔をしている。


「マレイちゃん、痛くなかった!? 大丈夫!?」


 トリスタンは飛ぶように退くと、慌てているのがよく伝わってくる声色で言った。らしくなく、瞳が揺れている。


 私はゆっくりと上体を起こすと、「大丈夫よ」と答えた。

 押し倒されただけで、まだ何もされていない。だからセーフだ。ややこしいことになる前にトリスタンが引いてくれて良かった。


 それから少しして、彼は、気まずそうな視線をこちらへ向けてくる。


「嫌われちゃった……よね。ごめん」


 何というか、いちいち面倒臭い。


「ごめん。帰るよ」


 まるで逃げ出すかのように、素早く立ち上がるトリスタン。

 その背中に私は言う。


「待って!」


 部屋から出ていこうとしていたトリスタンは、びくっと身を震わせ足を止める。そして、悪事がばれた人のような顔で振り返る。

 そんな顔しなくても、と思ってしまったくらいだ。


「……マレイちゃん」

「トリスタン、あまり無理しちゃ駄目よ。もやもやするのは、多分、疲れているからだと思うの。だから、本当に、ゆっくり休んだ方がいいと思うわ」


 さっきの彼の言動は、どう考えても不自然だった。彼がするとは到底思えないようなことを、彼は躊躇いなく行ったのだ。それは恐らく、色々あったせいで疲れているからだろう。


「様子を見に来てくれたのは嬉しいけれど、やっぱり、トリスタンは先に帰って休むべきよ。私たちはまだ帰らないし……」


 私は自分の意見を述べた。


 トリスタンは本来、帝都にある基地で休養する予定である。休養するよう言われているのに無理して行動するのは、あまり褒められたことではないと思う。


 すると彼は、少し目を伏せてから、静かにこくりと頷いた。


「……そうだよね。うん。マレイちゃんの言う通りにするよ」


 海のように深みのある青をした瞳は、どこか悲しげな色を湛えている。


 私は、そんな彼の手を、そっと握った。

 彼の手は私のそれより大きい。けれどもどこか頼りない雰囲気を漂わせている。もしかしたら、今の彼の心を映し出しているのかもしれない。


「私を大切に思ってくれるのは嬉しいわ。でも、無理はしないでちょうだいね」


 疲労は身体だけでなく精神にも影響を及ぼすものだ。疲れが溜まったことによって、もやもやしたり憂鬱になることもあるだろう。


 トリスタンが何とも言えない複雑な気持ちになっているのも、恐らくは、疲労の蓄積が原因だと思われる。美味しいものを食べ、ゆったりと過ごし、しっかり眠る。それだけで、いくらか楽になるはずだ。


「……うん」


 トリスタンは小さく答えた。


「ありがとう、マレイちゃん。急にあんなおかしなこと……どうかしていたよ。ごめんね」

「いいえ、気にしなくていいわ。私たちは仲間だもの」


 私は敢えて明るく言い放つ。


「困った時はお互い様よ」


 彼が私を何度も救ってくれたように、私も彼を救いたい。


 いや、救う、と言うのは大袈裟かもしれない。正しくは、できるなら力になりたい、という意味である。


 困った時はお互い様。

 だって私たちは、同じ部隊に所属する、共に戦う仲間だもの。



 トリスタンが部屋から去っていった後。


 私は一人、窓辺で、夜空を眺めた。


 暗幕を張ったような、真っ黒の夜空。そこにはいくつかの星が浮かび、生き生きと瞬いている。「私を見て、私を見て」と言わんばかりに。


 そんな星空を、突如、一筋の光が駆けていく。

 一際明るく輝く流れ星だ。


「どうか」


 私はすぐに手を合わせる。

 そして、そっと囁く。


「早く平和が訪れますように」


 叶う保証はないけれど、それでもただ、願うのだ。

 化け物が消えて、あのボスという人とその仲間も攻撃してこなくなった、平和そのものの世界をイメージしながら。

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