第三十一話:魔物のことを知った日
魔都市の外で、地面が震えた。
三万の騎士団が整然と陣を敷き、槍と盾を構えている。
その最前列──白銀の鎧、栗色の髪を揺らす女騎士が剣を掲げていた。
胸の奥が熱くなる。
(……ミリア……なのか?)
ノアはその揺れを押し込み、評議の間へ向き直った。
「……これから俺たちは戦う。でも誰も殺さない。
騎士団も、魔物も。誰も死なせない。」
魔物たちが息を呑む。
「不殺……?」
「三万相手に……?」
ノアは迷いなく言った。
「本気だ。俺が前に出る。」
---
魔都市の門が開いた瞬間、
騎士団の前列が一斉にざわめいた。
「魔物が出てきたぞ!」
「前へ出ろ!!」
一人の騎士が、怒りに任せて前へ踏み出した。
足音が地面を叩き、砂が跳ねる。
「勇者ノアを奪還する!!
邪魔する魔物は斬る!!」
その騎士は勢いのまま魔物へ向かって駆けた。
鎧がきしみ、剣が光を反射する。
剣が振り上げられ──
魔物の兵士へ向かって、
一直線に振り下ろされる。
空気が裂けるような音がした。
その瞬間。
ノアが前へ踏み出した。
地面を蹴った衝撃で砂が舞い上がり、
黒い魔力が足元から広がる。
騎士の剣が魔物に届く寸前──
ノアの手が剣をつかんだ。
金属がきしむ。
衝撃で周囲の空気が揺れ、
騎士の体が後ろへ押し戻される。
「な……っ!?
誰だ……!」
ノアは剣を握ったまま、
ゆっくりと顔を上げた。
「俺がノアだ。
魔物に手を出すな。」
騎士団が一斉にざわめく。
「ノア……?」
「勇者が……魔物側に……?」
「どういうことだ……!」
その声をかき消すように、
最前列の女騎士──ミリアが叫ぶ。
「ノア……!?
なんで魔物の味方なんかしてるの!!」
胸が締めつけられる。
記憶の中の少女と同じ声。
ノアはミリアをまっすぐ見た。
「ミリア……魔物は敵じゃない。」
ミリアの目が揺れる。
「……は……?
魔物は人間を襲う存在でしょ……?」
ノアは首を振った。
「違う。
魔物にも生活がある。
家族がいて、仲間がいて……
毎日、畑を耕して、料理して、笑って生きてる。」
ミリアの呼吸が止まる。
「そんな……嘘……
魔物に……家族……?」
ノアは続けた。
「魔物達はみな人間を襲う事を望んでない。
それでもある日突然、自我を失うんだ。
暴れ出して……大切な仲間を傷つけてしまう。
そしてそれを恐れなから生きてる。」
ミリアの表情が崩れる。
「そんな……そんなの……
聞いてない……
私たち……魔物は生まれつき人間の敵だって……」
「違う。
魔物は誰も傷つけたくない。
争いを望んでいない。」
ミリアの瞳が揺れ、迷いが生まれる。
「そんな……知らなかった……
だって……誰も教えてくれなかった……」
ミリアの瞳が揺れる。
その瞬間──
記憶が、堰を切ったようにあふれ出した。
王国の教本。
教官の言葉。
「魔物は人間の敵だ」
「魔物は人を襲う」
「魔物は討つべき存在だ」
何度も何度も聞かされてきた言葉。
その教えと、
ノアの言葉がぶつかり合う
ミリアの呼吸が乱れる。
ノアを見つめる瞳も、
自分の信じてきた世界も、
全部ぐらぐら揺れていた。
「全軍突撃ー!!」
「勇者様のためにー!!」
騎士団は進み続ける。




