第三十七話 「紅龍崩拳」
『感情は弱点だ』
《黒犬》の声は、
まるで機械だった。
無感情。
無機質。
観客の歓声すら、
届いていないみたいだった。
だが。
美玲は笑った。
「……それ、配信者に言う?」
次の瞬間。
彼女の足が、
ネオン雨のステージを滑る。
八卦掌。
円運動。
赤いチャイナ風ジャケットが、
夜風で翻る。
《速っ!?》
《消えた!?》
コメント欄が爆発する。
《黒犬》が即反応。
電磁警棒を横薙ぎ。
だが。
「遅い」
美玲は半身で回避。
超近距離。
踏み込み。
震脚。
ドンッ!!
ステージ床が砕ける。
観客悲鳴。
そのまま。
肘打ち。
肩撞き。
八極拳。
至近距離連撃。
「――紅龍崩拳」
衝撃。
《黒犬》の身体が、
数メートル吹き飛んだ。
《うおおおお!!》
《今の何!?》
《八極拳!?》
《メイリン強ぇ!!》
レンは思わず立ち上がる。
「今の……!」
《EYES》が解析表示。
『八極拳:高出力震脚連動』
「いや破壊力おかしいだろ!?」
藍華がニヤッと笑う。
「だから横浜の女王なんだって」
だが。
《黒犬》は倒れない。
ゆっくり立ち上がる。
無表情。
感情ゼロ。
その姿に、
観客の熱狂が少し揺らぐ。
《怖ぇ……》
《人間か?》
その瞬間。
《黒犬》の身体から、
青白い電流が走った。
『戦術制限解除』
「……は?」
レンが凍る。
《黒犬》の動きが変わる。
高速。
異常なほど高速。
消えた。
次の瞬間。
美玲の懐。
零距離。
警棒突き。
バチィィッ!!
「ッ!!」
美玲が初めて吹き飛ばされた。
観客悲鳴。
《メイリン!?》
《やばい!》
レンが叫ぶ。
「美玲!!」
だが。
彼女は空中で体勢を変えた。
回転。
受け身。
そのまま片膝着地。
雨粒が跳ねる。
そして。
美玲はゆっくり笑った。
「……いいね」
「は?」
レンが固まる。
赤い瞳が、
戦闘熱で光っていた。
「久しぶりに“当ててきた”」
「お前楽しんでない!?」
コメント欄も爆発。
《MAY-LIN笑ってる!?》
《戦闘狂だ!!》
《香港映画すぎる》
その時。
《黒犬》が初めて感情を見せた。
ほんの少し。
眉が動く。
《EYES》が反応。
『微弱感情反応検知』
「……え?」
レンは目を見開く。
今。
確かに。
《黒犬》は、
少しだけ“楽しい”と思った。




