第二十一話 「感情を喰う者」
地下街の奥から、
奇妙な電子ノイズが響いていた。
ザザッ――
笑い声みたいな、
壊れた通信音。
レンは思わず身構える。
「……なんだ今の」
張老師は煙を吐いた。
「地下の亡霊だ」
「怖い言い方やめろ」
「実際怖いぞ」
老人は平然としている。
美玲も少し顔をしかめた。
「まだ残ってたんだ……」
「知ってるのか?」
「噂くらいは」
彼女は暗い路地奥を見る。
「感情廃人」
「……は?」
レンの眉が跳ね上がる。
張老師が低く言った。
「初期型EVA被害者だ」
空気が少し冷える。
「EVAが正式導入される前」
「企業と政府は地下で大量実験をしていた」
「感情抑制」
「依存制御」
「人格同期」
レンの背筋に嫌な汗が流れる。
「まさか……」
「失敗した連中が地下へ捨てられた」
即答だった。
レンは言葉を失う。
美玲も静かに俯いている。
「感情を壊された人間はな」
張老師の義眼が暗闇を見る。
「他人の感情へ異常に飢える」
「飢える?」
「怒りでも愛情でも恐怖でもいい」
老人は煙草を潰した。
「感情の強い人間に集まる」
その瞬間。
《EYES》が反応した。
『高濃度感情反応を検知』
「……ッ」
レンが顔を上げる。
暗い路地。
ネオンの届かない地下迷宮。
そこに。
“人影”が立っていた。
「……………………」
ボロボロの服。
痩せた身体。
顔には古い電極痕。
瞳だけが異様に光っている。
そして。
全員が美玲を見ていた。
『対象群分析』
『異常感情飢餓状態』
『危険』
「うわ」
レンが一歩下がる。
人影たちは、
ゆっくり近づいてくる。
「綺麗……」
「感情が強い……」
「暖かい……」
壊れた声。
普通じゃない。
その時。
一人が突然走った。
一直線に美玲へ。
「危ない!」
レンが叫ぶ。
だが。
「ッ!」
美玲は瞬時に動いた。
半身。
崩し。
投げ。
人影が地面へ転がる。
だが。
倒れた人影は笑っていた。
「……嬉しい」
レンの背筋が凍る。
「なんだよコイツら……」
《EYES》が警告を鳴らし続ける。
『感情吸収行動を確認』
「吸収?」
張老師が低く言った。
「強い感情を持つ人間の近くにいると、一時的に精神が安定する」
「つまり」
「美玲みたいな人間は、地下じゃ“灯り”なんだよ」
レンは横を見る。
美玲は黙っていた。
赤い瞳が、
少しだけ揺れている。
《MAY-LIN》。
人気配信者。
何千万もの感情を集める少女。
だからこそ、
感情を失った人間たちは彼女へ惹かれる。
その時だった。
地下街全体が突然暗転する。
「……え?」
ネオン消失。
沈黙。
そして。
地下奥の巨大モニターが、
ゆっくり点灯した。
白い円環ロゴ。
《LUX》
レンの顔が引きつる。
『K-13地下層への接続を確認』
周天宇の声。
『回収を開始します』
次の瞬間。
地下街の天井を突き破り、
黒い戦術ドローン群が降下してきた。




