第二話 「九龍街の美少女配信者」
レンは全力で走っていた。
「は!? はぁ!? なんなんだよアレ!!」
背後で爆音が響く。
黒い監視ドローンが、雨のネオン街を低空飛行で追跡してくる。
『違法感情解析反応を確認』
『対象端末の提出を要求します』
『抵抗時は制圧措置を実行します』
「制圧って言ったよな今!?」
レンは悲鳴混じりに叫んだ。
九龍街の夜市を突っ切る。
湯気。
香辛料。
電子看板。
中国語混じりの怒号。
『焼小籠包アルヨー!』
『お兄さん逃げてるネー!』
『ドローン来てる来てる!!』
「誰か助けろよ!」
だが誰も助けない。
この街では、
面倒ごとに関わった時点で負けだからだ。
レンは裏路地へ飛び込んだ。
薄暗い非常階段。
違法配線。
落書きだらけの壁。
息を切らしながら、端末を確認する。
『追跡レベル:3』
『EVA監査局接続中』
「終わった……」
レベル3。
租界で最悪クラスの違法監視対象だ。
学生人生終了どころか、
社会信用スコアまで消し飛ぶ。
「クソっ……なんで俺が……!」
その瞬間。
上から声が降ってきた。
「こっち」
「……は?」
レンが顔を上げる。
非常階段の踊り場。
黒いパーカー姿の少女が立っていた。
白銀のショートボブ。
赤い瞳。
ネオンみたいな視線。
そして。
見間違えるはずがない。
「……MAY-LIN?」
少女は舌打ちした。
「本名で呼ぶな」
次の瞬間。
彼女はレンの腕を掴んだ。
「うおっ!?」
「黙って」
そのまま強引に非常扉の中へ引き込まれる。
狭い部屋だった。
古い電子機材と配信モニターが積み上がり、
壁には無数のホログラム画面が浮かんでいる。
違法配信基地。
レンは一瞬で理解した。
「え、ここお前の――」
「静かに」
美玲はレンの口を塞いだ。
直後。
外を監視ドローンが通過する。
『対象ロスト』
『周辺スキャンを継続』
レンの心臓が嫌な音を立てる。
数秒後。
ドローン音が遠ざかった。
「…………」
「…………」
沈黙。
距離、近すぎる。
レンはようやく気づいた。
美玲の顔が目の前にある。
配信越しじゃない。
本物だ。
しかも滅茶苦茶美人だった。
「……いつまで触ってんだ」
「あ」
レンが慌てて離れる。
美玲は深くため息を吐いた。
「最悪……」
「それはこっちの台詞なんだが?」
「違法AI使ってる学生なんて久々に見た」
「お前にだけは言われたくねえよ」
美玲はジト目で睨んだ。
配信中とは違う。
テンションが低い。
むしろ不機嫌そうだった。
「……で」
彼女がレンを見る。
「アンタ、何を見たの?」
レンは黙る。
だが《EYES》はまだ起動していた。
『対象:林美玲
警戒状態
疲労蓄積
対人不信:高』
そして。
深層感情。
『孤独』
レンは思わず視線を逸らした。
「……別に」
「嘘」
美玲が近づく。
赤い瞳が真正面から刺さる。
「アンタ、“見える側”でしょ」
「……」
「だったら分かるはず」
彼女は笑った。
配信中みたいに。
完璧な笑顔。
なのに。
《EYES》は冷たく表示する。
『感情状態:恐怖』
レンの喉が詰まった。
「……なんでそんな顔で笑えるんだよ」
その瞬間。
美玲の表情が止まった。
初めて。
彼女の“配信者の顔”が崩れた。
「……は?」
「お前、ずっと怖がってるじゃねえか」
「……ッ」
空気が変わる。
次の瞬間。
美玲はレンの胸ぐらを掴んだ。
「それ、誰にも言うな」
声が震えていた。
怒りじゃない。
怯えだ。
「絶対に」
レンは彼女を見る。
人気配信者。
租界の女王。
みんなが憧れる存在。
だけど今目の前にいるのは、
壊れそうなくらい追い詰められた、
ただの少女だった。




