第百八話 「坂道屋台」
長崎電脳居留区・夜。
海霧が、
ゆっくり坂道を流れていく。
赤提灯ネオン。
漢字ホログラム。
狭い石畳路地。
そこへ。
大量の屋台が並んでいた。
《長崎夜市》
AI中華鍋屋台。
港湾ちゃんぽん。
海上点心。
ネオン角煮まん。
完全に“飯の街”だった。
レンは呆然とする。
「……なんでこの世界」
「どこ行っても飯強いんだよ」
ハヤトが笑う。
「生きるのに必要だからだ」
「急に深い」
コメント欄爆笑。
《飯回助かる》
《長崎屋台いい》
《ネオンちゃんぽん食いたい》
その時。
美玲は既に屋台前にいた。
「……ちゃんぽん」
「早いな!?」
屋台AIが反応する。
《MAY-LIN様確認》
『特製ネオンちゃんぽん無料提供』
「また始まった!」
周囲の屋台まで騒ぎ始める。
《MAY-LIN限定小籠包》
《感情安定角煮まん》
《海霧ライブ割引》
「完全に街が乗っかってる!」
藍華が笑い転げる。
黒犬ですら少し吹いていた。
美玲は少し困った顔。
「……どうしよう」
「いや食うなよ!?」
「でも美味しそう」
レンは頭を抱える。
コメント欄爆発。
《食べさせろ》
《MAY-LIN飯テロ》
《長崎編平和》
その時。
海霧の向こうで、
路上ロッカーボーイたちが演奏を始めた。
二胡。
電子ギター。
港湾ビート。
ネオン音楽が、
坂道へ響く。
美玲は少し立ち止まる。
「……いい音」
その声は、
本当に嬉しそうだった。
レンは少し見る。
配信者じゃない。
市場現象でもない。
ただ。
音楽が好きな女の子みたいだった。
その時。
《MAY-LIN LIVE》が自動接続された。
《長崎ネオン坂ライブ》
同時接続急増
「また自動!?」
だが。
今回は少し違った。
コメント欄が、
妙に穏やかだった。
《落ち着く》
《この街好き》
《ずっと見てたい》
《EYES》が静かに分析する。
《感情解析》
“安心”感情増加
⸻
Emotion Crash抑制傾向
レンは少し止まる。
もしかしたら。
MAY-LINが広げてるのは、
熱狂じゃない。
“居場所”なのかもしれない。
その時。
美玲がちゃんぽんを食べながら言った。
「……これ」
「世界平和の味する」
「どんな感想だよ!?」
全員が笑った。
海霧。
坂道。
ネオン。
そして屋台の湯気。
2092年。
感情市場に支配された世界で。
長崎電脳居留区だけは、
少しだけ人間らしい温度が残っていた。




