第十三話・「愚か者」
――黒翼が舞う。
暗き夜空を飛ぶ巨躯なる鴉。
その凶悪な相貌が私達を覗いている。
「っ――」
夜空を覆う赤い眼。
天には無数の黒い影が這う虫のように蠢いている。赤く、赤く、赤い、狂気に染まった目。それはまるで星明りのように、夜空で点々と輝いている。
禍々しい狂気的な夜景。
その全てが殺意に塗れた獣だという事実に戦慄を覚える。
頭上に広がる光景に、私達は息を呑んだ。
しかし――
「――――雨嶺」
「うん、わかってる」
即座に気持ちを切り替える。
確かに驚異的だ。でも、だからと言って怖れ慄いていても、事態は好転してはくれない。
殻に吹き飛ばされてしまった逆刃大くんの安否を気にしながらも、私と沙耶は戦闘態勢を整え、これから先に起こる戦闘へと備えた。
大丈夫……きっと、大丈夫。
そう自分に言い聞かせる。
彼なら大丈夫だろう、と希望的観測と若干の打算を孕んだ信頼でそう思う――いや、思い込む。
正直、彼の動きは常人離れしている。
幼い頃から巫女として、巫術や鬼道、結界術などを学び、それらに準ずる超常の存在と関わってきた私からしても、彼の動きは超人的に見えた。
驚異的な探知能力、体力や膂力、常人の域を遥かに超えてる。
戦闘を専門にしているような魔術師や執行者、結界師の人達だって彼ほど動ける人はそうはいない。
超常の術を学んでいない一般人とはとても思えない。
――異常。
どう考えても普通の人間じゃない。
恥ずかしい話、身体能力だけなら私より全然上だ。
それはここまでの道中を見れば明らかだった。私が息を荒くして走っている中、彼は余裕そうに前を走り、あまつさえ心配までしてくれた。
す、少し……少しだけ、へこみます。
それなりに厳しい鍛錬を積んできた自負があるからこそ、一般人である彼に負けている事実に、少し――いや、かなり悔しい気持ちを抱いている。
私は、霊術で身体強化までしているのに……。
しょんぼりとした気分になる。
術で強化しているのに、彼はそんな私以上の身体能力を見せつけてくる。
何か魔術とは別の超常的な力を持っているのは、何となく察せられるけど、それにしたって少し常人離れし過ぎている気がする。今まで超常と関わりがなかったらしい人物に、あのような動きが可能なのだろうか。
武術の経験もないと言っていたけど、とても信じ難い――というか、信じたくない。
「――――」
霊符を強く握り、敵へと強く視線をぶつける。
デタラメで、常識外。
その在り様は浮世の絵のようだと、そう思った。
儚く遠い姿。
――でも、そんな彼だからこそ、
希望的観測でも――――きっと大丈夫だって信じられる。
だけど――
「――沙耶。できる限り早く方を付けましょう」
それでも可能な限り早く、彼の安否を確かめたい。
私の言葉に沙耶は無言で頷き、同意を示してくれる。そんな彼女に感謝しながら、しゃらん、と鈴の音が鳴る神楽鈴を取り出し左手に握る。
右手に握った霊符に霊力を流し、巫術の起動準備を整えた。
そして再び、空を仰いだ。
「っ、――――」
空を覆う蠢く黒い塊。それは鳥型殻の集団。
視界いっぱいに広がったその光景に、自分自身を叱咤する。
こんなもの、探知するまでもなく目を向ければわかったこと。探知は無意味だと切り捨て、周囲への警戒を疎かに――逆刃大くんに頼り切りになってしまっていた。
己の怠惰に嫌気が差す。
私は頑張っているつもりになっていただけで、実際は独り善がりに走っていただけ。考えることを放棄して、精一杯走れば、それで誰かを助けられるって現実逃避をしていた。
そんなことはありえないと知っていたのに。
「――――――――」
ふるふる、と首を横に振る。
散漫になった意識を無理やり引き戻す。
いま……考えることじゃなかった。
集中しなきゃ、集中。
余分な思考を振り払い、目の前に広がる黒い天幕を冷静に見る。
いけない、思考がナーバスになってる。
多分さっきの逆刃大くんと沙耶の言葉が、私に刺さっているからだと思う。油断すると、自然に自戒に思考が傾いて、意識が散乱してしまう。しっかりしろ、私。
余計なことに頭を回す自分を叱咤しながら、余分な考えを頭の端へと追いやる。
そして私は、殻へと迎撃を開始した。
「地上付近は私が、あとは任せる」
「了解!」
指示に答えながら、荼毘を撃ち出す。
同時、沙耶も刀を構えながら走り出した。
人間離れした速力。
二、三秒足らずで最も近くにいた鳥型殻との距離を詰め切る。
いくら術で強化しているとはいえ、あれほどの速度を出せるのは、彼女の弛まぬ努力のおかげだ。術の出力もそうだけど、やっぱりその基礎となるのは、生身の身体能力。
生身での身体能力が高ければ高いほど、術によって出力される力は大きくなる。
「ハッ――――!」
――――抜刀。
彼女の愛刀、隼瀬が抜き身を露わにする。
鋭い鋼の輝きが一閃。
反応を見せる間もなく、二体の殻は彼女によって切り捨てられた。
上下に分かたれた身がズルッと滑り落ち、その中身を撒き散らして絶命。
沙耶はその光景を横目に、次の目標へ向かって疾走する。
次々と地上付近の殻を斬り払っては走り、斬り払っては走る。黒い血飛沫の雨が絶え間なく地面を濡らす中、沙耶は加速度的に回転率を上げた。
「炎葬・荼毘!」
霊符を飛ばし、葬送顛法を放つ。
沙耶の攻撃が届かない上空にいる殻を迎撃しつつ、できるだけ私に集中が向くように動く。単純な殲滅能力なら、攻撃力の高い術を使える私の方が、沙耶より上。
引き付けて、一気に仕留めるっ。
葬送――〝浄化の言〟たる葬送顛法。
命亡き空の器に巣くう獣――殻。
この術はそれらに対して、絶大なダメージを与えることができる。
アレは亡者に近しい存在。本来、個として成り立っていないにも関わらず、借り物の躰と魂を得て、偽りの生存本能に突き動かされるまま、命を貪り喰らう。
祖たる竜を真似るように、生命活動の為に贄を欲する。
本能だけの骸――あれらはまさにそう言った存在。
『ギェ――――――エェェェェェェェッ!!!』
空を割らんばかりの鳴き声。
無数の殻による叫び。
「っ――!?」
あまりにうるさい金切声に、私は思わず耳を手で塞いでしまった。
瞬間ほぼ同時――上空から私目掛けて黒い塊が落ちて来た。
夥しい数の殻がひしめき合い、赤い眼を輝かせる黒い塊。集合体恐怖症の人が見たら、発狂してしまいそうな光景。
私を……見てる。
塊に付いた赤い光の全てが私を覗く。
標的を私に絞った特攻。
制空権のアドバンテージを上げるため、対空攻撃手段を持つ私へ攻撃。
視界の片隅、私を援護しようとする沙耶をあの巨大な鴉型殻が足止め。
っ――、変に頭が回る。
おそらく遠距離の攻撃しかしていない私を見て、近距離を苦手と判断しての特攻。確実に私を仕留めて、沙耶を持久戦で削るつもりだ。
希薄な自我で相手の嫌がることを的確に攻めてくる。
「――荼毘!」
判断を素早く済ませる。
距離を詰め切られる前に、可能な限りの迎撃を選択。彼らの思惑通り、私は遠距離と中距離の攻撃を得意として、近距離は苦手――持ち得る手札が少ない。
距離を詰め切られたら、やばい!
霊符を展開して発動できる限りの荼毘を放って、殻を撃ち落とした。
ほとんど全弾が命中。
しかし、彼らに恐怖というものはないのか、同胞が次々と撃墜されても一切止まらない。丸焦げになって同胞を顧みることなく、私目掛けて突撃を続ける。
正気じゃない。
いや――そもそも、正気なんてものがないんだと思う。
生物が持つ生への渇望も、死への恐怖も、持ち合わせていない。ただ喰らう本能のままに、進み続ける。
だから、止まらない。
根本からして他の生き物と違う。
「っ、――――」
少し慌てる。判断ミス。
迎撃の判断は正しい、それ自体は間違っていないと思う。だけどこの局面、私は荼毘による攻撃ではなく、もっと強力な巫術による範囲攻撃をするべきだった。
咄嗟、溜めの時間を惜しんで安易な攻撃を選んでしまった。
……切り替え、切り替え。
動揺を即座に収めて、対応に意識を向ける。
この場において冷静さを欠いた行動は死に直結する。いま私のすべきことは取り乱すことではなく、この状況を冷静に立て直すこと。失敗に囚われ過ぎない。
まだ――余裕はある。
一呼吸、騒めく心を鎮静させた。
そしてそのまま、展開した荼毘を中断し――術の変更を行う。
「祓へ給へ、
清め給へ――」
攻撃が止んだことで、迫る殻の勢いが増した。
形を持った黒い風を思わせる、それ。その重圧は死を予感させ、額から冷や汗が滴る。彼らの攻撃が当たった場合の未来を想像して、流れる血に冷たさを覚えた。
だけど――それでも冷静に、私はその動きを視る。
そしてタイミングを見計らい思いっきり後ろへ飛ぶ。落下するように落ちてきた黒い塊は、方向転換ができずに、そのまま地面に激突することになった。
激突の衝撃で吹いた風が頬に触れる。
あ、あっ――――ぶない!?
表情には出さず、内心でそう激焦りする。
少しでもタイミングを間違えれば、あの突撃が身を打っていたことを考えると、恐ろしくて仕方ない。
私だってそれなりに鍛えてきた、これくらい余裕――って、胸を張って言いたいけど、沙耶や逆刃大くんみたいな人間離れした動きは厳しい。
本当にギリギリだった。
そんな風に弱音がこぼれる中、再び迫って来た無数の殻の攻撃を躱しながら言を紡ぐ。
『ギェ――――エェェェッ!!!』
前方――のみならず、背後からも殻の鳴き声が聞こえた。
「!」
突撃を躱した殻が背後から再突撃。
死角から迫る死の気配。
一瞬、驚いたように目を見開く――けど、それは問題外。
「炎葬・焔舞!」
結びを唱えると共に、周囲に展開された霊符が燃え上がる。
そして、瞬時に炎の障壁が形成された。
『ギェ――』
前方後方関係なく、炎の障壁は触れた殻を燃やし尽くす。
焔舞は、浄化の焔。殻にとって熱量は関係なしに、その器を浄化によって失う致死の炎。それなりに強力な個体でなければ、焼かれ苦しむ時間すらなく灰となる。
が、その時――
バフ――――ッ!
殻の一体が強引に焔舞を突破した。
全身を浄化の炎に焼かれながら、それでも狂気とも言える執念で突撃を続ける。
その光景に私を目を見開いて驚いた。
想定はしていた。あの無数にいた全てを焼き尽くせるとは思っていなかった。だけど、いくらなんでもこうも一瞬で突破されるとは思っていなかった。
うぅ……自信、無くなるよぉ。
一応、これでも同年代では頭一つ抜けた実力を持っていると自負している。実際、〝星守りの巫女〟にも選ばれるくらいには、優秀な結界師なはずなのだけど。
流石は最強の幻想種である竜――その鱗。
無数にいるのにも関わらず、高位の魔獣種とほとんど変わらない力を持った個体がごろごろいる。この世界の生命体として破綻した力。
この星を自己で塗り替えようとしているみたい。
なんて考えながら冷静に霊符を一枚展開した。
「祓へ給へ、清め給へ――」
大きく開かれた鋭い嘴。
まるで果実を齧り取ろう取ろうとするように、私の頭目掛けて嘴を突き立てる。
「八百万乃神ながら、授け給へ――」
しかし、私はその一撃を回るように、右方へ回避。
同時――私から距離を詰めた。
「ギェ――――エェェッ!」
懐に入ってしまえば、鳥類の体では攻撃しようがない。それに滑空中のその状態では、急な方向転換はできない。
展開した霊符を胸側部へと向ける。
そして私は、空の右手を霊符を叩きつように突き出した。
「炎葬――輪!」
――掌底。
霊符は炎で構築された円となり、掌底と共に殻に叩き込まれる。
シャリン、左手に持った神楽鈴が鳴り響く。
ヒュッ――――パンッッッッッ!
空気を裂き割る音が鳴り響く。
炎の輪は殻の胸を焼き尽くしながら穿った。
一瞬にして絶命した殻の体は、力を失いその体躯はすぐさま崩れ落ち、無造作に地面に転がった。
「……ふぅー」
地面に転がる亡骸を見て安堵、一息吐いた。
この通り、私は別に近接戦闘ができないわけじゃないですから!
ただちょっと、近接戦が苦手なだけですから!
そう、私は近距離での手札がないわけじゃなくて、少ないだけ。やろうと思えば、多少近接での戦闘もできる。
これでも厳しい鍛錬を積んできた退魔が巫女――腕っぷしもそれなりに強い、と思います。流石に、沙耶や逆刃大くんのようにはできないけど。
それに私、近接は対人技が主ですし……。
そんなことを考えていると――
「ギェ――――エェェッ!」
再び、焔舞を越えて殻が私の領域へと侵入してきた。
「!」
驚いた表情でその姿を視界に収める。
でも――焦ってはいない。
だって、私には――
「雨嶺に、――――
――――近付くなッ!」
――沙耶がいる。
焔舞の壁を斬り払いながら突破した彼女が現れる。
先に焔舞を越えた殻より速く、私の前に辿り着き、そのまま――抜刀。彼女の斬撃に殻が突撃した形になる。
――鋼の煌めき。
隼瀬の抜き身の刃が一瞬にして殻を切り捨てた。あまりにも一瞬の出来事に、何度も何度も、この目に収めてきた光景なのに、思わず驚いた表情を浮かべてしまった。
ただ私はすぐ表情を戻して、彼女の背に言葉を掛ける。
「沙耶、ありがとう」
「礼はいい。戦闘に集中しろ」
殻を視線に捉えながら、彼女はそう返してきた。
私は静かに頷き、霊符を取り出し構える。
そうだ、まだ戦いが終わったわけじゃない。
焔舞が解け、私は上空に残った殻に目を向ける。
今ので大部分は削ることは出来たようだけど、まだ一番倒さなきゃいけないのが残ってる。
「カァ――――ッ!」
一際体格の大きな殻――逆刃大くんを吹き飛ばしたあの個体だ。
……強い。
見ただけでわかる。アレは明らかに他の個体より別格で強い。
漂う魔力の質が他の個体とは比べ物にならない。私が今まで戦ってきた魔獣でも、あれほどの魔力を漂わせているものはいなかった。
隣の沙耶が緊張した面持ちであの殻のことを睨んでいる。
彼女にしても、あの殻は最大限警戒しなくてはいけない存在のようだ。
その時――
「ッ――、雨嶺、飛べ!」
突如、沙耶の表情が強張ったと思ったら、彼女はそう叫んだ。
跳躍――半ば無意識、左方へと飛ぶ。
――っ!?
次の瞬間、私達が直前までいた場所に殻が出現。瞬間移動を思わせる速度で鴉型殻が突撃した。
ズッパンッ――、と異音と共に地面が抉られた。
一瞬でも飛ぶのが遅れていれば確実に死んでいただろう、とそう思わざる得ない光景。
同時にあることが頭に過る。
あの一撃を正面から受けた逆刃大くん。今更になってものすごく心配になってきた。
チラリと彼の飛ばされた場所を見る。
地面を掘削するほどの威力の突撃、そんなものを人が受ければ、即座に肉塊になってもおかしくない。一応、吹き飛ばされた瞬間を確認しているから、肉塊になって即死――にはなっていないと思う。
……あれ? 逆刃大くんって人間?
即死か否か――そんな議論をする中で、よくよく考えて生きている可能性があるだけで、十分おかしいという考えに至った。
常人なら肉塊になるような一撃を正面から受けて、普通に形状を保っている。
果たしてそれは、普通の人間と言えるのだろうか。
って! 今はそんなこと考えてる場合じゃなーい!
頭に駆け巡った疑問を切り捨て、目の前の戦いに集中することにした。
「雨嶺、援護を頼む」
「うん」
隼瀬を構えた彼女の指示に、コクリと頷き了承する。
霊符を展開、いつでも術を発動させられる準備を済ませた。
一方、準備万端なこちらに対して殻は、地面に足を着けてまるで様子を窺うように私達を見ていた。
動かない……?
観察ならば、上空で済ませているはず。にも関わらず、見定めるように私達のことを観察するその姿に疑問を抱く。
しかし、次の瞬間――沙耶が前進する。
私も彼女に合わせて、霊符に霊力を込めた。
狙いは不明。でもだからと言って、手をこまねいていても仕方がない、と私達は先手を打つことにした。
抜刀の構えを取りながら疾駆する彼女に合わせ、私は霊力を込めた霊符を殻へと飛ばす。
「縛符――光輪」
飛ばした数枚の霊符が二つの光の縄となる。
瞬間、光の縄は殻を拘束した。
「――――――――」
依然として殻に動きは見られない。行動を制限する光の縄にも大した反応を見せず、沙耶の動きを注視している。
不穏な雰囲気を感じながらも、沙耶は迷いなく突撃を続けた。
力強い踏み込み――同時に刀を振り上げる。
「――――荒流」
閃光の斬撃。
左下から右上に掛けての逆袈裟が、動きを封じられた殻に放たれた。
しかし――
バキッ――ン!
薄氷でも砕くように、殻は拘束を破壊した。
そしてそのまま、飛来する斬撃が直撃するより速く、空中に離脱した。
「「!?」」
その光景に私達はひどく驚愕した。
光輪を破られること自体は予測していた。流石にあんなに簡単に壊されるとは思っていなかったけど、それでも破られるところまでは予想通り。
でもまさか、沙耶の一撃までも躱されるとは思いもしていなかった。
数拍ほど私達は驚愕に心囚われる。
「――雨嶺、あれはおそらくBレート以上はある。油断は捨てろ」
「っ――、ええ、全力でやります」
沙耶の一言で平静を取り戻した私は、霊力を奮い立たせる。
相手がどんなに強くても、引くことはできない。一人でも多くの人を助けるため、こんなところで止まっていられない。
霊符を取り出し、言霊を紡ぐ。
「炎葬――火鳥荼毘!」
炎で形成された鳥が殻を追尾する。
流石に光輪の時と違い脅威と感じたのか、殻が回避行動を取る。火鳥はそんな殻を逃さまいと文字通り、身を燃やして突き進む。
「――――――――」
しばらく滑空した後、火鳥を振り切れないと判断したのか、殻は突如――反転、火の鳥へに激突した。
激しい爆発音と共に、火鳥が粉砕されてしまった。
「!」
衝撃的な光景に目を丸くする。
ただの体当たりで火鳥荼毘を破壊した殻。正面から衝突だというのに、軽く翼が焼けているだけで、その他に目立った損傷はない。
な、なんてデタラメな……。
「事象防御か――」
沙耶の一言に再び驚くことになる。
事象防御、それが目に見えて考慮を発揮するほどの内在神秘。やはり彼女の見立て通り、あの殻はBレート以上の殻で間違いない。
火鳥荼毘で軽く翼を焼く程度なら、それ以下の巫術はほとんど全てが無効化される。
なるほど……だからあんなに簡単に光輪を。
光輪を容易く砕いた検討がつくと共に、嫌な汗が額を伝った。
けど――
パシンッ!
「っ――、……雨嶺?」
突然、頬を叩いた私を見て、沙耶が驚いた表情を見せる。
そんな彼女に私は言った。
「沙耶、私が陽動をします。あなたは隙を見て迎撃を」
私の言葉に彼女は驚いた表情を浮かべた。
でもすぐさま表情を諫めると、感情を鎮めながら答える。
「…………わかった」
「可能な限り地上付近に拘束できるようにします」
「――頼む」
そう言い彼女は刀を納め、少し距離を空ける。その姿を見て、私は軽く息を吐いた。
ふぅー……あとは私が頑張るだけ。
再び気合いを入れ直す。
状況は絶望的――でも、だからと言って、諦める理由にも、立ち止まる理由にもならない。
おそらく、出力を上げた巫術ならあの殻でもダメージを与えられるはず。でも、あんなにも素早く動く殻に術を当てられる自信はない。
だから――トドメは沙耶に任せる。
私は全身全霊であの殻に隙を作ることだけに注力する。
霊力を昂らせると共に、集中力を高めた。
私はただ、私のできることをするだけ――
空を滑空する殻に目を向ける。
大空を裂きながら飛ぶその姿に怖気を感じ、思わず喉を鳴らす。緊張からか不思議と口元が綻ぶ。
震える体を意思で制する。
――行きますよ、私!
覚悟を決めて走り出す。
そして、そのまま霊符を展開――巫術を発動して敵へと突撃した。




