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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
256/428

一緒に夢見た理想が、間違っているはずがないんだ!

 それに比べ、汚れた正義の自分では、彼はあまりにも眩しすぎた。


(ミカエル……)


 このとき、心のどこかで納得していたのかもしれない。両者の格付けを。二体を見比べ、どちらが上なのか。

 ミカエルの輝きは、ルシファーですら魅了するほどに美しかったから。

 まっすぐと夢を追うこと。困難にもめげず理想へ進むこと。

 それだけで。

 なんて、美しいことなのだろう。

 理想を求める者は、強い。


「お前に、平和が作れるのか?」

「出来る!」


 ルシファーの質問にミカエルは即答する。その目は力強く、自分の理想を疑うこともしない。必ず叶うと信じている。どんなに困難でも、幻想だと揶揄されようと。


「私が、そう信じているからだ!」


 ミカエルは、諦めていなかった。


「お前が諦めたと言うのなら、私が証明してみせる!」


 今も信じる炎がある。情熱が燃えている。

 なぜなら。


「私の、お前の!」


 なぜなら!


「一緒に夢見た理想が、間違っているはずがないんだ!」

「――――」


 彼の言葉に、ルシファーは言葉を失った。

 この状況で、まだそんなことが言えるのか? 信じられない。いったい、どこまでまっすぐなのか。ミカエルの情熱は驚愕する域だ。ルシファーにとって一緒にいたあの頃は思い出になった。過去の残滓(ざんし)でしかない。

 だけどミカエルは違う。彼は二度と手に入らないこの瞬間に思う。

 過去とは、現在(いま)だ。今へと続く足跡だ。切り離すものじゃない、断片じゃない、今へと至る同じ道の上なのだ。

 ルシファーとは違う。

 過ちだと思っていた過去を、大切な歴史として持ち出すミカエルにルシファーは動揺した。


「だが、なにを言ったところでもう遅い。忘れたかミカエル、私はすでにネツアクを発動している。どう足掻いても、お前が勝利することはない!」


 そう、すでに絶対勝利の法則は発動している。勝利はルシファーの手の中、誰も勝てない。


「諦めろ!」


 だからルシファーは言うのだが。


「諦めない!」

「なぜだ?」


 ミカエルは、まだ諦めていなかった。こんなにもわかりやすい絶望を前にして、それでもなお。


「私が、証明してみせるんだああ!」


 ミカエルは再び突撃した。きっとこれが最後の戦闘になる。最後の力、渾身の力を込める。

 相手は勝利が約束されている。ゆえに勝てない。困難どころの話ではない、そうなると決まっているのだから、敵うはずがないのだ。

 なのになぜ挑む? 負けると知りながら。なぜ前に出る? あまりに無謀。もしここに観客がいるのならミカエルの行動を笑うだろう。勝てないのだから戦うだけ無駄だと。

 確かにその通り。断崖へと続く道、進めば必ず破滅する。

 だけど、そうだと知っていても。

 ミカエルは、前に出る。

 情熱が、まだ死んでいないから!

 諦めていないから!

 たとえどんな敵、困難が立ちふさがり、運命すら敵に寝返っても。

 彼は、真っ直ぐにしか進まない。

 それがミカエル。全天羽の上に立つ、新たな天羽長だった。

 ミカエルが振るう剣をルシファーが受け止める。強い力だが押し負けることはあり得ない。ルシファーの敗北に繋がることが今後一切起こらない。もし自分が負けるようなことがあっても、なにかが起こりそれはなくなるのだ。

 ミカエルからどれほど攻撃を受けようと問題にならない。

 そして、今度はこちらからだ。運命に愛された一撃、かわせるものならかわしてみせろ。ルシファーは剣を振るった。それはミカエルを倒すに十分以上の力を発揮した。理屈などない。勝利すると決まっているのだから、過程が勝手に合わせてくれる。すべては勝利に繋がっていく。

 よって必中。よって必殺。この一撃でミカエルは敗北する。

 ルシファーの攻撃は決められた台本をなぞるようにミカエルの首もとへと直撃した。

 勝った。確信が脳裏を走る。

 だが。


「なに!?」


 ミカエルは無傷! その首に、傷は一つもついていない!

 ミカエルはルシファーを睨みつけたまま剣を弾いた。二体の距離が離れる。


(どういうことだ!?)


 ルシファーの表情が歪んだ。目の前で起きた不可解な出来事。

 仮に一撃で倒せないとしても無傷というのはおかしい。ネツアクを発動している以前の問題だ。

 だが、直後にルシファーは理解した。


「そうか、お前が第六の力をッ」

「ルシファー!」


 叫びミカエルが走る。ルシファーも剣を構え前に出た。ミカエルの攻撃をかわし、隙となった腹部へ逆けさぎりを見舞う。刀身は見事命中するがまたもミカエルに傷を与えることは出来なかった。

 本来ならあり得ない。だから違うのだ。ルシファーがセフィラーを発動しているように、ミカエルも天から授かった力を発動していた。その加護によりミカエルは傷つかない。第六のセフィラー、『完成された美へと至る第六の(シックス・セフィラー・ティファレト)』によって。

 それは、傷つかないという法則だった。

 約束された勝利と無敵の激突。よってこの勝負すぐには付かない。前者は負けることはなく、後者は傷つくことがないのだから長期戦だ。

 こうなっては力は意味をなさない。肉体の強度も関係ない。勝負を左右するのは力の強さではなく心の強さだ。

 絶対に諦めないという、情熱だ。

 ルシファーの魔剣が空間を切り裂いた。剣風すら魔力を帯び呪いは風圧に触れただけで正気を失う。その力もすさまじく、直撃だけで城が崩壊するほどの絶大な力だ。

 それほどの攻撃をミカエルは受けていた。逃げられない。かわすことは不可能。魔剣の刀身が体に当たるたび信じられないほどの痛みが走る。肉は斬られ骨は砕ける、そんな思いが何度も過ぎる。

 だけど、実際にはどこも切れていない。まだ戦える。諦めない限り、どこまでも。

 ミカエルは剣を握りしめルシファーへと応戦した。攻撃を受けるたび剣を振るい、挫けそうになる百の弱音を鋼の意志で何度も立ち直らせた。そして前に出た。

 いくつもの痛みに晒されて、

 不可能が立ちふさがり、

 勝てないと決めつけられても。

 諦めない。何度だって前に出る。苦痛があると分かっているその道へ。信じて行くのだ。

 夢は、必ず叶うと。


(なぜだ、なぜだ諦めない)


 ミカエルの進撃にいつしかルシファーの方が困惑していた。依然として自分が優勢にも関わらず。この勝負、焦る事なく勝てると決まっているのに。


(なぜだ!?)


 ミカエルが受けた攻撃は数十、このままでは百に達する勢いだ。尋常な激痛ではない、体が無事でも心が耐えられない。それはどんなに過酷な道だろう。こんな道を、いったい誰が進めるというのか。

 だが、もしいるとするならば。

 それは、一人しかいない。


「…………」


 ルシファーは目を見開きながらミカエルを見つめていた。彼の戦う姿、困難にもめげないその姿勢を。諦めない、絶望に屈しないその眼差しを。

 ルシファーは戦う最中に考え初めていた。これほどの過酷な道でも進めるのなら、どんな絶望にも諦めないのなら。

 地上の平和。人々の幸福。全天羽の夢。

 自分が諦めてしまった理想を、彼ならば。もしかしたら、彼ならば。

 出来るかもしれない。

 天羽長ミカエル。たとえ何年掛かっても、いつの日か叶えてくれるかもしれない。

 二人で夢見た、あの日の理想を。

 ルシファーは、すべてを受け入れた。

 ルシファーは剣を下ろした。それに今まさに突撃しようとしていたミカエルが踏みとどまる。どういうつもりだと見るが、ルシファーから戦意のすべては霧散していた。

 ルシファーは憑き物が取れたような顔で、ミカエルに話しかけた。


「取引だ」

「取引?」


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