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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
255/428

お前との誓いは、私が果たす!

 二人の熱量を表すように苛烈な戦闘が続く。剣技は互角だ。ミカエルが技を繰り出せば、ルシファーはそれを越えてくる。そしてミカエルも負けじとルシファーの技を越えてくる。互いに相手を超える技を繰り返した。これでは二人は際限なく成長していくことになる。

 剣が乱舞する。羽が飛び交う。戦意をぶつけ合う。むき出しの敵意が苛烈な火花となって飛び散った。

 なのに、戦っている最中に二体は感じていた。目の前の彼は敵ではあるが、その本質は、どうしようもなく友なんだと。その証拠に二人は今だって成長している。

 感じるのだ。相手がなにをしてくるのか。どう攻めてくるのか。それが自分に正しい答えを教えてくれる、新たな道を導いてくれる。戦っているのに、敵なのに、こんなにも自分を高めてくれる。

 なんて皮肉だろう。自分をここまで理解し、高めてくれる存在。それが敵であるなんて。

 もし、彼が今でも味方なら。どこにだって飛んでいけるかもしれなかったのに。

 それは贅沢な妄想だ。けれど、あったかもしれないもう一つの可能性だった。

 この一戦に積もり積もった思いを込めていたからか、始まりから今日までのすべてを思い出す。

 その中で、一番の心残りがミカエルにはあった。


「なぜだ、なぜぇ!」


 それを、この場で聞き出した。

 逸る思いに声は乱れ、それを無視してミカエルは叫ぶ。

 ミカエル最大の心残りが、ついに明るみになった。


「なぜあの時、私に話してくれなかった!? なぜ! 勝手に出て行った!? なぜぇ! 一言も話してくれなかったんだ!?」


 あの日のことを、まだ覚えてる。


「なぜぇ!」


 一緒だと信じていた。同じ夢を目指していけると思っていた。どんなに過酷な道であろうとも、隣に彼がいるから歩んでこれた。

 天羽と人類を襲う困難にでも、二体でなら遂げられると、信じて疑うことなんてなかった。

 彼と一緒なら。

 だけど、

 だけど、

 だけど。

 彼は、裏切った。


「なぜだ『ルシフェルゥ』!」


 ルシファーは反逆の道を選び、二体の道は分かたれた。その決断に至るまでの苦悩を打ち明けることもないままに。


「私は、誰よりもお前を信じていたのに。ずっと信じていたのに。お前は私を見捨てた。私だけだったのか? 絆も、友情も、信頼も、私の幻想でしかなかったのか!? 私を、ずっと欺いていたのか、答えろルシファー!?」


 絆、友情、信頼。それらは天羽長ともなる男が敵に言う言葉ではなかった。それはミカエルも分かっている。でも止められなかった。本音が役職という外装を破り捨て前に出る。外聞を捨てて心の底から叫ばれる、正真正銘の本心だった。

 ミカエルの言葉にルシファーは距離を離して対峙した。その表情は精悍だ。だが理解していたのだろう。ここで向き合っているのは天羽長ミカエルと堕天羽長ルシファーではない。

 天羽長ルシフェルと、補佐官ミカエルなのだと。


「そうだったな」


 ルシファーは剣を下ろした。戦意は抑えられている。代わりにあるのは悲壮な眼差しだった。


「ミカエル。お前には情熱がある。誰にも負けないほどの」


 ミカエルからの詰問に、昔の彼が真相を話す。


「真っすぐで、疑うことを知らず、純粋だった。どんな困難にも顔を背けず、前を向いて進める勇気があった」


 困難が立ち塞がった時、心がふさぎ込んだ時、励ましてくれたのはいつだってミカエルだった。諦めるという言葉を知らぬ、明るさと情熱。彼は何度だって支えてくれた。

 間違いなく、親友だった。


「私は、そんなお前が気に入っていたんだ」

「なら!」

「だから!」


 前のめりになるミカエルを制するようにルシファーは口を挟んだ。ミカエルの勇気や情熱、純粋さは認めている。だけど、否、認めているからこそ。

 次の言葉は、ミカエルを絶望の底へと叩き落とした。


「そんなお前を、そんなお前が、誰かを裏切る姿なんて見たくなかった。信頼していたお前が、裏切るところなんて見たくなかったんだッ」

「――――」


 知らされる真相に、ミカエルは言葉が出てこなかった。驚きを主張するように沈黙が続く。無言の裏側で、言葉にならない膨大な感情が渦巻いた。


「…………」


 驚愕の表情を張り付けたまま、口は開いたまま動かない。なにも言わない。なにも言えない。

 けれど、唇がわずかに動き出し、ようやく出てきたのは怒りの声だった。


「なんだ……、なんだそれはぁあああ!?」


 ミカエルは叫んだ。思いは形にすらならず暴れ出す。

 それは、あまりにも許容するにはふざけた理由だったから。

 信頼していたから裏切られた? 信頼していたから裏切られたなんて、どうしようもないじゃないか。

 こんな結末を、こんな戦場を、こんな運命を。もしかしたら変えられたかもしれない。自分がもっと賢く、勤勉で、才能があり、かつて以上の信頼があれば、もしかしたら話してくれたかもしれない。こんな結末を変えられたかもしれない。

 そんな、想像すら許されないのか。

 ミカエルは叫びながらルシファーに向かっていった。

 ずっと、同じ道を歩いていけると思っていた。それがどんなに困難な道でも、一緒なら進んでいけると。

 それを裏切られた悔しさと怒りが、剣撃に表れていた。


「ふざけるなぁあああ!」


 怒り狂った剣筋がルシファーを襲う。剣が折れるほどの衝撃が何度も襲う。

 ルシファーは、反撃しなかった。彼の攻撃をただ受け止める。ミカエルが放つ重い一撃を一つずつ、丁寧に。ミカエルも剣技の精彩を欠きまるで暴れる子供のような太刀筋だった。

 その、幼稚なまでの単純な攻撃を、ルシファーは一つも漏らすことなく受け止めていた。

 ミカエルの攻撃を両手で支えた刀身で受け止める。そこでミカエルの攻撃は止んだ。見れば顔は下を向き前髪に隠れて表情は見えない。

 小さな沈黙が生まれた。


「……なぜ、どうして裏切った」

「神の秩序では人間を縛るだけだ。神では人を救えない」

「…………」


 改めて聞かされる彼からの言葉にミカエルは黙り込む。


「分かっているさ、お前の怒りも恨みも。しかし、止まれなかったんだ。停滞すればそれだけで地上の惨劇は広がっていた」


 ルシファーの語る言葉。それは一つの真実だろう。火の手が伸びるようなあの状況ではもたついているだけで犠牲者が生まれていた。誰かが止めなくてはならなかった。


「私はお前を裏切った。怒りは受けよう。それでも、私は自分の信じる正義を通す!」


 決別の言葉。ミカエルを傷つけ裏切りの罪を犯していることは分かっている。その上で自分の道を進む覚悟はできていた。

 止まらない。最後まで。

 ルシファーはミカエルから離れ片手を頭上へと掲げた。天より授かりし十のセフィラー、その中で最強のものを発現する。


「私の勝ちだ! 勝利を引き寄せる第七の(セブンス・セフィラー・ネツアク)!」


 因果の加護に祝福されて、ルシファーは勝利を掴み取る。ルシファーも本気だ。相手を踏みつぶしてでも負けられない。もう後には退けない。

 仲間に恨まれ、すべての罪を飲み干すことになっても。

 自分で選んだこの道だけは、最後までやり通す。


「諦めろミカエル。お前の理想は、成就(じょうじゅ)しない!」


 神の秩序による平和の実現。それは理想だが、しょせんは机上の空論。地上を無視した理想論。昔は彼もその理想に殉じたが、現実を知って考えを改めた。

 はじめから間違えていたのだ。すべてが無駄だった。それに費やした時間も思いもなにもかも。今ではただの思い出。

 ルシファーは、もう手には入らないこの瞬間に思う。

 過去とは、思い出だ。綺麗なまま今とは切り離された一つの断片。

 理想は、理想でしかない。


「私たちの夢は、幻だったのさ」


 理想に燃えていた過去の自分とは一転し、諦観を含んだ寂れた言葉。誰よりも理想を目指した男の末の姿は、燃え尽きた灰そのものだ。


「……違う」

「なに?」


 だが、ここで変化が起きる。まるで灰の中から炎が蘇るように。

 夢の残骸から、新たな意思が叫ばれる。


「そんなことはない!」


 ミカエルは誰よりもまっすぐな目で叫んだ。決して諦めない男が、諦めた男に言うのだ。


「約束したはずだルシファー! 私とお前で、必ずや理想をかなえてみせると! 神の秩序のもとに地上を平和にし、人々を幸福に導くと。お前がそれを諦めたとしても!」


 それが不可能だとルシファーは知っている。そんなものは幻想でしかないと。

 では、なぜ、こんなにも。


「お前との誓いは、私が果たす!」


 彼の言葉は、自分の胸を打つのだろう。

 彼の姿がルシファーにはまぶしく見えた。彼の放つ輝きに目を逸らしそうになる。

 彼が署名を見せてくれた時と同じだ。自分にはないものをミカエルは持っている。それに向かって突き進んでいる。夢を諦め別の道を選んだ自分には、進むごとに汚れていったというのに。

 彼は、こんなにも美しい。汚れも罪もない、真っ白な理想。


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