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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
252/428

二度と理想を語るな、裏切り者め

 ルシファーの前に現れた者。その者が、烈火の気迫と共に睨みつけてきた。


「世界を平和にするという理想のため、神の愛に応えるため、それが私たち天羽の正義。しかし、お前は神を否定し、平和を乱した」


 彼女は白い長髪を揺らし、戦意を爆炎のように発していた。


「二度と理想を語るな、裏切り者め」


 地上戦の英雄、新たな四大天羽。ウリエル。悪を燃やし尽くす正義の体現がそこに浮いていた。

 戦仕立ての甲冑姿に着替えるだけでなく彼女の周囲は燃えている。揺れる炎熱すら衣服の一部であるかのように彼女は自然と炎を展開していた。炎と共に出現する様は神話そのものだ。

 四大天羽の三体と比べても引きを取らない実力者。

 ウリエルは、剣を抜いた。


「天羽長。あなたはかつて私にこう言った。苦しみを取り除けば、人は善い行いをすると。しかしそれは違う」


 語気は抑えてあるものの彼女からは高熱の戦意が漏れ出している。言葉をかけられるたび肌が焦げていくようだ。彼女の戦意が炎ならば体は器、抑えきれない熱が伝わってくる。

 ウリエルは過去を振り返りながら話していく。それは遠見の池で二人が言葉を交わした時のことだった。


「人には善の心と悪の心、両方がある。苦しみがなくたって、人は罪を犯す!」


 ウリエルの周りに展開する炎が爆発した。熱風がウリエルだけでなくルシファーの長髪も揺らしていく。

 ウリエルの怒りが燃えている。今すぐにでも眼下の城へ攻め込み人々を燃やし尽くさんほどに、その目は怒気に染まっていた。

 変わった。彼女も変わった。人の生活を覗き見ては乙女のように微笑を浮かべていた頃の彼女はもういない。

 この五年、天羽殺害から端を発した天界紛争による人類の窮地で、彼女は多くの人間の醜さを見せつけられた。憧れていた人々の幸福の裏側で、自分のために他人を貶める行為を知り過ぎた。

 人を助けるのではなく、騙す者。

 与えるのではなく、奪う者。

 作るのではなく、壊す者。

 いくつも見てきた。いくつも見せられた。人の持つ悪意に、その大きさと多さにウリエルは悲観と絶望を繰り返してきた。

 そして、怒りに支配されていた。

 時代は彼女に味方している。彼女の怒りは正しく天羽の掲げる正義と一致していた。彼女は心置きなく正義を実行し、そのたびに称賛された。

 彼女を止められる者も止める者もいなかった。彼女の正義は加速して炎は拡大していく。

 付いた異名が神の炎。神に逆らう愚者と悪を燃やし尽くす炎の化身。

 彼女はウリエル、誰よりも正義を実現し、天界紛争をきっかけとして名を上げた天羽だ。

 変わり果てた彼女を見つめながら、ルシファーも言葉をかけた。


「では、善き心を信じよう」

「いいや、管理すべきだ」

「…………」

「…………」


 視線がぶつかり合う。無言の間で二人は分かり合っていた。会話の余地はない。もとより話し合いで済む線はとうの昔に超えている。

 敵だ、倒すしかない。

 互いの剣先が僅かに動く。次の瞬間、二つの剣は衝突していた。


「うおおおおお!」

「はあああああ!」


 気迫が爆発する。初撃の激突から二人とも全力だ、振るう剣撃が連続で衝突していく。両者の間の空間すら弾けそうな猛烈な攻撃がぶつかっていく。

 ウリエルの表情が歪む。ルシファーの一撃が重い。打ち合いをしているだけで指の骨が折れそうだ。ウリエルは羽を広げ後退すると右手を開きルシファーに向けた。


「無価値な(ファイア・オブ・ノーライフ)!」


 彼女の全力、破滅を宿した業火が空間を蹂躙した。彼女が持つ最強の概念攻撃。彼女にしか使えない唯一無二の力がルシファーを襲う。

 迫る青白い炎の奔流にルシファーは急いで翼を動かし回避した。これは防御できない。どれだけ力が強くても無駄、峻厳(しゅんげん)のオーラもこれを前にしては意味がない。

 ルシファーは宙を高速で移動していく。ウリエルは逃げるルシファーを追いかけるように無価値な炎を放射していく。その度にルシファーは華麗な旋回を見せ躱していくが、それによって流れ弾が周囲を襲い始めた。

 慌てて周囲の天羽たちが離れていく。ここにいれば巻き添えを食らう。即ち死ぬ。みなが必死になって離れていった。

 迫るいくつもの炎にルシファーは一気に防戦一方に追い込まれている。一撃でも受ければ致命傷になりかねないのだ、うかつには攻められない。それをいいことにウリエルは攻撃の手を休めることなく繰り出していった。

 だが、一瞬の隙。ウリエルの第一射から第二射に移るまでの僅かな間。ルシファーの目つきが細くなる。

 ルシファーは空間転移でウリエルの背後に回り込んでいた。距離という過程を吹き飛ばし一気に切り込む。空間を超越する者に間合いというものはない。いつ、どこから、本気の一撃が飛んできてもおかしくない。そういう意味ではルシファーも無価値な炎と似たようなものだ。

 どちらも安心できない。いつ死んでもおかしくないのだ。

 背後からの奇襲、しかも攻撃していた態勢とあって振り返ることもできない。とった。ルシファーは確信し魔剣を振り上げていた。


「ファイアウォール!」

「!?」


 その確信は、視界を覆う炎の壁に崩壊していた。

 ウリエルを取り囲むように発生した無価値な(ファイア・オブ・ノーライフ)による防壁。一瞬で目の前は炎で覆われ熱が皮膚を焦がす寸前だった。近接距離での突然の発火。ルシファーが再度空間転移で回避できたのは幸運だった。もしあと少しでも近づいていればとられていたのはルシファーの方だ。

 距離を置きウリエルを見つめる。彼女は物静かな姿勢で背後を見せていた。無価値な炎のファイアウォールは消え去り残り火が辺りを漂っている。ルシファーは彼女を見つめながら危機感がふつふつと沸いていた。


(誘われたか)


 ルシファーーが行った奇襲。完璧な一撃に見えたそれはしかしウリエルの作戦。遠距離攻撃に出ることで空間転移を誘導し、近づいたところを無価値な(ファイア・オブ・ノーライフ)で滅ぼす。結果的に失敗したものの見事な戦術だった。


「やるな、この五年で腕を上げたようだ」

「誰のせいだ」


 ウリエルがゆっくりと振り向いた。青い瞳がルシファーを睨む。そこに親愛の情はない。


「お前が反乱など起こさなければ、私はここまで剣を振るう必要はなかった」

「それは言い訳か? 多くの命を奪ったことの」


 ウリエルの視線が鋭さを増す。それを彼は受け止めた。


「仕方がないと割り切り、必要のない犠牲をいくつ生んだ?」

「詭弁は止めろ、お前の言葉に惑わされるほど、私は甘くない」


 ウリエルが完全に振り返りルシファーに正面を向ける。空中の風が吹き白い髪が流れていく。


「神が提唱する恒久的平和。完全なる管理によってそれは実現する。誰も飢えることなく、苦しまず、理不尽のない世界が完成しようとしていたんだ。なのに! お前は裏切った! なぜだ『ルシフェル』! なぜ!?」


 言葉の途中で糸が切れたようにウリエルの感情が高まっていた。話していると思い出していく。昔のことを。かつての姿を。二人で、遠見の池で話していた、温かな時を。

 ウリエルはその時のルシファーを尊敬していた。優しく、明るく、気さくで。自分にないものを多く持っていた。なにより、人を愛していた。

 自分と同じように。

 なのになぜ、こうも違ってしまったのか。


「なぜよりにもよってお前だったんだ!? お前だって、平和を望んでいたんじゃなかったのか!」


 彼女の叫び声が周囲に響く。迫るような熱意と、今にも泣き出しそうな悲壮のある声だった。

 遠見の池で笑い合った思い出が、毒のように胸を締め付けてくる。


「あの時の、優しいお前はどこに消えたんだ!」


 ウリエルは悲しみの糾弾を上げていた。軋む胸の痛みに耐える。

 けれど、彼女の慟哭に答えるのはたったの一言だった。


「私は、ここにいるさ」


 変わらない、昔のままの声調で。真っすぐな瞳に真剣な表情は思い出にある彼の顔そのままだった。


「ウリエル、争いのない平和な世界。その実現のために人類を管理下に置くこと。それは確実に争いを無くすだろう。しかしそれは支配であって平和ではない」


 ルシファーの言葉をウリエルは戦闘態勢のまま聞いている。


「お前たちのしようとしていることは楽な道だ。だが理想とは、困難な道にこそ求めるべきものがある!」


 そんな彼女にルシファーも語気を強め言った。表情にも熱が入る。


「お前が愛した人の笑顔も、優しさも、時に苦境があるからだ。だから人間は努力し、他者を思いやり、達成していく。それを管理してしまえば、人からは達成すべき目標がなくなり、他者を助ける場面も消え、人は努力を失うだろう。お前が愛したすべてを、お前が殺しているんだ! なぜそれが分からん!?」

「愛しているからだ!」


 だがウリエルも負けていられない。ルシファーの論調に反論を叩き付ける。


「弱い者が踏みにじられ、苦しみ、泣いている! そんな人たちをもう見たくない。もう見たくないんだ私は! そう思うことの、なにがおかしい!?」


 それは優しい彼女らしい、純真な願いだった。

 彼女は変わったが、根柢にあるものは変わらない。

 平和な世界で、人々が笑っていること。それは見るだけで胸が温かくなる。そんな幸せを作りたい。


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