怒れる暴君。彼が激しく戦うほどに、比例して彼の悲しみが伝わってくる
ルシファーを二人から引き離すためラファエルが弓矢を発射する。一つの光矢は空中で分裂し幾条もの光が襲いかかる。ルシファーは空間転移で場所を変えるがラファエルの矢は追尾機能を持っており出現したルシファーへ軌道を変えてきた。ラファエルは次弾を発射した。今度はさらに数が多い。そのすべてがルシファーを追いかけていく。ルシファーも躱すがその間にラファエルは弦に手をかけ、光矢を射った。
その数、百にもなる光の矢が空中を走り回っていた。他の堕天羽には目もくれず本命へ突き進む。ルシファーは勢いよく上昇した。その後を矢の群れが追いかける。ルシファーが上昇を止めると矢は彼を囲い込み全身へと突撃した。
時間操作は使えない、ガブリエルが止めてくるはずだ。百にもなる矢の群れをどう躱すか。いや、躱すまでもない。
ルシファーは声を発し周囲へ気合を叩き付けた。赤いオーラが急激に膨張し、迫る矢を全弾吹き飛ばし、砕いていた。光の矢はガラスのように飛び散っていく。
ルシファーは悠然と宙に立ち、真下にいる三体を見下ろした。四大天羽たちは三体とも厳しい表情で見上げ、それぞれの武器を手にルシファーへと飛び出した。
ガブリエル、サリエル、ラファエルがルシファーを囲い攻撃していく。それらをルシファーは応戦していく。峻厳のセフィラーで強化された圧倒的な力は三体を以てしても打倒できないほど強大だった。ルシファーの振るう刀身に押される。自分の武器とルシファーの剣がぶつかり合う度に後退させられ、負けじと突撃していく。ルシファーもただ受けているだけでなく相手の隙を見つけては全力を込めた一撃を打ち放っていった。
そうして四体は流星のようにこの戦場を飛びながら武器を交わしていった。
数では有利なガブリエルたちだったが三体とも表情を険しくしている。力に差があり過ぎる。彼らが決して弱いわけではない、四大天羽の単純な肉体強度はその他の天羽を超えている。ルシファーが頭一つ抜けて強いのだ。ならば他の手段で倒そうにもあらゆる手段を無効にしてくる。ガブリエルの能力も相殺され、サリエルの邪眼も通用しない。ラファエルのセフィラーによる即死もそれを操れるルシファーには通じない。
唯一の戦法が白兵戦だった。強大な力を振るうルシファーに苦い表情をしながらも三体とも果敢に攻めていく。
対してルシファーは、怒りの形相を浮かべ激しく剣を振るっていた。鬼気とも呼べる迫力でかつての仲間へ殺意を突き刺す。
五年前のルシファーを知っている者ならば敵視しながらも目を疑う光景だったかもしれない。まだルシフェルと呼ばれた頃の彼は優しく、なによりも仲間を大切にする者だった。そんな男が親しかった者を手にかけるという非情な行いを躊躇いなく行っている。その姿は必死で激しい怒気を発していたが、同時に悲しいくらいに痛々しかった。
仲間を失った悲しみがルシファーを支配している。その感情を怒りと憎しみに変え、ルシファーは狂ったように戦っている。
怒れる暴君。彼が激しく戦うほどに、比例して彼の悲しみが伝わってくる。
その様は、痛ましかった。
だが、そうだとしても彼は倒さねばならない敵だ。ガブリエルは全力でルシファーの剣撃に応じ、吹き飛ばされたサリエルも戦闘に加わった。ラファエルが援護する。
ルシファーの連撃がガブリエルを狙い撃ちにしていた。上段、横薙ぎと続く攻撃をガブリエルは両手で支えた刀身で必死に受け止めていく。一撃が当たるたび衝撃が全身を駆け抜ける。このままでは防ぐ剣が吹き飛ばされ斬られる!
「無視してんじゃねえ!」
サリエルが背後から強襲した。ガブリエルの窮地に駆ける。鎌を両手で振り上げ無防備な背中に突き刺そうとした。
「はあ!」
ガブリエルもタイミングを合わせルシファーに剣先を突き出した。咄嗟のコンビネーションは最高の形で挟撃を完成させた。
「く!」
「な!?」
だが、望んだ結果は得られなかった。
ガブリエルの剣先を、ルシファーは素手で掴んでいた。振り払おうとしてもビクともしない。ルシファーはガブリエルの動きを止めると振り返り、両手を上げていたサリエルを切り裂いた。
「がああ!」
見透かされていた。サリエルは胴体を斜めに斬られ、傷口に手を当てながら急いで後退していく。出血がひどい、重傷だ。
ルシファーはゆっくりとガブリエルに向き直った。彼の目がガブリエルに向いた時、彼女の危機感が一瞬で最大まで膨れ上がった。まずい。そう思うが剣は握られている。逃げられない。
やむを得ない。ガブリエルは剣から手を離し空間転移を行なった。ガブリエルがいた場所をルシファーの剣が通過したのはその後すぐだった。
ガブリエルは離れた場所に出るなり叫ぶ。
「ラファエル!」
「分かってるわ!」
ラファエルはサリエルに手を向け己が授かった力を発動した。
「栄光へと至る第五の力(エイス・セフィラー、ホド)!」
ラファエルの手の平が優しい光を発する。サリエルの傷口も同じ光で包まれ瞬く間に傷が塞がっていった。
「しくじった」
「油断しないで」
サリエルの悪態に余裕のない声でラファエルは応える。
ルシファーは握っていた剣を捨て手を開閉させた。手の平には切り傷があり血が垂れている。しかしその手がラファエルと同じ光に包まれ傷は完治した。ルシファーも自分に栄光へと至る第五の力(エイス・セフィラー、ホド)を発動したのだ。
その後ラファエルを睨みつける。ラファエルは視線に圧されながらも気丈に彼をにらみ返していた。
「ラファエルを守りながらいくぞ」
ガブリエルが指示を飛ばす。回復手段を持っている仲間は戦場では特に貴重だ。彼女さえ無事なら多少の無茶は帳消しだ。死んでも死なない。
ラファエルの前にガブリエル、サリエルが立つ。ガブリエルは空間転移で自分の剣を手元に出現させた。それを持ち片手で構える。サリエルも鎌を回してから構え、二人の背後ではラファエルが光矢を弓にセットしルシファーを真っ直ぐに狙っていた。
ルシファーは三体分の戦意と対峙する。それに負けないほどの膨大な感情が胸の奥で渦を巻き、混濁となった情念は攻撃的な意志と直結する。
互いに回復手段持ち。このままでは戦いは長引く。どちらがさきに致命の一撃を入れられるかが先決だ。しかし二体はラファエルを守る形で戦い、倒すたびにラファエルが回復するのだから厄介だ。ルシファーも戦いながら自身に掛ければまず負けない。
この戦い、長期戦になる。
誰もがそう思った。
その予想を、覆す。
ルシファーは片手を上げた。理想と正義を果たすため、仲間の死に報いるため、彼には勝利が必要だ。
ガブリエルとサリエルが突撃した。一六枚の羽がルシファーに迫る。
ルシファーが望んだもの、それはかけ離れたものになってしまったかもしれない。叶えたかった願い。それは望めば望むほど、走れば走るほど逆行していく幻だったのかもしれない。
この戦場に、見たかった笑顔はない。
あるのは敵意と死体だけ。理想を求めた自分すら変わってしまった。
平和も人々の幸福も、どこにも見当たらない。仲間を裏切ってまで手に入れようとした夢は、もう手の届かない彼方まで離れてしまった。
ぜんぶ、自分が引き起こしたせいだ。正義だと信じ、自分の心が望んだ道を選んだこと。それは取り返しのつかない罪だった。
だが、
しかし、
だとしても。
彼には、勝利が必要だ。
不格好でも、無理だとしても、いつの日かこの道が人々に笑顔を与え、それが叶うと信じているから。
これが、戦場で輝く究極のセフィラー!
「勝利を引き寄せる第七の力!」
彼は発動した、抱いた理想を貫くために。自分の道は間違っていないと信じているから。
平和な世界にしたいという願いが、間違っているはずがないのだから。
絶対勝利の法則。後の聖騎士ヤコブの神託物が用いる『勝利を引き寄せる第七の力』は勝率を上げるセフィラーだ。コイントスを行なえばその的中率を五割から六割、七割と増やすことができる。勝利を引き寄せるそれは運命や因果律といったものへの干渉だ。
だが、ルシファーが用いる場合に限り、『勝利が確定する』。
ルシファーは剣を構え迫る二体へ駆けた。二体の間を高速で飛び抜けラファエルの横を通過する。
一瞬の出来事。時間操作ではない、純粋な超加速だ。三体ともルシファーの動きに反応できず、認識すらできなかった。
そして、三体は重傷を負った。
なにが起こったのか分からぬまま敗北を突きつけられていた。まるで意味不明なジャッジキル、一対一の決闘で突然背後から刺されたような不意打ち。実際、斬られたのになぜ斬られたのか分からない。
それもそのはず、この勝負に意味はない。決まった勝利に過程が無理やり合わせただけの、不条理で、達成感も感動もない、形だけの勝利だ。
ルシファーの背後で三体が落ちていく。空を睨みながら手を伸ばす。けれどそのさきにいる男には届かない。
ルシファーは落下していく三体を睨みながら見下ろしていた。彼らの体が地面に衝突するも起き上がる気配はない。仕留めるならば今。ルシファーはラファエルに狙いを定め剣を構えた。
だが、輸送艦から重力リフトが投射され三体に当てられた。回収するつもりだ。
「くだらん」
それよりも早くに倒す。ルシファーはすぐさに降下しようとしたが、四つ目の重力リフトの光が自分の目の前に当てられた。そこから影が一体送られてくる。
「お前は……」




