雪の町
雪の町までの道中は、推奨レベル65程度の道だと下調べしていたのだが……どうやらシャルエルとル・ナハがここいら一帯のモンスターを倒し尽くしていたのかもしれない。
俺達は戦闘らしい戦闘を一度も行わないまま、高難易度ダンジョン霊峰ノクトールの麓にある雪の町へとたどり着いた。
その景色はまさに雪国。
木造の建物が立ち並び、全ての家から伸びた煙突が白い煙を吐いている。しかし、行き交う人々は骨らしい被り物をしておらず、そのほとんどが体に獣的特徴を持った〝獣人族〟であることが窺えた。
薪を背負った熊のような体の男性。
魚を売り歩く猫のような体の女性。
慎ましい活気といえば妙な日本語だが、そんな印象を受ける場所だった。そしてここが、俺達が目指していた場所。
「雪の町。アルデの――」
視線を落とすと、アルデの様子は思ったよりも普通だった。
「なにか感じるものはあるか?」
『ううーん、特には……』
無理している風ではなく、本当に何も感じていない様子。この状況にアルデはむしろ焦ったように、何か見知ったものが無いか探している始末。
ほとんど何も下調べせずに雪の町へと来てしまったから〝何かが起こり、それに身を委ねる〟つもりだったので、この先何をすればいいか考えていない。
参ったな――。
適当にこの町を探索するか?
そんな事を考えていた時だった。
「お、おい、あの子ッ!」
アルデを見たNPCが騒ぎ始める。
一人のその発言を皮切りに、雪の町の住人達はアルデを見て怯えたように騒ぎ出す。
来たか――イベント。
《真名解放クエスト発生!真名解放クエスト発生! 対象プレイヤー名【ダイキ】 このクエストを受け直すことはできません!》
目の前に表示されるメッセージ。
そして続くようにクエスト名が現れる。
《真名解放クエスト:禁忌の子 が、開始されました。近くのNPCに話を聞いてみましょう》
禁忌の子――。
不穏なクエスト名だが、間違いなく〝真名解放クエスト〟とあった。やはりこの場所はアルデに関連する何かがあるんだ。
「アルデ、少し耐えられるか?」
『大丈夫!』
見ればアルデに寄り添うように他の召喚獣達が集まっていた。その中心に立つアルデはすでに覚悟を決めていたのか、酷く動揺する様子は見られなかった。
俺は最初に声を上げたNPCに話しかける。
するとNPCは機械的にクエストに関する語りを始めたのだった。
「その子は禁忌の子――禁忌を犯した者達が住まう場所はここじゃないわ! その洞窟を抜けた先があなたの居場所! この場所に来るならば〝仮面〟を付けなさい!」
禁忌の子、かぁ。
真名解放にはやはり〝召喚獣達の親〟が深く関係していることは、花蓮さんからの助言や海竜神様のイベントで連想できている。だから今回もきっと、アルデの両親が登場するのだろうと予想していた。
魔王術と関係があるのか?
禁忌と聞いて真っ先に思い浮かんだのはそれだ。
アルデは部長よりも魔王術に関しての自覚や知識が乏しい。それがこの禁忌に関連している可能性を感じざるを得なかった。
「とりあえず洞窟の奥に進もう」
この場所に長くとどまる必要もないと感じた俺は、アルデを気遣いながら洞窟へと進む。そんな俺達をNPC達が野次馬の如く集まりながら、怪訝な顔で見送ったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
洞窟をしばらく進む――
前方に出口が見えてくると、急にアルデの様子に変化が見られた。
『ある……なにか、あの場所に……!』
怯えるというよりも、早く見て確かめたいという、なにか取り憑かれたような様子で駆け出すアルデ。俺達は彼女を追うようにして洞窟を抜けた。
抜けた先、広がった光景は先ほどの雪の町と同じような景色だった――しかし唯一、唯一にして最大の違いは、皆が皆、動物の骨を加工した仮面を付けていたのだった。
間違いない。ここだ。
『ある。ここ、来たことがある』
その光景に釘付けになるアルデ。
すると近くを歩いていたNPCが恐る恐る声を掛けてくる。
「まさか……武器商ン所の……!」
そのNPCはアルデの顔を見るなり、何かを察したようにその場から立ち去った。
武器商の所の子――ということか?
この町の武器商人こそ、アルデの親?
「アルデ……」
『行こう!』
俺が確認するよりも先、アルデは決意を秘めた瞳で力強く頷いた。