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9-1その傷は見せないで



「ごめんね、ラルフ。どうしてもあなたにお願いしたくって。」

「いいんだ、メルに頼ってもらって嬉しいよ。」


 夏の日差しが照り付ける。

 私はマリアに日傘をさしてもらうが、ラルフはその黒い髪に煌々と陽光を浴びてさせてしまって若干申し訳ない。


「良かったね、お兄さんのところ、無事に生まれて。」

「ええ。産褥熱もなく、お義姉さまも安定していらっしゃるって。良かったわ。」

「本当に俺が行っても大丈夫?」

「もちろんよ。シルヴェスター様に行かせたら、お義姉さま、気を遣って起き上がってきてしまうわ。」

「確かに。」


 3人で義姉に贈る用の花を切っていく。庭の花たちは夏でも瑞々しく咲いており、そこから少しずつ拝借していく。


「本当は赤ちゃんに会いたかったのだけれど…。」

「屋敷にこもって1か月だね。何か不便していない?」

「ううん、こうやってラルフも遊びに来てくれるし、面倒な集まりにも行かなくて済むから気楽なくらいよ。」


 例の暴漢から追われて1か月、迷惑が掛からないように家に引きこもっていたけれど、その間どのような動きになっているのか、私は知らない。あちらからも何も言わない。というか顔を合わせてもいない。

 義姉に贈るようの花束も見繕えたので、東屋(ガゼボ)の中で腰を下ろし、マリアにお茶をお願いした。


「本当に面倒なのよ…。私が外に出ないからってわざわざ手紙まで寄越してくるのよ?ちょっと見て?」


 ラルフに見せようと思って持ってきていた手紙を取り出す。そこにはいかにも可愛らしい字で実にくだらないことが延々と綴られていた。

 どれどれ、とラルフが椅子を隣に寄せてきて覗き込んでくる。


「ええっと、メルヴィーナ小侯爵夫人様、先日は夫人の旦那様との楽しいひと時をありがとうございました。夫人が外出を控えていらっしゃるということでご懐妊ではという風分も聞いております。どうぞお身体を大事に―――って、うわ、本当にくだらなかった。」

「よく音読できたわね。」


 しかもこういった手紙が何通も来るのだ。色々なご令嬢から。大方、いよいよ公式の場にも連れられなくなってきたかと馬鹿にしたいのだろう。

 リージア様という最大派閥(?)と夫が喧嘩中(?)だからだろうか、その他の名前も覚えていられないご令嬢からのやっかみが凄い。

 わざわざ手紙をしたためてくれるなんて、ご苦労なことだ。


「俺ならこんな手紙、メルの手元に渡る前に破り捨てちゃうけどな。」

「…ん?」


 私の疑問符に、どうかした?とでも言いたげな表情で覗き込んでくる。いや、どうしたもこうしたも、距離がおかしい。

 隣り合って座るのはまだいい。しかし、ラルフの長い左腕が、私の方の椅子の背もたれまで伸びてきているのだ。


「…近くないかしら?」

「そう?この間はもっと近かった思うけど。それに比べたら、ねえ。」

「あ、あの時は…不可抗力というか、仕方がなかったというか…。」

「え、何?聞こえない。」


 そう言ってわざとなのか何なのか、そのまま首を傾げ私の肩にもたれてくる。

 黒い柔らかい髪が首筋に当たってくすぐったい。


「ね、何、急に…マリアもそろそろ戻ってくるから…。」

「え、いいんじゃない?シルヴェスター様だって外で愛人つくっていいって言ってるんくらいだし。」

「いやいや私たちそういうのではないでしょ…。」

「仕方が無いな、教えてあげる。さっき窓ごしに、シルヴェスター様が帰って来たのが見えた。」

「え…今日は夜まで予定があるって聞いていたのに。」

「俺が来るって聞いて、慌てて帰って来たんじゃない?」


 ラルフはけたけた笑っている。ラルフくらいだ。シルヴェスター様を恐れないのは。


「最近あの人変なのよ…。リージア様と喧嘩中なのか何なのか知らないけど。」

「へえ。」

「この前も酔って帰って来たの、珍しく。」

「ふうん。」

「あっ、ごめん、興味ないよね、こんな話…」


 ラルフが珍しく興味なさげに相槌を打つので、慌てて右下の彼に謝る。

 すると、ふるふると頭を振るものだから、首に黒髪がこすれてくすぐったい。


「大丈夫だよ、面白くなかっただけ。」

「ご、ごごごめん…!!」


 普段優しい人の「面白くない」は威力がありすぎる。申し訳なさすぎて消えてしまいたくなっていたところに、丁度マリアがお茶を持ってきてくれたので、助かった。




 ◇





「その弐!おそろいコーデをするべし!!!」

「…はい…?」


『明日行くわね!』というなんとも簡素な手紙を受け取ったのは昨日のことだった。

 で、今日。

 手紙の差出人である公爵夫人は、仕立て屋一行を引き連れて、宣言通り我が家に来てくれたのである。


 勢いに流された私はするするとドレスを脱がされ、テーラーの慣れた手さばきで採寸されていく。


「ああああの、夫人?全く話が見えないのですが…。」

「やあねえ!前、私のドレスを着せてもらったとき、約束したじゃない!今度は仕立てさせてね、って!」

「ああ…。」


(そういえばそんなこともあった気がするわ…)


「私お洋服って大好きなの!でも自分が着れるのは限りがあるじゃない?体は一つしかないし1年は365日しかないもの…。だからメルヴィーナ様みたいなスタイルのいい若い子、探してたのよ!」

「お、恐れ多いですわ…。」

「で、この機会に1か月半後のあなたの誕生会のドレスを作ってしまわない?」

「あ…。」



 そういえばそんな時期にもなってきていた。

 シルヴェスター様からも「例の件は片付いたからそろそろ外出しても大丈夫だ」と言われている。

 ちなみに何がどう片付いたのか尋ねても、一切教えてくれることはなかった。やはり横暴である。


 それでもやはりなんとなく怖いし、迷惑をかけてしまいそうで外出を控えていたが、自分の誕生会となれば、こちらが招待した人しか来ないし、問題はないだろう。



「ありがとうございます…。」

「と、いうことで!お揃いコーデよ!」

「…はい?」


 色とりどりの布を胸の前に当てられ、正面の夫人が吟味していく。真珠色のサテン、黒炭色のベルベット、紺碧の花柄のジャカード、どれも素敵だ。


「どれも似合うけど…でもラルフ君とお揃いにするならやっぱり葡萄色かしらね~季節的にも。」

「あ、ラルフとお揃いってことですか。」

「そうよ~愛人なんてその時限りのものだもの。楽しまないと。」


 夫人は薄桃の紅をひいた小さめの唇を楽しそうに突き出して、生地を選んでいく。手にしたのは、ワインのような赤紫に同系色の糸で薔薇の刺繍が入った、落ち着きつつも華やかな生地。


「ラルフは…友人で。そんなその時限り楽しんで終わりなんて無責任なこと、私には…。」

「そう?無責任かしら。夫婦の契りを結んでいないんだもの、気持ちの整理はそれぞれの責任だと、私は思ってるわ。」


 夫人は生地をあて、鏡の前に手を引いてくれる。結婚前には選ばなかったこういった色も、20を超えたせいか大分負けないようになってきた。


「それに彼も、この間のデート、楽しんでたでしょう?」

「それは…多分…。」

「なら、いいじゃない。」


 この生地どうかしら、と夫人に尋ねられたので、微笑んで頷く。鏡越しに目が合った夫人は、似合うわ、と可愛らしい笑顔で笑いかけてくれた。


「それにね、」


 夫人が私の肩からうなじにかけて、その細い指で辿っていく。下着姿の私は「何をしてるんだこの人は!?」という思いで背後にいる夫人に向かって振り返るが、怪し気に目を細められウインクでいなされてしまった。

 そのままその指は下りて行き、背中を辿る。



「ずっと仕舞い込んでいたら、何も進まないわ。」



 夫人の怪しげで意味深な言葉の意味はちっとも分からなかったが、嫌な予感だけは背筋の震えによって感じ取れた。




次回から誕生会でラストスパートに入ります~

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