もこもこ 3
その日は数日振りに紅芋を籠に山盛りにして門の前を訪れた。門の前に馬車が止まっている。普段と違う状態に少し警戒して草むらに身を潜めているとジムがこちらに気が付き手でおいでとするので、ゆっくりと姿を現す。サムは立っていた場所としてはサムの方が近かったのに。流石はジムである。
こちらの姿を確認するとサムが馬車に声をかける。すると中からいつも村に来る行商の男が下りてきた。
「これは驚きいたな。本当に草羊が籠を持ってきましたた。」
男はこちらをしげしげと見つめ一人で頷いている。
「言ったろ。ついでに芋の方も確認してみるか?」
「いいえ、あの山羊の姿だけで十分です。噂の甘い紅芋の出所がこの草羊ですか。」
「少し森に入ったところにあの草羊の寝床がある。そこで芋を育てているようだ。あの個体が来るまではあんなに生えていなかったからそこで育てているのだろう。」
ジムの言葉に驚いた。こちらの寝床の場所を把握しているのか。
「害はなさそうだがモンスターが村の近くに住み着いたようだから調べておいた。芋の出所も盗品の可能性を考えたが取り越し苦労だったよ。その分この子のことは信用できると分かったがね。」
「ジムさんはさすがだなぁ。」
「救国の英雄達に名を連ねるだけはありますね。」
「持ち上げすぎだよ。一番の下っ端だったんだから。」
ジムさんが照れている。最初に勇者に付き従いこの一帯の解放を共に果たしたのだからこの辺りでは文句なしの英雄なのに。実際に今回のことでもその実力の一端は見て取れる。さておき馴染みの行商人は自分に興味津々だ。
ここはいつもの首傾げポーズで愛想を振りまいておく。
「愛嬌のあるやつだな。」
「慣れていない人にはそのポーズをとって愛想良くするんですよ。多分こちらの言葉も理解しています。」
ジムさんが行商さんに説明する。完全に見抜かれてるし言葉が通じることもわかってる。
「ジム、それ本当か?犬や猫程度にはわかるとは思ってたけど。」
「試してみろ。」
「じゃあ、紅芋を俺に二個。ジムに三個、残りを籠ごとこの人に渡してくれ。」
数や籠ごとといった指示を含ませてこちらの行動の正確性を測るようだ。いわれた通りに籠を行商の足元に置きそこから3個ジムに持っていき二個をサムに渡す。
「見ての通りだ。サムと僕の事は名前まで把握されていると思ったほうが良い。」
「みたいだな。草羊ってこんなに賢かったのか。」
「いや、この子ほど賢いのは僕も見たことがない。草羊のような弱いモンスターでここまで賢いのは考えにくい。」
「ユニーク個体か似た見た目の上位種ですかな。」
行商さんが言う。
「おそらくはユニーク、特異個体でしょう。村に対して害意は無く、住人にも友好的、というより敵対するデメリットを理解しているのでしょう。」
「ふむ、単に良質な紅芋を仕入れるつもりが、も面白いものが見れました。しかし同時に困りましたな。てっきり誰かが従えているかと思ったので、この子は通貨での取引に応じてくれるでしょうか。」
「そうだな草羊が金を欲しがるかな。」
「通貨による取引も理解はしているだろうが、同時に自分が使えるかもわかっていそうだな。」
たしかに金での取引は現状嬉しくない。金も荷物だ限られた所持枠を埋めるのは少し躊躇われる。物々交換が望ましい。視線を馬車の方へ向けてみる。
「何か私の積み荷から交換したいのかな?」
問いかけに頷く。それに応じるように行商は幌を開き中を見せてくれた。中は数個木工細工があるだけだ。他には食料等の生活用品がある。もともと外部から荷物を売りに来ているのだ。薪や木材を出すときでもなければこんな物だろう。これなら適当に食べ物と交換でいいかなと思った時に、隅に積まれた本が目に留まった。
一見中世程度の文明水準にみえる世界だが魔法があるのでどれほどの発展かは不明だ。なので案外製本された本も珍しくないかもしれない。しかしその隅に積まれている本は見覚えがある。明らかに通常の本とは異なる。何せ背表紙に書いてるタイトルが
『経験値の書 微』
である。小さく日本語でフリガナがふってある。訳が分からん。
設定資料集で見たことある。別のゲームのモンスター育成用の消費アイテムだ。使うと無くなり経験値が入る。同様にスキル覚えるものもある。いわゆるスキル書等と表現されるものだ。
それが3冊無造作に積まれている。背表紙が2冊はこちらから見えないが後の2冊もスキル書だろう。
「お、それか。白紙の書だけどそれでよいのか?」
少し困惑した声で行商が訪ねる。首を縦に振り三冊を持ちだす。代わりに芋の籠を馬車に積み込む。おまけで薬草も収納から取り出し空き箱に入れる。
「おいおい、こりゃ薬草か一目でわかるほど魔力を含んでる。」
「薬草なんて隠してたのか。というかクズ本でこんなにもらったら悪いぜ。3冊も抱えてるアンタもどうかと思うが。」
「それは言うな抱き合わせで買うしかなかったんだ。」
サムと行商のやり取りを聞くにあまり価値の無いものだと思われてるようだ。
「本当にそれで良いのかい?それはスキル書に見えるけど中身は白紙で置物程度の価値しかないよ。」
ジムが説明してくれるのを聞き流しながら勇んで本を開く。経験値の書を開くと文字が飛び出してきた。一列の帯状に並び浮かび上がった文字がそのまま自分の額に飛び込む。それと同時に内容が頭に入ってくる。文字に書かれた内容を追体験するような感覚だ。そしてすべての文字が取り込まれ同時に本は消え去った。というより本が解れて文字となったようだ。
「おいおい、まじか」
「あれは白紙の書で間違いないはず」
「だが、今のは通常スキル書が発動した時と同じだった。私も何度か使ったし見たこともある。」
3人が驚いている。このスキル書は登場するゲームでは仲間モンスターに使用するもので、プレイヤー含めた通常の仲間には使えないアイテムだ。こちらの世界でも同じなのだろう。そして恐らく人間用のスキル書もある。そっちは高価なのだろう。
「これが何か解って欲しがったのか。だから追加で薬草もくれるも。この子は本当に特別なようだな。」
「それよりクズ本がモンスターに使えたってことが驚きだ。世のテイマー達がひっくり返るぞ。」
「おそらく本を読むことを理解できなければ発動しないのだろう。人も知識が足りなければスキル書は発動しない。使えるのはこの子くらいの物だろう。」
確かに人間用のスキル書はスキルや種族などで覚えられるものに制限があった。多分ジムの言う通りなのだろう。残り2冊のタイトルを確認する。一つは『毒体制 微』もう一冊は『治癒魔術 微』2冊とも経験値と同様発動する。使用した感覚としてはどうもスキルも経験値制の様だ。毒に少し強くなり、本当に回復量とが僅かな回復魔法を覚えた感覚だ。対象も触れている相手か自分のみ。
アイテムと装備しかなかったメニュー欄にスキルの項目が増えた。意識すると覚えたスキルが表示される。アクティブスキルとパッシブスキルで項目が違うようだ。パッシブ欄には先程習得した治癒術と毒耐性、そして先程の経験値の書でレベルが上がり覚えた『投擲』がある。アクティブ欄には見たことのない文字で一つスキルがあるこれが治癒術だということは感覚的にわかる。世界観だけでなく設定も混じっているようだ。しかしこの程度でこの一帯の食物連鎖を統べる大蛇には到底かなわない。今後もやることは変わらないだろう。
「ところでなんのスキルを覚えたのだろう。」
行商さんが疑問を持つ。その疑問に答えるために治癒術を試してみる。
「今、使ったのかい?」
使ったことは判ったようだ。
「何だろう、少し身が軽くなったような。身体強化系かな。」
どんなスキルを使ったは分からなかったようだ。ともあれ良い事を知れた。今後もこの行商さんクズ本を持ってきてもらえたらうれしいが、
「今後はその白紙の書と交換で良いのでは?芋がいくらで売れるかはわかりませんが白紙の書ならそこまで高いものでないですし、この子には価値のあるようですし。」
ジムさんありがとう。察してくれる。おかげで今後は芋の売り上げで買ったモンスター用のスキル書を持ってきてくれる事になった。
行商さん、カルパルさんと名前を教えてくれた。カスパルさんはその後も誠実に取引の明細付きでスキル書を持ってきてくれるようになった。芋の売れ行きは良いようで、さらには最初に渡した薬草も評価が高いらしい。こちらと金は欲しくないので別にそこまでしてくれなくても良いのに。人と交流できるだけで自分には価値があるのだから。
それから半年ほど芋を週に一度程度のペースで出荷しながら過ごす。薬草も探すのを忘れない。その合間に門番の二人から色々と話を聞いた。特にサムがこちらが言葉を理解していると知ってから色々と話してくれる。聞けば聞くほどファンタジーな世界だ。剣と魔法の世界で魔王もいるらしい。それも複数。魔王や魔界の勢力と領土の奪い合いを繰り返している世界だが、人間同士も種族の違いなどから戦争をするらしい。丁度ジムが参加していたのもそういった人同士の戦争だという。
「魔族の介入もあったから完全に人同士というわけではないけどね。」
ジムがいうには魔族と同盟を結んだ共和国の侵略だったという。民主制の共和国は頭を一人潰してもまだ国全体を変えるには足りず結局大きな犠牲を生むに至ったらしい。
「ああいった事はもうたくさんだね。」
そう語るジムは哀愁漂う男だった。本当に英雄なんだな。
またファンタジーにおなじみのダンジョンとその探索者もいるらしい。ダンジョンは洞窟や城のような建造物に限らず草原や森林など様々な形態のものがあるという。ちょっと想像と違うのでイメージできなかった。それなりの大きさの町などにある職業斡旋所で攻略参加などが依頼される。組合やギルドと呼ばわれるらしく国を跨いだ組織だそうな。
この世界の人々の暮らしが垣間見えた話だったぞ。




