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気が付くと見慣れた木漏れ日の下だ。
こちらの世界で過ごし始めて半月は経ったろうか?日数はあまり気にしていない。過ごしてみてわかったが、世界が変わるとなんというかそれだけで価値観が変わるというか、以前は仕事や娯楽にやりたいこと、したいことが沢山情報として流れてきて目まぐるしく変化し、追いかけるのに必死だった。それはそれで苦しい時もあったが楽しくもあったのだが、こちらに来て変わらない森の中でのんびり過ごすだけの時間を過ごすと、あまり執着というか惜しいと思わなくなる。
こちらに来てからの期間でいくつかわかったことがある。まずはこの身体について。昔やっていたゲームのモンスターになったようだが実際は少し違った。細かいところのデザインが記憶と異なるのだ。どうやらゲームによく似た異世界にいるようだ。ただし、非常によく似ており、出現モンスターの種類が記憶通りだったりと、ゲームの知識をもとに考えて問題はなさそうである。
そしてこのモンスター、どうやら動物と植物の中間のような存在であるようだ。基本的に水を飲み日光を浴びているだけで腹が減らないのだ。そして新緑色の毛皮は元の世界の葉緑素のようなものを含んでおり光合成に似たことをしているようだ。光合成にしては効率が良すぎるので別の要素が絡んでいるのが容易く想像できた。
その別の要素というのが大事である。ゲームの世界に、いわゆるファンタジー世界に来たのだ。当然ある期待してしまう。魔法の存在に。記憶によればこの毛玉モンスターはレベルアップで魔法を覚える。育成時にスキル書という消費アイテムで覚えさせることもできたが、単にレベルアップだけでもいくつか習得することができた。最初に覚えるのは熱を帯びた光球を打ち出す魔法だ。ゲームではおなじみの魔法で成長するとその系統の最上位魔法まで覚えられるはずだ。今のレベルがわからないが、使えないか試したところ、ぼんやりとしたほのかに暖かい光の球を発生させることができた。到底攻撃魔法としては使えないが、それでも頭上に発生した光に感動を覚えた。そして同時に魔力の流れを感じることが出来た。日向ぼっこで日光を浴びながら大気中の魔力を取り込んでいることがそれによって理解できた。
そして魔法とは別にこのモンスターのゲームで描かれなかった部分も分かった。魔力と光合成で生命力を体内で作りだし、活動しているが眠っているときなどに余剰の生命力を大地に流しているのだ。要は排泄行為なのだが、物質的な排泄は無く、その影響で植物の成長を促進している。食物連鎖で生産者であり分解者も兼ねているのだ。このモンスターが居なくなると恐らくここいら一帯は徐々に岩砂漠と化していくだろう。モンスターにも環境や生態系への役割があるようだ。
ちなみに同様に環境維持に貢献しているのは最弱と呼ばれる水滴のような姿のモンスターだ。水に魔力と土壌などに含まれる生命力によって自然発生するモンスターで水や土を奇麗にしているようだ。この二種類がいる土地は緑が生い茂る。農業や林業などの一次産業するにはありがたい存在だ。
そういった理由なのかはわからないが、モンスターを狩りに来た人間には今のところ遭遇していない。記憶では近くに人の住む村もあるし、道も通っていることはこの世界に来た初日に確認している。それなのに人が来ないということは、積極的に狩る対象になっていないのだと想像した。今のところ脅威になるのは夜に現れる大蛇だけである。
この世界にレベルという概念があるのかはわからないが、少なくとも同族や水滴のモンスターを倒してレベルを上げる気には到底なれなかった。水滴のはピョコピョコ跳ね回るだけで何をしているのかはわからないし、同族は基本的に散歩して昼寝して、稀に木の実や根っこや柔らかい葉っぱを食べているだけだ。攻撃する気も起きない。
そんなわけで自分も同族と同じようにのんびり過ごしている。飢えを凌ぐ為の食事は必要性が薄いが、食べ物の味を楽しむことはできる。同族が木の実などをたまに食べているのはその為だろう。実際彼らが食べているものは美味だった。そして美味なものは他の草や果実と違い魔力や生命力を蓄えていたり、その含まれるものが生物に取り込みやすいものだというのはこの数日で分かってきた。
他にも分かったことがある。
ゲームでいうメニューのようなものがあるのだ。アイテムと装備しかないがともかくあるのだ。
装備欄は何となくだが装飾品しかできないようだ。装備できる数は8つ。もしこれが人間対象のものと考えると、表示のされ方的に人型の存在に頭、上半身、下半身、左右の手に足と装飾品が2か所に振り分けられそうな感じに空欄が八つ並んでいる。
アイテム欄だが、よくわからないが毛皮の中にポケットのような入口がありそこから収納できる。枠が16個ありそれぞれ一つの枠に100個までアイテムが持てるようだ。そして収納したアイテムには名前や効能の説明が記載される。現在の収納の手持ちは
甘い果実:森で採取された果実。甘い 26個
ブドウの様なものや小ぶりなリンゴのようなものもまとめて甘い果実扱いである。収納していると痛まないので便利ではある。ゲームが完全に再現されているというわけではないのでこんな物なのかと思うが、そもそも何故このような世界があるのか疑問ではある。単に目覚めていないだけでまだ夢の中という疑惑が残る。
現在はとりあえずものを収納してみてどんな説明が出るのか確認している最中である。殆どが草や土としか出ない。もしかする未鑑定のアイテムで纏められているのかもしれない。最近の現代からファンタジーで行く物語は鑑定能力を持ち、中々便利に使っているようだが、そんな便利な能力は持ち合わせていない。ふと生えている草の中に一枚生命力を多めに含むものを見つける。それを収納すると
薬草 回復薬として使用可。素材
んん?薬草はそういう種類の草のことでなく生命力を含んだ草や葉がそういう効能を持つものを指しているのだろうか?いまいち今いる夢っぽい世界の世界観がわからない。作業に飽きたら最近寝床にしている古い木の根元の洞に戻る。根の下の土が流失したのか丁度、よく屋根のようになっている。そして木に巻き付いている蔓に意識して生命力を流し込む。すると蔓は葉の付け根に小さな瘤をつける。小さなジャガイモのような瘤。むかごである。散策しているときに見つけた山芋の仲間だ。ほかにも地を覆うような蔓がありそちらはサツマイモだ。残念ながらジャガイモは見つかっていない。サツマイモは生命力を込めれば込めるほど甘く、蜜を多く含む。葉も良い香りで美味しい。どちらも一昨日たまたま発見し成長させる実験中である。今のところ順調である。自分以外の同族は気に入った実のなる木の根元でよく昼寝しているので、本能なのか理解しているのかは不明だが植物の成長を能動的に促進している節がある。そして跳ね回る水滴は、水源から離れた場所に水分を運んでいるようだ。どちらも推測で実際は不明である。
そんな状態のまま更に半月が過ぎた。夢から覚める気配は一向にない。昔読んだファンタジー小説は夜寝るとファンタジーの世界へ行き、目覚めると現実で、双方行き来していたが、どうやらずっと夢の中の様だ。もういい加減異世界転移したと認識したほうが良いかもしれない。しかし世界観がうさん臭くて認めたくない。あと自分の姿も認めたくない要因の一つ。そして大事な事なのだが、以前の世界で自分が何者だったのか全く思い出せない。この世界に似たゲームをやり込んでいた事は覚えている。そのプレイスタイルも。どんな世界で自分がどんな価値観を持ち何を学んできたのかも覚えているが、何をしていたのか、そもそも自分の名前や性別すら思い出せないのだ。そのためにこの世界が自分の見ている夢と思えない。しかし記憶の鮮明さから今の世界も現実と思えない。中途半端にふわふわした感覚で今を生きているのだ。
人であることを見失いそうな感覚に危機感を覚えている。そこで行動を起こすことにする。記憶にある通りなら人間の住む村へ行けるはずである。この世界の人間に接触してみるのだ。モンスターの姿の自分を見てこの世界の人間はどのような反応をするのか。そもそも記憶通りの場所に人間は住んでいるのか。
他人との接触で自己同一性を確認するのだ。
これはある種の賭けである。
もし問答用無用で討伐されそうになろうものなら、単純に生命の危険もあるし、その後生還したとしても人間性を維持できるのか、今の自分には自信がない。
ああだめだ、思考が暗くなっている。この世界は今のところ優しく明るくのんびりと自分を受け入れているではないか。きっと何とかなる。この手の小説やアニメも大抵は望まれて世界にやってくるし、受け入れられなくてもそこから成りあがるのはお約束だ。寧ろないがしろにされたら逆転のフラグだ。いける大丈夫。気持ちを奮い立たせる。
そして夜明けとともに移動を開始する。以前見つけた山道を進めば勇者の故郷の村があるはずだ。勇者の仲間モンスターとして世界を旅して英雄譚の一端にを担うのだ。




