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1話

初作品です。



 夜の冷気を僅かに残した空気が、開け放たれた窓から室内へ流れ込んでいた。

 机上に並べられた遺石を一本ずつ鉄筆で叩き、響きと欠けを確かめながら、カロンは今日の行程を頭の中でなぞる。

 宿代は二泊分。保存食は三日。

 次に向かう街までは徒歩で半日強――

「……おはよう」

 窓辺から声がした。

 振り返らずとも、誰のものかは分かる。

「おはよう、カロン」

 半透明な姿で、宙に漂う少女のティアが続いた。

カロンが乾いた薪を炉にくべる。

 ぱち、と小さな音が鳴る。

 その音に混じるように、もう一つ。

「……一つ、消えた」

 鉄筆を持つカロンの手が止まる。

「でも」

 間を置いて、幾何学的な円盤の組合わさった球体を手にした少女…ミーティは、その球体と見比べるように、空を見たまま続けた。

「まだ、一つだけ残ってる」

少女が呟く。

「数は」

青年が、返す、淡々と。

……それが、繰り返される。

「五つ」

「消えたのは」

「四つ」

「残りは」

「弱い。けど、まだ落ちてない」

「……またなの?」

宙に浮く少女が会話に混ざる。

「まただ」

「朝一番で縁起のいい話じゃないなぁ……」

「予定を変える」

「ギルドへ寄る」

「あ、やっぱりそうなっちゃう?」


そして、一行がギルドへと向かうその道中。


「姉さん、今朝は何が見えたの?」

「星座」

「それは聞いた。」

「消えかけ」

「それも聞いた。」

「……冷たい」

「感想まで抽象的なんだよねぇ……」

「場所は」

カロンが口を出す。

「たぶん、西」

「たぶん」

「たぶん」

朝の冒険者ギルドは、酒臭さの抜けきらない喧騒に満ちていた。

 依頼板の前に立ったカロンは、端から順に紙札を追い――一枚で指を止める。

【西方旧坑道第三層調査】

【受理済/報告未達 七日】

【追加確認要員求む】

「七日……」

とティアが呟く。

「低位調査でこれは長いね。」

「編成は」

受付から控えを受け取り、カロンは目を通す。

前衛二、斥候一、術師一、補助僧侶一。

「……初心者混じりか」

受付嬢が答える。

「はい。昨日から追加確認の募集が出ています」

「受ける」

「毎度どうも……って、即決ですか」

「四つ死んで一つ残ってるなら、早い方がいい」

「えっ」

受付嬢の驚きを背に、一行は現地へと向かう。




街道を外れてからは、踏み均された獣道が山肌に沿って続いていた。

 初夏の陽は高いはずなのに、風は妙に冷たい。

 骨馬の手綱を握るカロンの外套が、そのの歩幅に合わせて揺れる。

 その前に収まる、ミーティ。そして、カロンの背中にはつくティア。

 カロンの腕の中で、ミーティが時折空を見上げていた。

「……まだ?」

「まだ」

「減ったりは」

「してない」

「それは朗報と取っていい…のかな?」

「死んでないだけ」

「朗報ではないですね」


西坑道――かつて銀を掘っていたというその穴は、今では魔物の巣として低位冒険者の稼ぎ場になっていた。

カロンは骨馬から降り、少女を…ミーティも骨馬から降ろす。

そして、足とした骨馬の脇で本を開き、地面に置く。

すると、その骨馬は本へと吸い込まれていった。


 ………坑道入口脇には、粗末な木杭と赤布。

 調査隊が目印に残したものだろう。

「ちゃんと入ってはいるんですね」

「帰ってないだけだ」

 カロンはしゃがみ込み、土を指でなぞった。

 足跡は多い。

 だが戻った跡は少ない。

「……急いで入った形跡があります?」

「いや」

「なら?」

「急いで逃げた跡がない」

鉄筆の先で遺石を軽く叩く。

 かちり、と乾いた音。

 直後、白く淡い火が筆先に灯った。

「便利ですねぇ、それ」

「便利で済ませるな」

「毎回言われますけど便利なものは便利だので。」

 軽口を挟みながらも、ティアの声は小さい。

 坑道の空気は湿り、妙な静けさがあった。

「戦闘跡」

「……だね。」

「でも血が少ない」

「運ばれたか、引きずられたか」

「言い方が嫌。」

曲がり角を抜けた先で、ミーティが立ち止まった。

「そこ」

 示された先を灯りで照らす。

 壁にもたれるようにして、一人。

 革鎧の青年が、喉元を裂かれたまま固まっていた。

 開いた目は既に何も映していない。

「ひ……」

 ティアが息を呑む。

 カロンは近づき、膝をつく。

 頸、胸、指先。順に確認。

「完了」

「確認、早くないですか……」

「死んでいる」

二人目は通路脇。

 三人目は崩れた足場の下。

 どちらも、確認するまでもなかった。

「三つ」

とミーティ。

「……言い方が、数えるみたいだね」

とティア。

「数えてる」

「そうなんだろうけどさぁ…」


四人目は、倒れた荷箱の陰にいた。

 法衣の裾が血で黒く固まり、杖は真ん中から折れている。

「四つ」

 ミーティの声が落ちる。

 その直後。

「――い、いやしの、奇跡よっ…どうか、どうか……っ」

 掠れた声が、奥から響いた。

崩れた木柵の向こう、少女がいた。

 まだ幼さの抜けきらない僧衣。

 泥と血に塗れた手で、倒れ伏す仲間の胸に何度も触れている。

「奇跡よ……戻して……お願い、お願いだから……」

 何度術を流しても、返る反応はない。

 それでも少女は止めない。

「まだ、一つ」

とミーティが呟いた。

カロンは瓦礫を越え、少女の前に立った。

「離れろ」

「い、いや……まだ、この人、まだ……」

「終わっている」

「嘘だ!!」

「終わっている」

「お前は終わっていない」

 少女の肩がびくりと跳ねた。

「立てるか」

 少女は答えなかった。

 答えられなかった、と言う方が正しい。

 血と泥で濡れた顔を上げ、縋るような目でカロンを見る。

 その目の奥には、助けを求める色と、まだ諦めていない色と、そのどちらも混ざっていた。

「仲間が……」

「終わっている」

「でも、まだ……まだ治療を……」

「終わっている」

 二度目は、刃のように短かった。

 少女の喉がひくりと震える。

 言い返す言葉は、もう出てこない。

 カロンはその肩を一度だけ見て、それ以上は何も言わずに踵を返した。

 通路の中央。

 最初に見つけた革鎧の青年の前で足を止める。

「ティア」

「……わかった。」

「彼女を見ていろ」

「承認は?」

「任せる。」

「りょーかい。」

 ティアが少女の側へ寄り、肩に触れる。

「ちょっとごめんねー。」

彼女が声を発するや否や、法衣の少女が目を見開く。

まるで、其処に存在している筈もない、幽霊を目撃したかの様に。

 ミーティは少し離れた場所で、ぼんやりとこちらを見ていた。

 カロンは鉄筆を抜く。

 黒鉄の細身に埋め込まれた遺石が、坑道の淡い灯りを受けて鈍く光った。

 筆先で、青年の胸元へ静かに触れる。

「――還れ」

 短い一言。

 詠唱と呼ぶにはあまりに簡素で、命令と呼ぶにはあまりに静かだった。

 次の瞬間。

 青年の衣服の端が、音もなく赤く染まる。

 炎――に見えた。

 だが、燃え上がるものではない。

 紙を焼く火のような激しさも、薪を爆ぜさせる熱もなく、ただ輪郭だけが仄赤く発光し、内側からじわじわと色を失っていく。

 肌が炭のように黒み、次いで灰へ。

 革鎧が崩れ、髪がほどけるように散る。

 それでも炎は揺れない。

 静かなまま、一定の温度で、遺体という形だけを丁寧に削り取っていく。

「え……」

 少女が掠れた声を漏らした。

 赤の中に、ひとつだけ白が生まれる。

 胸の中心。

 灰へ沈んでいく肉と骨の奥で、星屑のような粒が光を帯び、圧され、磨かれ、凝縮されるように一点へ寄っていく。

 白。

 透明。

 そして、微かに内から灯る淡い輝き。

 全てが燃え尽きた時、そこに残ったのは親指の先ほどの結晶だった。

 ころり、と乾いた音を立てて地に落ちる。

 カロンはそれを拾い上げ、指先で付着した灰を払った。

「……な」

 少女の唇が震える。

「何を、したんですか……」

「葬送」

 カロンは答える。

 あまりにも簡単に。

「そんな……そんなの、連れて帰らないと……家族だって……」

「帰る」

 掌の結晶を見下ろし、カロンは言った。

「石になれば、軽い」

「そういう話じゃ……」

「そういう話だ。遺骨はかさ張る。」

 声は冷たいわけではない。

 ただ、揺れがない。

「残すのは形じゃない」

「終わりだ」

 そう言って、二人目の遺体へ向き直る。

 ミーティが、壁際で小さく呟いた。

「……一つ、落ちた」

 坑道の冷気が、僅かに深くなる。

 カロンの鉄筆が、再び静かに遺体へ触れた。


二人目も、三人目も、手順は変わらなかった。

 鉄筆を触れさせ、短く還れと告げる。

 仄赤い静火が遺体を包み、灰にし、その中心から結晶だけを残す。

 火は決して荒れない。

 まるで最初からそこにあった輪郭を、余分なものだけ削ぎ落としていくように、淡々と、均一に、死を終わらせていく。

 カロンの手元に、二つ。三つ。

 小さな遺石が増えていく。

「……っ」

 少女はもう、止めろとは言えなかった。

 言ったところで止まらないことを、カロンの横顔が示していた。

 ただ、目の前で仲間の身体が消えていく。

 その現実だけが、じわじわと胸を締めつける。

「なんで……」

「…………」

「なんで、そんな平気なんですか……」

 三人目を拾い上げながら、カロンは少しだけ目を伏せた。

「平気ではない」

「じゃあ……」

「平気でなくても、終わったものは終わらせる」

 少女は息を詰まらせる。

 その答えは慰めにも救いにもなっていない。

 だが、反論もできなかった。

 最後の一人。

 折れた杖を抱えたまま倒れていた術師の遺体の前で、カロンは僅かにしゃがみ込む。

 砕けた杖の木片を拾い、しばし見て、それも脇へ置いた。

「知り合い、ですか……」

「知らない」

「ならなんで……」

「杖職人が泣く」

「は?」

「粗悪品だ」

 ティアが小さく咳払いをした。

 ミーティは無表情のまま、

「……四つ」

と数える。

 四度目の赤い静火が灯る。

 燃える。

 崩れる。

 縮む。

 光が一点へ寄る。

 そして、最後の結晶がカロンの掌に収まった。

 四つ。

 それぞれ僅かに形が違う、死の名残。

「……落ちた」

 ミーティがそう言って、ようやく壁から背を離す。

 坑道の奥に残っていた張りつめた気配が、ふっと途切れた気がした。

 少女は呆然とその様子を見つめ、やがて力が抜けたようにその場へ座り込む。

「終わり、ですか……」

「死者は」

とカロン。

「お前はまだだ」

 返事はない。

 肩が小刻みに震えている。

 泣いているのか、寒いのか、自分でも分かっていないのだろう。

「ティア」

「はい」

「肩を貸せ」

「承知しました。ほら、立てますか?」

 ティアが少女の腕を取る。

 最初は抵抗のように身体を固くしたが、やがて諦めたように体重を預けた。

 カロンは踵を返す。

 灯りに照らされた通路には、もう誰の姿もない。

 残っているのは薄い灰だけ。

 それも歩けば靴裏に散って、坑道の土と区別がつかなくなる。

「……連れて、帰らないんですか」

 背後から、少女の掠れ声。

 カロンは振り返らない。

「帰っている」

 掌の中で、四つの遺石が小さく触れ合って乾いた音を立てた。

「もう十分だ」

 誰もそれ以上は喋らなかった。

 先頭を歩くカロン。

 その後ろにティアと少女。

 最後尾で、ミーティが一度だけ坑道の奥を振り返る。

「……なくなった」

「何が?」

とティア。

「星」

 外の光はまだ遠い。

 だが確かに、出口へ向かって四人は歩いていた。


興味牽かれましたら、もろもろおねがいします。

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