第4話 グリード!
ダンジョンの外に出ると、そこは奇妙な雑木林の中だった。
地面はワインのように赤黒い土で埋め尽くされ、周りの樹木は見たことのないような棘だらけの低木ばかりだ。
「いったいここは何処なんだ? こんな土地は見たことがない」
冒険者として、世界中のあらゆる場所のダンジョンを攻略してきたクライシス。
だがそんな彼もまだこの場所には来たことがなかった。
「森の見た目は不思議ですが、悪いところじゃなさそうですよ? 周辺に何か邪悪な魔力が封印されてるようでもないし、生物に有害な毒素などが発生している様子も今のところ感じ取れませんから」
そう言いながらペペロンチーノは、真昼の強い日差しに直接当たらないようにするため、メイド服に備え付けられていた遮光フードを深くかぶった。
「どうやらあの冒険者たちは、ワタシ様を随分遠くまで飛ばしてくれたようですね。ギルドに戻ったら、必ず恐ろしい目に遭わせてやりましょう。フフ…」
「マスター!その際はぜひ御供させてくださいっ マスターの力になりたいんです!」
「ええ、頼りにしています」
「はわわ。マスターが私を頼りにっ?!! (…キュンッ)」
その時もクライシスは、ローブの上から破魔の兜を着用したままだった。
本来なら素顔など隠れて見えるはずはないが、ペペロンチーノには彼が自分に向かってさわやかにハニカミながら微笑むところがバッチリと分かった。
そしてそれを見た彼女は、興奮のあまり動悸すら覚える。
(マスターの血ぃ。吸いたいな……)
物欲しそうな顔でクライシスの方を見つめるペペロンチーノ。
ちなみに吸血鬼には、性欲が強いという特徴もある。
だが、そんな彼女の心の内などつゆ知らず、狂戦士クライシスは現状を正確に分析したうえで、これからの行動方針を模索していた。
「兎にも角にも、まずはこの場所の情報を得ることが最優先です。現在地を知らなければ、これから先どの方位に進めばいいかも分かりませんしね。 ん……ペペ?」
「ぽわわ~…… あっ、ハイ!!! なんですかマスター」
「呆けていたようですが、どうかしましたか?」
「わ、私なら大丈夫ですッ すみません……」
ペペロンチーノは恥じらいを覚え、思わず顔を赤らめた。
そして、これ以上ご主人様に余計な心配をかけさせたくなかった彼女は、今度は自分からクライシスに質問を返す。
「……えっと、それでマスターはどの様にして、この場所の情報を得るおつもりなのですか?」
「そうですねー。近くに人里でもあればそこで情報収集も出来るのですが。 一応、近くに村などがないか調べていただけませんか?」
「はいっ。少しお待ちを」
すると、ペペロンチーノは生命探知を発動させ、周囲にある生き物の気配を探った。
クライシスも、そう簡単に人里が見つかるとは思っていなかったが、その時ペペロンチーノの生命探知に一つの反応が現れた。
「なにやら小さな生き物が、この森の中を一直線に動いているようです」
「もしかして魔物ですか?」
「いえ……大きさからして、人間の子供のようですね」
「なるほど。それなら手がかりとなる話が聞けるかもしれませんね。さっそく向かってみましょう」
「はいっ」
そうしてクライシスたちは、生命探知の反応があった方角へと向かった。
だが目的地にたどり着くと、そこにあった運動体は一つではなかった。
この辺りの住人と思わしき小さな男の子が、とても大きなゴーレムに追い回されていたのだ。
そのゴーレムは、同じ形の菱形ブロックがいくつも連結したような構造をしており、不思議な力で地面から浮かび上がっているようだった。
「うそっ! 生命反応は一つだけのはずだったのに」
「ゴーレムというのは古代魔法文明の遺物であると言われています。なので生命体では無いのですよ」
「そ、そうだったんですか」
「ですが今はそんなことよりも、あの少年の救出を急いでください。我々にとっての大事な情報源ですから」
「了解です。マスター!」
するとペペロンチーノは、鎖鞭を少年の方に向かって伸ばした。
今度は誤って肉をかき切らない程度の力加減で、彼の身体にしっかりと鞭を巻き付けると、まるで魚を釣り上げるように力強く引っ張り上げ、少年を自分たちの方に引き寄せた。
「あ…ありがとう。お姉ちゃん」
「ええ。マスターのご命令ですから」
ペペロンチーノは、少年の身体に巻き付けていた自分の鎖鞭をほどく。
魔物に追いかけ回され恐ろしい目にあった彼は、すぐさまその場から逃げさろうとしたが、クライシスはそれを制止した。
そして丁寧だが、威圧感のある言葉でこう呼び止める。
「待ちなさい! ……ワタシ様はあなたに聞きたいことがあるのです。だから動かずに、そこでじっとして待っていてくださいませんか? いいですね」
「は、はいッ」
「ああ、それで良いのです」
その間にゴーレムも、自分の前に現れた新たな二人の敵の存在に気づいたようだ。
中央にある目の役割をしていた大きな水晶体が、クライシスたちの事を映しながら何度も明滅した。
「クライシス様。ここは私に任せてくださいっ あんな人形なんか、一瞬で粉々にしてやりますよ」
そういうとペペロンチーノは、自身満々に鎖鞭をブンブンと振り回しはじめた。
戦闘メイドなので、基本的に戦いは好きなのだ。
しかしクライシスはこう言った。
「いや待て。あれの相手は、ワタシ様がしましょう」
「ええーっ どうしてですかー?」
「ええ、おそらくですが…… あのゴーレムは変異種です」
火山地帯や極寒地帯などの過酷な環境や、魔鉱石の豊富なダンジョンの深層などの場所で、稀に魔物は突然変異することがあった。
変異種となった魔物は環境に適応した特異な能力を身に着け、通常より強力な個体へと進化するのである。
「そんな珍しい魔物が、なんでこんな所に??」
「それは分かりませんが……。この個体は、以前出くわした事のあるクリスタルコア・フロートという変異種と近しい種類だと思うんです。知ってますか、ぺぺさん。あの大きな水晶体は、武器や魔法具として様々な用途に使える優秀な素材になるのですよ」
「はぁ……そうなんですか」
「ですので、ここはなんとしてもあのレア素材を入手しなければ!」
普段は聡明かつ冷静沈着なクライシスだったが、レアモンスターという思いがけない幸運を前にして、彼が異常なほどにいきり立っているのが分かった。
それは幻覚ではなかった。
「でもマスター。今はそんなことしている余裕がある状況なのでしょうか。 ほらだって私たちって、ここがどこかも分からない迷子状態なんですよね? もはや遭難してるようなものだし」
「そうなんですね!!!」
「…………マスター?」
目の前で下僕の吸血鬼が明らかに困惑している様子が見えると、興奮していたクライシスもようやく我に返った。
咳払いで胡麻化しながら彼は言った。
「ゴホン…… というわけで、ここはワタシ様に任せてください。水晶体を傷つけずに取り出すには、それなりのコツが必要なのです」
「でもマスターは今ほとんど装備がないじゃないですか。それでどうやって戦うおつもりなのですか?」
「まあ、この相手なら剣が一本あれば充分ですよ。ペペさん。ブラッドスキル:呪血創造を発動して、長剣を一本こしらえてもらえませんか?出来れば大剣がいいのですが」
「ええ~っ あれ、貧血になるから嫌なんですけどぉ……。 短剣、じゃあダメですかねっ?てへ」
可愛い笑顔のウインクでなんとか許してもらおうと思ったペペロンチーノだったが、流石にこのゴーレムは短剣で倒せる相手ではなかった。
するとクライシスは、やれやれというように深くため息をつくと、ペペロンチーノにこう言った。
「はぁ、仕方ありません。あとでワタシ様の血を吸わせてあげますから、どうにか細剣くらいはお願いしますね」
「ほ、ほんとですか!?! ご主人様の血ぃ…! はぁ、はぁ、……ごくり。 よーし。私がんばりまーす!!!」
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