第3話 ぺぺとの出会い
狂戦士クライシスと戦闘メイドのペペロンチーノは、その後もダンジョンを順調に進んでいた。
ペペロンチーノは生命探知の魔法を使えた。
それでダンジョンにひそむ魔物の位置を素早く探知し、なるべく余分な戦闘行為を回避していたのだ。
「マスター。このダンジョンに居るのは、コボルトやボルクのような下級な獣系魔物ばかりみたいです。ここまで慎重になる必要ってあるんですか?」
「もちろんです。生命探知で把握できる情報がすべてとは限りませんからね。どこかに思わぬ強敵が潜んでいるかもしれません」
「ええーっ、それは考えすぎじゃあ……?」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。ワタシ様は直接、このダンジョンの内部へと転移させられました。なのでもしかしたら、ここが王都の最深部の高難易度ダンジョンという仮説も、可能性としてはまだ捨てきれないのです」
クライシスは狂戦士だったが、聡明かつ博識であり、冷静で決して隙を見せなかった。唯一の友以外には……。
豪快かつ慎重ゆえに、彼は最強だった。
常に結果を出すことのみを考え、そのために際限なく力を追求し、目の前の敵は容赦なく叩きのめしてきたのだ。
「兜以外の装備を奪われ、今のワタシ様はほとんど無力です。ですが、こんな見当もつかないような場所で、無様に死に様を曝すつもりなど毛頭ないのですよ。 …………奴らに、復讐するまではね」
「……ッ」
彼の出す濃密な殺気に間近で触れたことで、ペペロンチーノは思わずゾクリと震え上がる。
同時にクライシスの放った復讐という言葉は、単なる弱者の恨み節ではない。
圧倒的な強者による確定未来の宣告なのだ。
「しかし…… 恐れながら申し上げます。クライシス様は最強ですっ。ですが……。装備が無くては、流石にグレイテストランドの精鋭冒険者には勝てっこありません!」
「そうですね。それどころかまともな武器すら無いのです。ダンジョンの魔物が相手でも危ういかもしれませんね」
「そ、そんなことは……!」
主人の絶対的な強さに心酔していたペロンチーノは必死にそれを否定をしたが、クライシス自身はあっさりとかぶりを振ってみせた。
この世界では、なによりもレア装備の強さが重要視される。それほどまでに、ダンジョンのオーパーツとは強い力を秘めていたのだ。
だがしかし、狂戦士クライシスが冒険者として蓄積したスキルや経験値も、それに匹敵するものであったことは確かだった。
「だからこそですよ。我々はどんな時でも細心の注意を払い慎重に動かなければなりません。 ……必ず、奴らを全員叩きのめしてやる。そのためにも、我々には一度だって敗北することは許されないのです」
クライシスは装備の他にも、ポーションなどを含めた手持ちのあらゆる回復アイテムすらも奪われていた。
蘇生や逃避手段が無ければ、一度の敗北は即→死に直結するのだ。
「いいですかペペロンチーノ。これから戦闘を想定する場合には、必ず最後まで勝ち切らねばならないと心に留めて置きなさい」
「ハ、ハイッ!」
そう言って、ペペロンチーノは大きく頷くと、先程より注意を払いながら生命探知を行使した。
万全な準備と計略に準拠した圧倒的な勝利こそ、狂戦士クライシスのもっとも好む勝ち方だった。
実際に彼も、そのようにしてダンジョンで成り上がって来たのだった。
「戦闘は絶対に勝たなきゃだめ…… よし、覚えた。私、一生忘れません!!」
ペペロンチーノはその言葉を復唱し、心に刻んだ。
その後も二人は、ダンジョン洞窟を上層に向かって進み続けた。
基本的にダンジョンは下層ほど深く、同時に魔物の脅威度や手に入るオーパーツのランクも上昇する。
それとは逆で、上層に近付くほどダンジョンの出口も見えてくるというわけだ。
ダンジョンによっては、より複雑な構造の建造物型や自然地形型などもあるが、このような洞窟型は一般的な洞窟とほとんど地形的な構造は変わらない。
途中で道に迷う心配もほとんどなく、二人は無事に出口の近くまでたどり着いていた。
しかし、あと少しで出られるという所で、唯一の出口をふさぐようにして二匹のコボルトがクライシスたちの目前に立ち塞がっていたのだ。
コボルトとは、狼と人間が合わさったような見た目の二足歩行の魔物である。
高い運動神経と群れを作り集団で狩りをする獰猛性が特徴だ。
この近くに巣でもあるのか。二匹は特になにをするでもなく、ただ出口につながる通路の辺りをふらふらと彷徨い続けていた。
「どうしますか? このままだとあいつらが邪魔で、出口まで行けません」
「そうですね……」
するとペペロンチーノは再び物陰から二匹の様子を目視で確認し、声を潜めながらクライシスにこう言った。
「マスター、今のところあの二匹以外に周囲に生命反応は見当たりませんし…… もう倒してしまっても構いませんか?」
「分かりました。ですがなるべく手早くお願いします」
「了解です!」
ペペロンチーノは収納魔法から自分の武器─鎖鞭を取り出すと、二匹の前にそれを持って飛び出した。
「こっちだよっ オオカミさんたち!」
二匹のコボルトは突然姿を現したペペロンチーノを見て驚いていた。
だが、やはり巣が近くにあったようだ。すぐに彼らは、獣のように遠吠えをして仲間のコボルトを呼び出そうとした。
「アォオオ……ッ」
だがしかし、コボルトたちが叫ぶよりも早く、ペペロンチーノの鎖鞭はうなりを上げながら弾け飛んだ。
「おそいよ!」
─バシッッ
たった一振りで、鎖鞭の先端は二匹のコボルトの喉笛をむしり取り、そのまま絶命へと至らしめた。
二匹の死体は静かに地面に倒れ落ちた。
どうやら一瞬で決着をつけたおかげで、ダンジョン内の他のコボルトにも気づかれずに済んだようだ。
ペペロンチーノの生命探知に映る周囲の生命反応に変化はなかった。
「えへへっ 私どうでしたぁ? ねぇマスター、上手にできたと思いませんか」
彼女はきっとご主人様が褒めてくれると思い、頬をほころばせながらクルリと後ろを振り返った。
しかしそこに居たのは、死臭を漂わせた不気味な歩く骸骨だった。
「あ…アンデット……!」
それを見た途端、ペペロンチーノは恐怖で身体に力を入れることが出来なくなった。
どうにか立っているのがやっとだ。
ガクガクと身体が震えてしまう。
「……カタカタ……カタカタ……」
スケルトンという種類の目の前の骨の怪物は、体中の骨をうるさく鳴らしながら、筋肉もないのにゆっくりと近付いてくる。その様子もまた不気味だった。
(しっかりしなきゃダメよペペロンチーノ!!! 私はクライシス様に仕えるメイドなんだから。マスターをお守りしなきゃいけないの!!!)
だがしかし、ペペロンチーノの意思とは反対に、彼女の身体は目の前のアンデットを強く拒絶していた。
「勝たなきゃダメなのにっ ……でもッ、怖いよぅ」
するとそれを見たクライシスは、スケルトンから彼女を守るようにサッと前へ歩み出た。
「い、いけませんマスター! これは、私が任せられた仕事なんです。だからマスターの手を煩わせるわけには……っ」
「いえ違いますよ? ワタシ様が武器なしの状態でどのくらい戦えるのか、一度試しておきたかっただけなのです。 ……そういうわけなので、この場は譲っていただけませんか?」
「クライシス様…… はいっ」
するとクライシスは、片方の人差し指だけをスケルトンに向けて、そこから火炎を発生させる。
「爆ぜよ。炸裂する火種」
光輝く魔法の火花がスケルトンに接触した瞬間、小さな爆発を起こしスケルトンを粉々に吹き飛ばした。
「うん。まあ、このくらいの相手ならぜんぜん余裕ですね。流石ワタシ様」
クライシスは満足そうに笑みを浮かべ、魔法を一発撃った後の人刺し指をガンマンのように自分の手の中にしまった。
そんな彼の様子を、ペペロンチーノは後ろから恍惚した表情を浮かべながら見守っていた。
(やはりクライシス様は素晴らしいお方です……。誰よりお強いのはもちろんですが、なにより素敵なのはその御心の深さです。ああっ、あなた様は今も出会った頃と変わらずに、お優しいままなのですね)
ペペロンチーノは吸血鬼だが、普通の吸血鬼ではなかった。
そもそも吸血鬼とはアンデットであるため、通常肌に血色はなく、多くが緑色の薄気味悪い色をしている怪物のような見た目だ。
それに対し、ペペロンチーノの肌は血色の良い薄桃色で、アンデットよりも人間の少女の見た目に近い。
ペペロンチーノ・マドゥ・ドォルポルポラ──。
彼女は吸血鬼の中でも、突然変異したアルビノ種であった。
異形の存在。アルビノ種として生まれた彼女は、当然のように周囲から迫害された。
吸血鬼の間でドォルポルポラ卿といえば、知らぬ者の居ない歴史ある伯爵家であった。
しかし、そんな家族からも離縁を言い渡され、ペペロンチーノは一人孤独にゴミ溜めをさまよっていた。
この世でアルビノ種である自分と同じものは一人もいない。
生まれた時から一生を孤独に過ごす運命が決まっているのだ。
冷たい雨に身をさらす。
身体を縮め、周りのゴミたちと一つになった。
全てに絶望していた。
だがそんな時、彼女に声をかけたのが狂戦士クライシスだったのだ。
「……お前も一人なのか」
「…………」
その男は、今まで彼女がゴミ溜めで見た誰よりもみすぼらしく思えた。
しかしその男の目は、今まで見た誰よりも遠くの方が視えているようだった。
「ともに来るか?」
「…………」
そして彼女は小さく頷くと、男の跡を静かについて行った。
なぜなら、一目見て彼も自分と同じで、すべてを失った者だと分かってしまったからだ。




