第2話 戦闘メイド召喚
気が付くと、クライシスは裸同然の恰好で見知らぬ洞窟の中に立っていた。
一見すると彼の視界に映る景色はごく普通の洞窟の中のようだったが、ダンジョンにのみ生成される魔鉱石特有の紫色の光をそこかしこに発見することが出来た。
クライシスは自分がダンジョンの中に飛ばされたのだと分かると、すぐさま周囲に魔物の気配がないかを探った。
こんな状況でもし強力な魔物に不意打ちでもされたら、ひとたまりもないからだ。
「……ひとまず、辺りに魔物は居ないようですね」
魔物に見つかりにくい岩場の影に移動し安全を確保すると、クライシスは自分の手元に残った装備品を確認しようとした。
しかし、大半の装備品は転移魔法の時空間干渉により剥ぎ取られてしまっており、今彼が持っているのはあらゆる魔法を跳ね返す破魔の兜だけだと分かった。
クライシスの所持していたA~Sランク相当の武器や防具の数々は、襲撃してきた冒険者たちによって全て奪われてしまっていたのだ。
常勝無敗のクライシスが、こんな屈辱を味わったのは初めての事だった。
心の奥底から強い怒りが沸き起こってくる。
「……許さない。あそこにいた雑魚ども全員ッ、皆殺しだ!!!」
オーパーツの金銭的価値もそうだが、Sランク一つ手に入れるためには類まれな幸運と、命を賭した戦いや冒険の数々を乗り越える必要がある。
それらに費やした計り知れぬ労力を考えれば、到底許せることではない!
……だがそこで、クライシスは唯一の友にも裏切られていた事を思い出した。
チンゲンサイは、クライシスが心を許せる数少ない人間の一人だった。
彼とはかつて、ダンジョンで共に戦うこともあったほどだ。
心当たりはあった。
下級貴族であるゲンサイの珍家には、王国に対して多大な借金を抱えているのだ。
そして先ほど奪われた自分の全財産には、その数百兆ゴールドもの負債と同じかそれ以上の価値があるだろうということ……。
─友情など無かったのか。奴は最初から、金目当てで近づいてきただけなのか?─
思わず脳裏に浮かんできた友への猜疑心。
それに気が付くと、クライシスは頭を岩に打ち付け邪心を振り払った。
何があろうとも、我々は友だったはず。
少なくともこの時までは、私はそう信じていたかったから……。
──その後、クライシスは深呼吸をし、自らの荒ぶった心を落ち着かせた。
「ふぅ、ここで悩んでいても仕方ありませんね。とりあえずアイツを呼ぼうか」
するとクライシスは、事前に血の契りを結んだ相手を呼び出すことの出来る召喚魔法を発動した。
目の前に時空間を繋ぐ召喚魔法陣が創り出される。
そして、そこからメイド服を着た白髪の少女が姿を現した。
「ペペロンチーノ、召喚に応じ御身の前に参上いたしました!」
そう言いながら少女は、地面に片膝をついて恭しくクライシスの前に膝まづいた。
彼女は戦闘メイドの一人で、クライシスが契約を結んだ召喚奴隷だった。
人間のような見た目をしていたが、本当は吸血鬼だったので、このように召喚魔法で呼び出すことが出来たのだ。
「マスターのご命令とあらば、どのような任務でも必ず遂行してみせます!ですのでどうか、私に何なりとお申し付けくださいませ! ……って、ええーッ!!? クライシス様?な、なんで裸なんですかー??」
「ああ。これには少し事情があってね」
「あわわ。マスターの大事なところが全部露わに……っ」
彼女は赤面した顔を両手で覆い隠しながらも、閉じた手の隙間から興味津々な様子でクライシスの下半身を凝視していた。
「あの……少し恥ずかしいのですが」
「あッ! も、申し訳ございませんっ えへへ、つい気になっちゃいまして」
──と言いながらも、ペペロンチーノは観るのを止めない。
クライシスは呆れてため息をついた。
「ペペさん。あなたの収納魔法から、ワタシ様の予備の装備を出してくれませんか?」
「…………あ。はい! 今すぐに!」
するとペペロンチーノは、亜空間に物体を保管しておく事の出来る収納魔法を発動させた。
そこから魔法防御適正のある花柄ローブと水の上を短時間だけ歩けるトンガリ靴。それと毒けし草をいくつか取り出した。
「これだけですか?」
「申し訳ありません。クライシス様は先日、収納魔法の中身を整理してしまわれたばかりでしたので」
「くっ、そういえばそうでしたね……」
ペペロンチーノが出してくれた装備は、Cランク以下のカス装備しかなかった。
だが少なくとも無いよりはマシなので、クライシスは仕方なく、粗悪品のダサダサファッションに身を包んだ。
「迂闊でした。予備の剣くらい入れておくべきだった」
「いいえっ、クライシス様に落ち度はございません! 私こそ配慮が足りていませんでした。マスターの大事な装備袋を預かるものとして、私がもっと万が一の事態に備えておくべきだったのに」
責任を感じ、俯きながら落ち込むペペロンチーノ。
それに対しクライシスは、彼女の頭を撫でながら温和な口調で励まそうとした。
「いいえ、あなたはよくやってくれていますよ。そんなに自分を責めないでください」
「はわわ。クライシス様ぁ…………」
大好きなご主人様に触れられたことで、嬉しさのあまりペペロンチーノは、自らの頬を瞳の色よりも赤く染らせていた。
吸血鬼の瞳は通常黄色だが、まだ血液を上手く操れないペペロンチーノの瞳は血のように赤かったのだ。
「ところでマスター」
「ん?」
「これからどうするつもりですか? やはり、奪われた装備品を取返しに行くのでしょうか」
「ええ、そのとおりです。 ……ですがその前に、まずはこのダンジョンから脱出しなければなりませんね」
「あっ そうでした! 流石クライシス様です」
「ペペロンチーノ。手伝ってくれますか?」
「ハイ! 仰せのままに!」
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