第21話 絶体絶命
戦威狂渇の暗黒オーラを浴びた魔物たちは、みな等しく狂気に侵された。
その瞳は血のように赤く染まり上がり、ギラギラとした禍々しい眼光を放っている。
内から煮えたぎるような激しい憤怒、暴力性を抑えきれず、目についた同胞に対し、手当たり次第に牙や爪を振りかざした。
そしてそれら幾つもの凶刃は、当然クライシスにも襲い掛かったのだ。
クライシスはスキル発動前からこの結果を予測していた。
─ペペロンチーノたちは、無事にスキルの範囲外まで逃げられただろうか……─
大クモが吐く毒糸に対しては身を翻すように躱し、龍樹の火炎は正面から手刀で薙ぎ払う。
一対一なら幾らでも対応は出来る。だが、闇の中から魔物はどんどん湧いて出てくるようだった。
今着ている低ランクの装備では、一撃たりとも攻撃をまともに防ぐことは出来ない。
早急にこの場から脱出しなければ命はないだろう。
騒ぎを聞きつけ、魔物は続々と集まってくる。
唯一の突破口は先ほど自らの斬撃波で切り拓いた一直線のルートのみ。
「ブシャャァァッ」
突然、ギードヌの樹上から発狂したジャイアントスパイダーの変異種が、体液をまき散らしながら飛び掛かってきた。
クライシスは左に一歩ずれ動いた後、拳に炎の魔法を付与しつつ蜘蛛の魔物を殴り飛ばした。
「……ふぅ。 マナがあまり残っていませんが、やるしかありませんね」
そういうと、クライシスは魔物たちの攻撃をいなしながら、どうにかして呼吸を整えようとした。
姿勢を低くし一瞬、魔物たちの猛攻から逃れると、彼は敏捷性ステータスを上昇させる補助魔法を唱えた。
「我が心路を阻む者なし。機動性補助!」
左右の下半身を中心に活性化した魔力の影響を受ける。
だが詠唱を終えたときには、既に三体の龍樹によって取り囲まれていたのだ。
三体の竜樹は、その細く鋭い棘のような上肢を小さく折り曲げると、まるで槍のようにして勢いよく突き刺そうとしてくる。
─ズドンッ ドンドン!
銃声のような炸裂音が連続で轟くと同時に、地面に大きな穴が三つ空いた。
もし、機動性補助で可能となった高速回避が間に合っていなければ、地面ではなくクライシスの腹が穴だらけにされていたことだろう。
そのままクライシスは、魔物のひしめく漆黒の森を駆け抜ける。
絶えず巨大クモや龍樹が現れ命を狙ってくるが、飛翔や回転動作を織り交ぜたアクロバティックな身のこなしで、彼は一度も立ち止まることなく逃げ続けた。
また龍樹は火を吐くなど強力な部類の魔物であるが、狩りのスタイルも待ち伏せが基本で、足の速さはそれほどでもない。
そのうちに、龍樹の包囲網からは完全に抜けられることが出来た。
そして遠くの方に、青く揺らめく一筋の光が見えた。
おそらく上層へと続く魔法転移門であろう。
「ハァッハァッ……あと少しか」
クライシスは光に向かって真っすぐ走る。
背後の魔物はほとんど振り切ったはず。問題は機動性補助の効力がいつまで続くかということだ。
「まだマナはある…… よし、これなら!」
だがその時、クライシスの足は動かなくなったのだ。
突然、片方の足が石のように固まってしまったせいで、バランスを崩し、クライシスは転がるように地面に何度も身体を打ち付けながら転倒した。
「ぐッ、なぜだ。まだマナは残っていたはずなのに」
全身打撲の痛みに耐えながらも、動かなくなった足の様子を確認する。するとそこには粘着質の粘液の塊が付着しており、肌と触れた部分が醜く変色してしまっていた。
知らぬうちに、変異種の毒を受けてしまっていたのだ。
そうして地面に座りこんでいるうちに、前からも後ろからも大クモが集まってきた。
しかも転んだときの反動で、機動性補助のサポートも無くなってしまっている。
─マズイ、このままでは本当にやられてしまう─
一応、この状況を挽回できるほど強力なスキルはまだ残っている。
だがその発動には死を覚悟する必要があった。それでは意味がない。
全速力で駆け抜けてきた為、もう一度補助魔法を使うマナも残されていない……。
「フフフ、せめて極大剣があればどうにかなったかもしれませんが。 ワタシ様もここで終わりか」
HPも毒のせいでみるみるうちに減っていっている。絶体絶命だった。
だが万事休すかと思ったそのとき、クライシスの目の前がとつぜん真紅に燃え上がった。
正面を立ち塞いでいた大クモは一斉に火だるまになった。そうして出来た炎の壁の向こう側から、ペペロンチーノが現れたのだ。
「ペペさん」
「ああ、良かった! マスターご無事ですか?」
彼女は上層まで逃げ延びることが出来ていたが、主人の身を案じ、中層へと戻ってきたのだ。
「えええッ! もしかして、お怪我をなさったのですか!? そんな…… 今、お助けします!!」
「つッ!? 危ない、逃げなさい!」
「いえ。ここは私に任せてくださいっ(よくも大好きなマスターに傷をっ!)」
ペペロンチーノは、すぐそこで倒れているクライシスの元に向かって、一心不乱で駆けだした。
上層への出口はすぐそこだ。マスターを背負ったらすぐに離脱すればいい。そう考えた。
ペペロンチーノの知るいつものクライシスなら、この程度のダンジョンで怪我などするはずは無かった。
だが彼は今、武器もなく装備もほとんどない、裸と変わりない状態なのだ。
それだけのハンデを背負っている。
─それなのに、クライシス様は私たちを逃がすために魔物の群れの中にお一人で残られた。きっと私が、足を引っ張ってしまったんだ……─
そういった自責の念に少し囚われていたこともあり、彼女の視界は目の前のクライシスしか映っていなかった。
それで、側面から来ていた大クモの攻撃に対処が遅れた。
「えッ、うわっ!」
勢いよく飛び出したペペロンチーノだったが、クモの吐く毒糸に絡みとられ、あっという間にグルグル巻きに拘束されてしまう。
幸いなことに、吸血鬼には毒耐性があっためダメ―ジはほとんどないようだ。
しかし、一歩も動けないことには変わりなかった。
「うへーん、気持ち悪いよー。 うわ、動けないっ。マスターどうしよぉ~」
(はぁー……)
思わずクライシスもくそデカため息を漏らしてしまう。
だが彼女が来てくれたこと自体は僥倖だった。
ブラッドスキル:呪血創造で極大剣が手に入れば、この窮地にも活路が開けるからだ。
「その状態でもスキルは使えそうですか」
「や、やってみます! それとぉ、やっぱり極大剣じゃなきゃダメですよね?」
「ええもちろん。あと出来るだけ早急にお願いします。急がないと食べられちゃいそうなので」
「あわわわ」
だがすぐに、その必要も無くなった。
彼女がスキル発動のために何とか手を動かそうと、糸の中でもがいている間にも、巨大クモたちはじりじりと近づいていた。
毒牙が再び迫っていた。
だが突然、そのクモたちが内側から弾けるようにして爆散したのだ。
それを為したのは、後から駆けつけてきたマルティの大神灼波だったのだ。
「で、出来た……! あっ、二人とも早くこっちに!!!」
技の威力はまだまだ弱く、気功師でないクライシスの放ったものにも及ばない。
しかしこの状況においては起死回生の最高の一撃に違いなかった。
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