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第9話 走音

 クライシスとペペロンチーノは玄関から中に入ると、一段高く作られた離れ屋の床の上に腰を下ろした。

 整理するべき荷物など何も持っていなかった。

 なので二人はそのまま、自分たちが知らないうちに向こう側の世界(ファントムレギオン)という未踏の領域へと足を踏み入れてしまった現状について、話し合いを始めた。


「まずは、今までに起こったことを整理しましょう」


「はい、お願いしますっ」


「分かりました。 ──昨日、ワタシ様はギルドからの依頼を完了したあと、トーンタウンに立ち寄りました。そこで、チン・ゲンサイと彼の仲間とおぼわしき多数の冒険者の手によって襲撃され、気が付けば見知らぬダンジョンの中に転移させられていたのです」


「チン・ゲンサイって、たまにマスターとダンジョンでご一緒することもあった冒険者の方ですよね? たしかにチン・ゲンサイのパーティーメンバーには、転移魔法の使い手が一人居たような気もします。 ええと名前はたしか……」


「ガゼル・ホップス。ですが奴は、二年ほど前に民間人相手に暴行騒ぎを起こし、彼のダンジョン探索パーティーから追放されていました。それに、奴にはワタシ様ほどの魔法抵抗を高めた狂戦士を、こんな遠くの土地まで転移させられる魔法技術はなかったはずです」


「そうなのですか」


 転移魔法とは本来、転移先の座標情報が明確であればあるほど魔法の難易度が下がるものであった。

 つまりだ。未踏の神山─インジェスを越えた先にある向こう側の世界(ファントムレギオン)へ人間を飛ばすなどというのは、まさに偉業であり不可能に近いことだったのだ。

 だがそれを、クライシスは体感した。


「もしかしたら、誰か他に強力な魔法使いがゲンサイ達に協力している可能性もありえます……」


「なるほどっ。その可能性もかんがえられますね! (はわわ、知的で素敵。流石クライシス様…!)」


「では話を続けますね。 ──その後、装備を何も持っていなかったワタシ様は、収納魔法の中の予備の装備を確保するため、召喚魔法であなたを呼び出しました」


「けっきょく収納魔法の中にレア装備は残ってなくて。あまりお役には立てなかったんですけどね」


「そんなことありませんよ。ペペさんが居なかったら、あの洞窟型ダンジョンからも無事に出られたか分かりませんでしたから」


 クライシスから褒められると、ペペロンチーノは後ろ手で頭を搔きながら、ニヤニヤと笑みを浮かべた。


「えへへー そ、そうですかぁー? でもですけどっ。それはやっぱり言い過ぎだと思いますよ! ほらだって、マスターは炸裂する火種(イグナイトスパーク)みたいな攻撃魔法も使えるじゃないですか」


 しかしそれを聞くと、クライシスはかぶりを振ってこう答えた。


「ワタシ様の本職は狂戦士であり魔法術師ではありません。狂戦士の知力ステータスでは、大した威力の攻撃は出来ませんよ」


「ああ、そっか……」


「それに装備も限られている現状では、魔法を生み出すマナもかなり不足していますし。つまり攻撃魔法も、何度もくり返し使えるような便利なものではないのですよ」


 クライシスが普段身につけていた漆黒のフルプレートアーマーには、マナの絶対量を増やす魔法効果が付与されていた。

 そのおかげでクライシスは、いつも戦闘時に6や7つ以上もの強力な補助魔法を重ね掛けで唱えることができたのだ。


「ダンジョンから出たあと、我々はプラムという少年と出会い、そこでこの場所がインジェスの反対側だと判明しました。 ──我々は今、大した装備も無い状態でほとんど情報のない未知の土地に放りだされている。それが問題なのです」


 今のところは運よく無事でいるが、この先もそうだとは限らない。

 いつ何時、このファントムレギオンのみにあるクライシスたちの知らない未知の脅威的存在が、自分たちに襲い掛かってくる可能性は十二分にある。


 だが、それを聞いたペペロンチーノはこう言った。


「クライシス様。でしたら一度、拠点にもどってみてはいかがでしょうか?」


「なに? それは一体どういう意味ですか?」


 彼女の言葉の真意がつかめず、クライシスは思わずそう聞き返す。


「私の収納魔法の中身は空でしたけど、クライシス様の拠点になら、まだたくさんのオーパーツが蓄えられているはずですから!」


 ペペロンチーノは自身満々でそう答えた。


「マスター! たしか拠点への移動には、逆召喚の術式を応用した特別製の魔道具(かぎ)を利用されていたはずですよね? それだったら、遠く離れたこの場所からでもマスターの拠点に戻れるのではないでしょうか!」


 召喚魔法は魔物のようなマナの多い生物しか呼び出せない代わりに、距離やダンジョンなどの亜空間への転移制限がほとんどないという特徴があった。

 クライシスがダンジョンの中で、遠い場所にいたペペロンチーノを呼び出せたのもこれが理由だ。

 また彼女のいう拠点には、その魔道具(かぎ)でしか出入りが出来ないようにクライシス自身の手による魔法結界が施されていた。


 しかしそれを聞くと、クライシスは残念そうにこう答えた。


「ああ、たしかにそうかもしれませんね。 ですが、肝心のその魔道具はどこにあるのでしょう」


「……あっ」


 そのとき彼女はようやく思い出した。

 クライシスが破魔の兜以外のすべての装備品を奪われていたことに。


「申し訳ございませんでした。私マスターの拠点から召喚で呼ばれて来たから、てっきり簡単に行き来できるものかと思ってて」


「その気づきはとても良いと思いますよ。まあ残念ながら意味はありませんでしたが」


「マスター…… 私たちもう、グレイテストランドには戻れないんですか?」


 活動拠点に戻る唯一の鍵も失い、あげくここは向こう側の世界(ファントムレギオン)だ。インジェスを超えるしか方法はないが、それは不可能に思えた。

 ペペロンチーノは、とても不安そうな顔でクライシスのことを見つめていた。


 するとクライシスはこう言った。


「ペペさん。どんな状況でも希望を失ってはいけませんよ。冒険者はその瞬間に、敗北が決まってしまうのですから」


「……はい。ですが」


「流石のワタシ様でも、転移魔法は使えません。しかし、もし強力な転移のスクロールがあれば、理論上ではグレイテストランドには戻ることが出来ると思いますよ」


「本当ですか!? スクロールを手に入れるだけでいいなら、意外と早く帰れそうですね!」


「ええ。ただ……」


 ──クライシスの知るチン・ゲンサイという冒険者なら、こんな甘いやり方はしないはずだった。

 普段はどこかぬけていて、酒と女に弱いどこにでもいる調子のよい男である。

 だがしかし、ダンジョンの中など命をかけた場面になると、奴は誰よりも、狂戦士クライシス自身よりも用意周到であり容赦のない非情な戦士と化すのだ。

 彼のそんなところを、クライシスは一目置いていた。


「ゲンサイは()()だと言っていた。そうまで言った男が、こんな抜け道のあるような甘いやり方は絶対にしない!」


「失礼ですが、それは考えすぎじゃないでしょうか? ゲンサイという男が、そこまで頭の回るようには見えませんでしたけど」


「フ、そう見えますよね。長い付き合いじゃないと分からないことです。 ……例えば、もしゲンサイが今この瞬間にも我々に刺客を差し向けていたとする。刺客の実力がワタシ様と同程度だった場合、C級以下の装備しかない我々は、一体どうなってしまうと思いますか?」


「それは……」


 そのとき、離れ屋の外から急激に何者かが近づいてくる気配を感じた。


「二人とも!姉ちゃんがご飯できたってさー!」


「もうッ 驚かさないでよ!!!」

お話を読んでいただきありがとうございます!


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どうぞよろしくお願い致します!


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