Act.2「自由の意志」.4
テイ――矢作照偉は、少し悩んでいた。
――これは、転生というものなのだろうか。
転生というには、そもそもロボット、AIになるのは転生なのか? という疑問。そして目の前の女性研究者が言うには、自分は古代のAIユニットだと言う。
つまり、誰かしらにコピーされたデータで造られた、疑似人格でしかないということだ。
もしくは、このAIユニットを開いたら脳みそがあるのかもしれない。
「それで、僕はこれから何をすればいい?」
「できることなら、この先の未来予測とか、システムの開発に協力してほしいんだけど」
「僕の自己認識では、アーブさんがマスターとして登録されている。正直生きているときは他人に忠誠心とか覚えがことはなかったけれど、今はそれに似た何かを感じてる」
「え、ええ? それ大丈夫なやつ? 洗脳とかそういう類になってない?」
科学者――とは言っても彼女の倫理観は人間らしい。というよりよっぽど善人気質だった。ウサギのような耳があり、体温や身体構造が地球人のそれとは違うことは、演算ユニットがテイに教えてくれていた。
それでも、善人というものは世界に存在し続けるのだと、彼には思えた。
「気にする必要はない。僕自身も今の自分がどうなっているのかとか、人権がどうだとか思うところはあるけれど、AIユニットになったおかげか、あまり気にならないんだ」
転生した恩恵か、それとも枷か。
判別はできないが、アーブとコミュニケーションをとるためには、この冷静さがありがたかった。必要以上に感情的にならず、物事に合理的に対処ができる。
「そういえば、最初起きた時にスミダサンって呼んでたけど、誰? 恋人?」
「はっ!? いやいや、そんなのじゃないよ」
入力されたデータを解析しながら、アーブの世間話のように問いかけてきた言葉に応える。頭部だけのテイには、身体的リアクションはできないがアーブはどこか楽しそうに聞いていた。
「記憶がある限り、最期に一緒に居た人なんだ。それまで話したこともない、名前も知らない人だった。空から隕石が振ってくる中で、偶然同じ場所にいた僕らは、一緒に最後の瞬間を迎えたはずだったんだ……」
「隕石? それって……」
テイはデータを呼び出すと、接続された投影機からアーブの前に提示する。
「太陽系第三惑星地球、ステルス型彗星弾頭の到来に対し、迎撃に失敗した結果地球人口の六十パーセントを失うことになった……。まさか、はるか遠くの宇宙戦争が、地球に被害をもたらすなんて、ね」
ステルス型彗星弾頭――つまり、隕石型のステルスミサイルだ。ミサイルと言っても横幅は最大でニ十キロにおよぶ、巨大隕石。
かつて地上を支配した恐竜を壊滅させたチクシュルーブ衝突体の倍。
敵対する惑星に激突させて無差別に住民ごと軍事施設を吹き飛ばす。そんな高度だが野蛮な、単純明快な質量兵器が、コントロールを失って地球へ到達した。
「気づいたときにはもう遅くて、逃げるにも逃げられなくて最期の瞬間を黙って見ていた。そこに現れたのが、墨田さんだったんだ」
テイユニット――そう呼ばれる前の矢作照偉は、地球最後の三分前を思い出す。
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