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けじめ

 魔獣襲撃の爪痕は深く、王都には瓦礫が積み上がったままの場所が多く見えた。

 クレアはその瓦礫を避けながら、懐かしき王都の門をくぐった。


「轢かれたくないなら退いて!」


 クレアが叫ぶと、道を往来していた人々が慌てて道の端に避けた。

 忌々しくすらある城下町を、クレアは馬で駆け抜ける。

 その後ろには、馬に乗ったニケもついて来ている。

 行き先はただひとつ、王都の象徴であるエンピレオの塔である。


「あれは、聖女クレアじゃないか!?」

「いまさら何をしにもどって来たんだ!」


 人々はライザの仇と言わんばかりに手に持った瓦礫を投げつけてくるので、クレアは容赦なく炎を浴びせた。

 ただの牽制ではあるが、聖女の鉱石術となるとその威力は一般人の比ではない。

 クレアに攻撃をしかけた者たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。


「死ぬ覚悟ができたやつからかかってこい!」


 凄みをきかせたクレアの表情に圧倒されて、人々は足を竦ませた。


「あ、あれでも聖女かよ!」


 動揺が波のように広がり、自然と道が開かれた。

 商業区から居住区へ入ると、道の端にある家庭用ごみ捨て場に見知った人影が見えて、クレアは馬を停止させた。

 ごみを漁っているのは、ひどく汚れた服を着た三人の人間だ。

 男がクレアの姿に気づいたらしく、薄汚れた顔を上げて、目をぎょろりと見開いた。


「く、クレア! もどって来たのか!」

「お父さん」


 髭は伸びっぱなしで顔は泥だらけ。穴の開いたシャツからは、やせ細った体が見えていた。

 その隣でクリームのようなものを手でつかんで頬張っている女性は母だろうか。

 彼女は何かに取り憑かれたように、クリームだらけの両手をクレアに伸ばした。


「あぁ、本当にクレアなのね! お願い、助けて! あなたが聖女の職を放棄したせいで私たちはこんなに苦しい目に遭っているのよ? なんとかしてちょうだいよ!」


 まだこんなことを言っているのか、とクレアの胸の奥がすっと冷めていく。

 すると母の後ろから妹らしき少女が顔を出して、とたとたと軽い足取りでクレアに近づいて来た。


「お姉様! もしかしてルベン様ともう一度婚約するためにもどって来たのね? そうでしょう? そうしたら私たちはあの屋敷にもどれるのよね?」


 少女はごみで汚れたピンク色のドレス姿だった。

 あの貴族のような暮らしが忘れられないらしく、期待に目を輝かせている。

 クレアは懐から金の入った袋をとり出して、少女の顔に叩きつけた。


「それでしばらくしのげるでしょう。あとは自分たちでなんとかするのね」

「え……どうしてそんなひどいことを言うの?」


 少女は目にいっぱいの涙をためて、声を上げて泣き始めた。


「こ、この裏切り者! 親不孝者! せっかく産んでやったのに!」

「お前のせいで俺たちはこんな生活をしているんだぞ! 罪の意識を感じないのか!?」


 ニケが隣に並んで「行きましょう」と促してくる。

 クレアはニケの気遣いをありがたく思いながら、けじめをつけるために唯一の血縁たちを見下ろした。


「裏切り者? 親不孝者? 娘に寄生するしか脳がない蛆虫のくせに、私の責任にしないで。もうあなたたちは家族でもなんでもない」

「な……」

「雑草でも食べて泥でもすすってれば? 死ぬ気でやればしぶとく生き残れるわよ」


 さようなら。

 クレアは冷たく吐き捨ててから、馬を走らせた。

 背後で何か喚いているが、心底どうでもいい。

 ただレイに会いたかった。


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