再会
「お待ちください!」
休憩所で馬を交換して、王都へと駆け出そうとするクレアを引きとめる声がある。
全身をクロークで隠した小柄な人物が息を切らせて駆け寄って来るので、クレアは眉をひそめた。
「悪いけれど急いでいるの」
「クレア様、私です」
フードを滑り落とした先には、見覚えのある少女の顔があった。
顎のあたりで切り揃えた黒髪に褐色の肌をした、利発的な少女だ。
「ニケ!」
かつて聖女だったクレアの守護役だった少女は、ほっと安堵したように微笑んだ。
「ニケ、無事だったのね」
「クレア様もよくご無事で! 私はあなたの守護役だったのに、お守りすることができずに申し訳ありませんでした」
「謝らないで、あなたは何も悪くないわ」
クレアは、泣いて謝罪するニケを慰めるように震える肩を撫でた。
彼女だけは献身的にクレアを支え続けてくれたのだ。
「いまから王都に向かうのですか?」
「えぇ。私の大切な人をとりもどすために」
「それは天使と呼ばれた少年ですね」
「知っているの?」
ニケは険しい顔をしてうなずいた。
「クレア様が行方不明になってからモリブデンの様子がおかしくなっていたのですが、近頃は特に尋常ではいなのです。しきりに天使が終焉を連れて来るから殺せ、とルベン様に命令をしているのです」
「天使を殺せ? いままで監禁して利用していたくせに」
クレアは身勝手な言い分を鼻で笑った。ニケは初めて見るクレアの表情に驚きながら、話を続けた。
「それで、あの、ルベン様が天使はクレア様と一緒にいると言っていたのを聞いたので、危険が迫っていることを知らせたかったのですが……すみません、遅かったですね」
「ううん、その心遣いだけでじゅうぶんだわ。ありがとう」
ニケの話を聞いても、クレアには疑問が残った。
どうしてモリブデンはそこまでして処刑を急ぐのだろうか。普通ならルベンのように強引な世界救済案を押し通して、自分の身の安全はしっかりと守らせる男のはずだ。
王都以外を見捨てることに、いまさら心が痛むような人間でもないだろう。
「ニケ。モリブデンは天使のことを他にも何か言っていなかった? 魔鉱石化の話とか」
レイは必ずとりもどす。しかし魔鉱石化に関しては何も情報を得られていない。
どんな手掛かりでもあれば、とすがる気持ちでいると、ニケは横掛けの鞄から紙の束をとり出した。
「魔鉱石化というのはわかりませんが、もしかしたらここに情報があるかもしれません」
「これは?」
「私、クレア様の時みたいにもう後悔したくなかったから……こっそりモリブデンの部屋に侵入して、天使の資料を盗んできました。これがお役に立てばよいのですが」
「ニケ、ありがとう!」
クレアは、あまりに優秀な守護役に思わず抱きついていた。
ニケは照れくさそうにしながら、涙を浮かべてクレアの背に腕を回した。
ふたりは休憩所の近くにある川のそばで資料を広げた。
太陽はすでに真上にのぼっている。できれば日が落ちる前に王都に到着したい。
それまでに、なんとしても手掛かりを得なければならない。
「天使の研究資料……」
その研究資料は「天使の発生」から始まっていた。
レイが自らを発生と言っていた理由がわかった。
資料には画像が印刷されていて、大人の背丈以上はある青い魔鉱石の中に、白い赤ん坊が埋まっている。
「レイ……」
発掘されてから、成長する過程の画像がいくつも印刷されている。
人間とほとんど同じように成長していく様子が撮影されているが、どの写真でもレイは無表情だった。
しかし九歳になってから、ひどく悲しげな顔をするようになった。
「私と出会った時期だわ」
その証拠に、彼が発掘されてから身に着けていたペンダントがなくなっている。
表情を獲得したのは魔獣と接触したため、と書かれていた。研究員は何もわかっていない。
それ以降の画像には、度重なる実験に顔をゆがめて、苦しんでいる様子が撮影されている。
手から血を流し、泣いているものもある。
「ひどい……」
隣で覗きこんでいたニケが青ざめて、口を押えた。
ページをめくっていくたびに、クレアの目にたまっていた涙がこぼれた。
レイは、クレアが苦しんでいたことに気づかなかったと涙を流していた。
けれどそれと同じくらいにレイも苦しんでいたのだ。
レイの言っていたことを、クレアはいまさらになって実感する。
大切な人が傷つけられていたことを知らなかった。それがこんなにも悔しい。
いますぐレイを抱きしめて、もう大丈夫だよ、と安心させてあげたい。
それができないのがつらくて、悔しくて、涙がとまらない。
「レイ、会いたい……あなたを抱きしめたい」
「クレア様……」
ニケもまた涙ぐみながら、そっとクレアの背中を撫でた。
クレアは袖で目元を拭うと、気合いを入れるように頬を叩いた。
「泣いている場合じゃないわよね。考えなきゃ」
「お手伝いします!」
クレアとニケはすべての資料に目を通してから、それを地面に広げた。
情報はあるが、ありすぎて絞れない。
レイとの会話に解決のヒントがあるかもしれない、とクレアは記憶を掘り起こす。
「魔力は本来循環する。でもどこかで魔力がせき止められているから大地は荒廃して、祈りの力で世界に還るはずの魔獣もあふれている。鉱石人の自爆はそれを強制的にもとにもどすための装置」
レイと出会ったばかりの頃、「聖女がなぜ数を増やしているのか」と話したことがあった。
「聖女の数は常に一定で、いままでは二人ほどだった聖女が、ここ数年で一気に七人まで増えた。それはきっと世界の悲鳴だった。魔力を還してほしいという女神の願い」
少しずつ散りばめられていた謎がつながっていくような感覚がした。
けれど、最大の謎までたどり着くことができない。
クレアはレイの力を借りたくて、ペンダントをにぎって目を閉じた。
「その青い魔鉱石ってとっても珍しいのよ」
なぜかライザの声がよみがえって、クレアは眉根を寄せる。
ライザがクレアのペンダントを欲しがったあの日の会話だ。
そのあとライザはなんと言っていただろうか。
「モリブデン様が教えてくれたわ。青い魔鉱石に他の魔鉱石の魔力を移すこともできるし、聖女の祈りの力をたくさん宿すことができるんだって」
目の前を稲妻が走るような衝撃を受けて、クレアはもう一度資料に手を伸ばした。
「クレア様?」
「この青い魔鉱石の研究資料を見て。この青い魔鉱石の研究は三十年前からすでに始まっていた。レイが生まれる前から、この魔鉱石が魔力を吸収する性質があることを教団は知っていたんだわ」
資料にはレイが魔力を吸収する力が備わっているのと同じように、青い魔鉱石にも同様の性質があると記されていた。
「この青い魔鉱石に特殊な加工を施すと、聖女の祈りの力を吸収することも可能、とあるわ。レイが生まれる前の研究よ」
「祈りの力を吸収する魔鉱石ですか……こんな青い魔鉱石はクレア様のペンダント以外に見かけたことはありませんが」
「ニケ。聖女たちはいつもどこにいると思う?」
「え? それは、王都です」
クレアの指に力が入って、資料にいくつもの皺が刻まれた。
「彼女たちはいつもどこで祈りを捧げていた?」
「それはエンピレオの礼拝堂です」
クレアの脳裏にモリブデンの「祈りを捧げろ」という命令が響く。
「そこに私たちが知らないだけで、この特殊な青い魔鉱石が設置されていたらどうなると思う? この十数年間の祈りは世界に還元されずにどこにある?」
ニケの顔から血の気が引いた。
「そりゃあレイを処刑したがるわけよね。せっかく集めた膨大な祈りの力が、鉱石人の自爆で強制的に奪われるのだから。どこまで腐っているのかしら」
モリブデンという男は最初から、クレアの力を私利私欲に費やしていた。
聖女の祈りの力を利用するために、どこかに溜めこんでいてもおかしくはないのだ。
「長年溜めた祈りの力を世界に還元してやれば、レイが死ぬ必要はないわ」
「そうですよ!」
ニケが賛同するように力強くうなずいた。
「問題はその膨大な力をどうやって還元するか、なんだけど」
クレアは立ち上がって、王都のある方角を見た。
空を貫くエンピレオの塔が、遠目からも確認できた。
「やることは決まったわ。帰ってやるわよ。あのくそったれな塔にね」




