25 ローマは一猫にして成らず③
25 ローマは一猫にして成らず③
「では、ここから全体でのディスカッションに移りたいと思います。パネリストだけでなく、今日、この場にお集まりいただいた皆様からのご意見・ご質問をいただき、議論していきます。発言のある方は、手を挙げてください。係の者が、マイクを持って参ります。」
フロアの最前列に陣取っていた四十代くらいの女性が、勢いよく手を挙げた。マイクを渡されて立ち上がる。
「児玉公園の近くに住んでいる、小林です。はっきり言って、私はこの計画に反対です。私は猫は苦手です。私の子供は小学二年生ですが、小さいころ猫に引っかかれた経験があって、猫嫌いです。休みの日は親子で児玉公園をよく利用していますが、この計画が採用されて、児玉公園が猫だらけになったら、安心して遊ぶこともできません。市民誰もが快適に過ごせる公園であるべきです。」
会場の一部から、拍手が起こる。
この意見に反応したのは、ポニーテールに白いシュシュをつけた女子高生だ。
「私は、ねこたま市計画はとても魅力的だと思います。猫で街おこし、という発想がユニークで、猫ブームの今、きっとウケると思います。ただ、確かに、猫が苦手という人たちがいるのは事実です。そこをきちんと考えないといけません。
私は、児玉公園内で、住み分けをすれば良いと思います。
猫は、エサをもらえるところに集まります。えさ場や猫トイレを定位置に確保すれば、おのずと猫はその周りにやってくるはず。児玉公園は県内有数の広大な敷地面積があるのですから、その中をテリトリー分けすれば、有効活用できるのではないのでしょうか。
子供たちが遊べるスペース、大人がゆったりと過ごせるスペース、そして、猫と触れあるスペース。それぞれの目的に応じて場所を確保すれば、利用者も増えると思います。
それでも猫が目障りで困るということであれば、場合によってはサファリパークのように、『猫サファリ』として大きく柵で囲うという手もあると思います。」
猫サファリ、という言葉に、栄子は思わず微笑んだ。広々とした公園内を闊歩する凜々しい野性的な猫、そのしなやかな肢体が脳裏に浮かんだのだ。
「私は反対です。この計画、はたして成功しますかね。これを進めるには、お金がかかるでしょ。それって、私たちが払ってる税金ですよね。上手くいくかどうかもわからない計画のために、猫のために、税金使いますか? ただでさえ、児玉市の財政はピンチなのに。」
憤懣やるかたないといった剣幕で、初老の男性がまくし立てた。
二十代くらいの細身の男性がおずおずと手を挙げる。
「正直、人が集まるかどうかは、やってみないとわかりません。でも、僕は、やる価値はあると思います。ピンチだからこそ、何か手を打たねば。猫ブームにのっかるのも、悪くないんじゃないですか。今、世の中が何を求めているのか、それを見極め、波に乗ることが必要なのではないかと思います。
鳥取県の倉吉市では、『マンガ』で街おこしを行い、成功しています。『倉吉フィギュアミュージアム』は、土日は一日五百人も来場者があるそうですよ。グッズを買う人がたくさんいて、儲かっています。『マンガ温泉グリーンスコーレ関金』も人気です。マンガやアニメに関わる人や企業が、倉吉市に集まってきているそうです。児玉市も、そんなふうになったら素敵だと思うんですけど。」
そりゃ、すごい、という声が会場からもれる。
「いいですねえ。その温泉の発想、取り入れたらどうでしょう。温泉と猫カフェを併設する、というのは。温泉からあがって、まったり猫と過ごす、猫好きにはたまらんと思うなあ。」
「ついでに、猫関連のマンガや本を置いて、好きなだけ読んでもらったら?」
温泉と猫カフェと猫本の融合施設、そんな場所があったら、週末、絶対入り浸りそうだと栄子は思った。
以前読んだ「夢の猫本屋ができるまで」という本に書いてあったことを思い出した。
猫本屋の経営者曰く、「本」だけを売っても採算がとれないので、「本×○○」のかけ算にすることが必要なのだそうだ。「本×猫×温泉」、このかけ算は、猫好きにとって実に魅力的である。
商工会議所青年部の西原さんが、壇上で手を挙げた。
「先ほどのご意見にあったお金のことは、本当に大きな問題だと思います。確かに、児玉市にはお金がない。そこで、考えられる手段として、クラウドファンディングはどうでしょうか。ねこたま市計画を実現するために、賛同者を募り、資金提供を求めます。アイディアさえ良ければ、児玉市以外の人たちに援助していただけると思うのです。」
「そう上手くいくだろうか?」
疑問の声が出る一方、
「それは一つの手かもしれない。」
という前向きな声も聞こえた。
「全国の猫好き、この計画に興味を持ってくれるかも。」
「何せ、猫の雑誌まである時代だからな。そういうところで、ねこたま市計画について取り上げてもらったら、効果があるんじゃない?」
「なるほど」
緑がまっすぐに手を挙げ、立ち上がった。
「ねこたま市計画の独自性、それは、私たち中学生が発案したということです。中学生の声に大人たちが耳を傾けてくれ、今、こうして、大勢の児玉市民が集まる公聴会が開かれている。これって、本当にすごいことです。話題性、バッチリだと思いませんか? テレビや新聞、雑誌など、メディアで紹介してもらえば、クラウドファンディングに協力してくれる人もきっといるはず。」
「確かに、ニュースバリューがあるかも。」
「中学生発案っていうのは、売りになるかもしれない。」
いい流れだ。栄子はわくわくしてきた。




