Mission82.別れの人と神
〈灯茉様〉
〈ん?シルクか、どうした?〉
白い猫が灯茉の肩に飛び乗った。シルクに灯茉が問うとシルクは尻尾をゆらゆらと揺らしながら云う。
〈アラティナ様の想い、どうか叶えてくださいませ。灯茉様がいなくなるのは悲しいです。けれど、神である私達はいつでも出会える。そう、大袈裟ながらも思いながら待っております故、どうか、ご無事でお戻りくださいますよう〉
にゃぁ、と小さく鳴いてシルクは灯茉の頬に頬擦りした。友人である神達が集まってくる。シルクは灯茉の肩から飛び降りる。と同時にツルギがやって来た。そして、灯茉の顔を見て、フッと笑った。
〈ツルギか〉
〈ま、お前がいなくなるなんてのがいつか来るはずなのが今なだけなんだよな。まだ、話足りない事とかたくさんあるんだ。だから、さっさと『やり直し』を止めて帰って来いよ。友人が一人でも減るのは辛い…〉
ツルギの瞳から涙が零れ落ちる。がそれを彼は手のひらで無理矢理拭う。それを見て灯茉が笑うとツルギは〈笑うな〉と悪態をついて下がった。前方に出てきたのは長谷部だった。長谷部は眼鏡の縁を上へあげながら言う。
〈長谷部〉
〈全く、貴様はそう言うと思っていた。全て予想通りだ……死ぬかもしれんという事以外はな。短い間だったが世話になったな。此処で礼を言わせて貰う。恩返したるものをしてみたいからな、絶対に帰って来いよ〉
ポン、とすれ違い様に灯茉の肩を叩いて長谷部は横へずれる。その背を見ていた灯茉が彼が涙を拭いたように見えて〈似合わん〉と含み笑いをした。と、灯茉の体に衝撃が走った。なんだなんだと灯茉が驚きながらも見てみると自分に抱きついた政と近の双子がいた。双子は涙で少し濡れた顔を上げた。
〈痛いぞ、政、近〉
〈〈ごめんねー/ごっめーん、灯茉。でも、これくらい我慢してよね。オレら/俺達はもっと痛いんだから……消えるんじゃない、そうでしょ/だよね?オレら/俺達はずっと、待ってるから。もし、死ぬって時になったとしても、友人の帰りをみんなで〉〉
双子は凄まじいほどのコンビネーションでそう言った。それに灯茉はクスリと微笑み、双子の頭を撫でた。双子は恥ずかしそうに身を捩った後、灯茉から離れ、ニコッと笑った。双子が下がると朝陽がやって来て、腰に手を当て、言った。それに困惑気味の灯茉である。
〈朝陽か、どうした?〉
〈どうしたもこうしたもねぇよ!ったく、こんな傷だらけになって!それに、"全員で戻って来い"って言ったのに破りやがって!まっ、しょうがねぇか………次に俺に会う時は国彦と一緒に帰って来るんだぞ?絶対〉
怒ったように言った朝陽は最後にクスリと笑った。それに灯茉は返事をする代わりに笑い返した。それに満足したのか朝陽はヒラリと手を振って横へ。すると白鉄と狐幸が一緒に来た。白鉄が灯茉の肩を少し強く叩く。それに驚いたのは灯茉ではなくその隣の狐幸だった。
〈強過ぎじゃ!白鉄〉
〈ハハ、すまん。許してけれ。きみがいなくなるって実感がないんや。同じ神、同じ部隊の仲間……帰って来たら全員でまた、酒盛りでもしようや。今度はきみとおれで勝負でもしてみようや…行ってらっしゃい〉
笑いながらも白鉄は泣いていた。流れる涙を見せたくないのか涙を拭きながら先に行ってしまった。それに苦笑を灯茉と狐幸がこぼす。
〈狐幸〉
〈灯茉殿、今までありがとうございました。なんて、変ですかな。それでも、また会えると信じております。神として友人として、誇りですぞ。わがままでしょうが私が思うような結末になってくれるとありがたいですな。待っております〉
軽く頭を下げて号泣している白鉄の方へ狐幸は歩いて行く。すれ違い様に灯茉も頭を軽く下げて返事を返した。誰もいなくなった前方に弥厳がひょっこりと現れた。突然、現れたように見えた弥厳に灯茉が思わず驚くと彼は可笑しそうに笑った。灯茉も袖口で口元を隠して笑う。
〈笑い過ぎじゃ、弥厳〉
〈だって貴方がそんなに驚くなんて……改めてあの時はありがとう。貴方達のお陰でオレはいると言ってもいい。同じ部隊で、友人で、仲間で楽しかったよ。また、みんなで笑い合ったりしたいから早く帰って来てね〉
にっこりと笑う弥厳。フードをかぶっているのは泣き顔を見せたくないからなのか。灯茉は〈分かった〉と頷いた。弥厳も頷き返し、横へ少しずれた。その次にやって来たのは竜胆華丸だった。
〈竜胆華丸〉
〈まだ、貴殿に恩を返してないんですよね。だから、俺はお別れを言いません。恩を返してからお礼もお別れも言います……でも、悲しいです……あれ、涙が……変なの…絶対、いつか、帰って来てくださいっ〉
途中から泣き出してしまった竜胆華丸。彼の言葉に頷くと彼は嬉しそうに涙ながらに微笑んだ。そして弥厳と共に去って行く。
友人達の言葉を受け、灯茉は今一度、心に誓った。
母上の想いを、"償い"を、全うしよう。妾のためにも、お主らのためにも……
〈そんなに気を強くしたら、失敗しちゃうかもよ〉
〈うるさいぞ、亜矢都〉
そんなおちゃらけて言う声に灯茉は笑いながら振り返った。そこにいたのは笑った亜矢都だった。亜矢都は灯茉に向かって手を差し出す。灯茉は一瞬、呆けていたが意味が分かったらしく、彼の手を握り返した。
〈そんなに力まなくても、アナタならできるわ。大丈夫よ。女神ちゃんのお力を受け継いでいるんだもの。あっ、それともアナタがいない間の事が不安かしら?それも大丈夫よ!ワタシ達がいるんだもの!だから灯茉は心置きなく…ってちょっと変かしら、まぁいいワ。だから、早く止めて帰って来なさい!アナタが考えるのはそんくらいでいいのヨ!〉
〈ははは、本当じゃな、亜矢都〉
〈そうヨ。分かったかしら?〉
亜矢都の問いかけに灯茉は袖口で口元を隠し、笑いながら頷いた。亜矢都はよしっと頷いて強く握手している手を握った。灯茉も握り返した。大丈夫、きっと出来る。そして、戻って来ると云う思いと共に。
〈行ってらっしゃい〉
〈行ってくる〉
灯茉は亜矢都の手から自分の手を抜き出すと彼らに背を向ける。そして、いまだに消えぬティモリアの側に膝をつくと心臓に深々と突き刺さったナイフの柄を握った。
最期に見る事になった我が父親の安らかな顔を見て、灯茉は決心したようにナイフを一気に引き抜いた。ナイフを抜いたところからティモリアの体が黒い粒子となって消えて行く。
〈……どうか、安らかにお眠り…父上〉
お主の"償い"は、妾達が止める。
頬に伝っていた涙を拭き払いながら灯茉はナイフを握り締めて立ち上がった。一瞬、ティモリアの亡骸があった場所を振り返るとそこには彼と"誰か"が笑ってこちらを見ている気がした。が、所詮、気のせいだ。灯茉は前を向いた。その顔は決心に包まれながらも悲しそうだった。
*
「くー兄っ!」
「うっ」
突然、光希が国彦に抱きついた。勢いがよくて国彦は軽く呻いた。ぞろぞろと友人達が集まってくる。
光希は国彦の服に顔を埋めていたがムクリと上げた。その顔には悲しみが宿っており、その瞳には今にも零れ落ちそうなほどの涙がたまっていた。
「みっちゃん…」
「あたしね、美味しいお菓子作ってくれる優しいくー兄が大好きだよ。でもね、悲しいよ、友達が一人いなくなるのは、寂しいよぉ……くー兄が死んじゃうなんてやだよぉ……会えなくなるなんてやだよぉ……」
「みっちゃ……ねぇ、光希」
「なぁに?」と光希は涙を流しながら国彦を見上げる。その頭を優しく撫でながら国彦は優しい声色で言う。
「僕は、死ぬんじゃないよ?そりゃあ保証はないけど。でもね、僕は友人である君達を救う事が出来る。それは僕にとってとっても嬉しい事なんだよ?生きていればいつかまた会える。僕はそう信じてる」
「……生きていれば、また、会える…?」
「うん、きっと」
国彦の優しい笑みと声に光希の涙腺は再び崩壊した。泣きながらギュッと国彦に抱きつく。国彦はその小さな、傷だらけになってしまった体を優しく抱き締めた。光希が泣き、それを宥めている国彦の頭を優しい手付きで誰かの手が通っていく。国彦が顔をあげるとそこには壱華と弐薙の栗粟兄妹が優しい笑みで立っていた。
「壱華さん、弐薙さん…」
「ねぇ、国彦くん。私はね、国彦くんの事が今、羨ましいの。誰かを救うために死すら恐れないなんて普通の人じゃ到底無理。でも、国彦くんはやってのけちゃう。ねぇ、私の後輩くん。また、会おうね」
笑う弐薙の瞳から涙が零れ落ちた。零れ落ちる涙を手のひらで拭う、そんな彼女の頭を軽く撫で、壱華が国彦を見て笑う。
「……あなたは、よく、頑張った、よ。きっと、これからも、頑張るん、だろう、ね。でも、忘れ、ないで。ずっと、みんな、あなたが、帰って、来る、のを、待ってる。俺も、待ってる、から。行ってらっしゃい」
初めて聞いた、壱華の声。諸事情により、話せないと云う声を出して、片言ながらも言った事に国彦は驚いたが、兄妹の思いに力強く頷いた。壱華が国彦に抱きついていた光希の手を優しく引くと彼は抵抗する事なく、国彦から離れ、彼に向かって軽く手を振って兄妹と共に鶴姫と入れ違いになる。鶴姫はワンピースの裾を軽く持って軽くお辞儀をする。その白いワンピースには紅い点がついている。
「鶴姫…」
「国彦様、ツルギと共に拙いながらお助けくださいました事をもう一度お礼申し上げます。わたくしは、国彦様の御決めになった事に…とやかく云うつもりはありませんが…ありませんが、また、美味しいお菓子を教えてくださいね」
悲しそうな顔を無理矢理笑わせた少し歪な笑顔で胸元に両手を当てて言う。国彦が悲しそうな顔をさせてごめんねとの意味を込めて苦笑すると彼女はその意図を察したようでクスリと笑った。彼女が下がると今度は入れ違いで西珠と管狐がやって来た。西珠は突然、豪快に笑いながら国彦の肩をバシバシ叩いた。
「西珠さん、痛い!」
「ハハハ、わりぃな!でも、こんくらいおっさんにさせてくれ。おめぇは強いよ、さすがオレらの後輩だ。おめぇが、おめぇらが帰って来たら全員でもう一度、酒盛りでもしようぜ?忘れんじゃねぇぞ!」
ニヒヒと歯を見せながら西珠がニヒルに笑う。叩かれた肩に少し痛みを感じながら国彦は「うん」と頷いた。と、管狐が今だ叩いていた西珠を押し退けた。西珠が横で「おぉい」と笑いながら不満げに言う。管狐がポン、と西珠が叩いた肩とは逆の肩を軽く叩いた。
「きつ…管狐さん」
「国彦は厳しい選択を選んだ。それを俺達が肯定や、ましてや否定する権利などない。胸を張れ。同じ部隊として仲間として友人として誇りに思う。国彦が思う通りで良い、だから、俺達を悲しませる結末だけはせめてやめてくれよ?」
苦笑混じりに言った管狐の言葉に国彦は「うん」と少し悲しそうな、それを悟られまいとした顔をして笑う。2人が横へずれると同時に笑う。それを待つことなく螢が横から飛び出すようにやって来た。
「螢…」
「んふふ。やっぱり、ボクが選んだキミと灯茉、千聖は正解だったね。自分のため、他人のために駆けて行く国彦は素敵だったよ。ボクはね、さよならは嫌いなんだよ、一番。だから、帰って来てね、みんなで待ってるから」
泣きそうな笑みで螢は言う。涙が零れ落ちる前に微笑んだ螢に、国彦は力強く頷く。すると、緋暮が空中で浮かんだ状態のまま、いつものようににっこりと笑う。
〈〈"鬼眼"がいなくなっちゃうのはイヤだな~面白いものがなくなっちゃうもん。でも……壊したかった世界やみんながいなくなるのもイヤだなぁ……ねぇ、僕、今笑いたいのか泣きたいのか分かんないや。ねぇ、早く帰って来てね〉〉
笑っているのに泣いている。そんな自分に混乱しつつも言う緋暮の頭を優しく撫でる国彦。緋暮は空中でくすぐったそうに身を捩った。国彦が視線を前に向けると慈悲深い笑みを浮かべた小乃刃がいた。
「教官…」
「もう、私は何も言わん。お前の思う通りにすれば良い。だがな、一つ、言わせてくれ。一人だって、教え子でも仲間でも減るのは悲しい事だ。しかし、その辛さを乗り越えてこその私達だ。だから、神居、お前も乗り越えて来い」
小乃刃はそう言った。それに国彦が頷くと彼女も頷き返した。その顔には言っていた通りの悲しみと教え子が飛び立つ嬉しさが混じって宿っていた。
泣きそうな、泣いている友人達を見て、国彦の心中はぐちゃぐちゃになっていた。
自分が決めた事なのに、みんなを悲しませてる……なんて思っちゃう。都合良すぎかな?僕は、どうしたいの?決めた事をやり遂げたくないの?
「なんて顔してんだよ」
「へ?」
その呆れた声に国彦は俯いていた顔を上げた。そこにいたのは苦笑している千聖だった。
「どうせ、自分はなんでこんなに悲しませてんだとか思ってんだろ」
「うっ」
図星だ。その反応に千聖は彼の頭を撫でると彼の顔面に指をビシッと突き刺し、驚く彼に言った。
「自惚れてんじゃねぇぞ。お前が決めた事なんだからな。それを俺達は応援してんだ。死ぬかもしれない、もう会えないかもしれない。そんな怖いくらいの恐怖に怯えながらもな。だからお前はやり遂げなきゃいけない。お前は"友人達と世界を救いたい"と言った。それが何処まで本気か見せてみろよ!」
「…千聖」
「んで、お前のその任務が終わるまで俺達は俺達の任務として待ってるから。早く帰って、全員に笑えよ。約束でもなんでもいいから、わかったか?」
ふふ、と国彦は笑いながら「分かった」と言った。それに満足そうに千聖も笑い、手を差し出した。国彦もおずおずと手を出し、2人は固い握手を交わした。それは約束。いつかまた会えると、任務を全うすると云う。
「行ってこい」
「行ってきます」
いつものように見送られて国彦は彼らに背を向けた。
そして、ティモリアから抜き放ったであろうナイフを決心した顔で握り締めて立つ灯茉の元へ歩を進めた。
最初は分けてたんですけど合わせたら長くなりました。何故や…




