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54話 紫煙と本音

 白昼夢のような経験に少しぼんやりしていると煙草の匂いと共に酷くむせた声が聞こえてきた。


「げっほ! けほっ! げほっ! 次は私の番です! た、煙草を吸って触れば私にも未来が見えるんですね! げっほ!」


 ふと見れば遠藤さんが口に三本煙草を咥えて大量の煙を吐き出していた。

 彼が煙草吸ってるところを見たことないから、かなり無理して吸ってるんだろうな、もの凄い執念だ。


「ふぅー、これは、なかなかクラクラしますねぇ」


 吸い終わった煙草を地面に落としながら、ふらふらと石へと近づいてゆく。


「あ、あぶねぇ! 」


 木の根に足をすくわれ転びかけた遠藤の服を、玉蔵が咄嗟に掴んだ。だが支えきれず二人は揃って転倒し、その拍子に石へ触れてしまった。

 途端に、彼らの体が淡い光に包まれる。


 玉蔵は煙草吸ってなかったのに反応するのか、受動喫煙恐るべし。発動条件がニコチンなのか、タールなのか、よくわからんな。

 二人とも頭は打ってないようだし、とりあえず放置しておくか。

 それにしても男二人が仄かに光ってる姿はシュールすぎる。


 ……さて。


「凜さん、確かに感じたことのない体験はしたよ。だけど言ってたような未来から何かを呼び寄せるなんてできそうにないぞ。こんなもん使っても小銭稼ぎの見世物小屋か、石を触らせて特別な体験させますとか言って怪しい宗教でも立ち上げるのが関の山なんじゃないか」


 正直がっかりした。

 タイムスリップの手掛かりが見つかったと思ったら肩すかしもいいところだ。


 石の傍らでゆったりと煙草を吸いながら光に包まれる兄を見つめていた凜は俺の言葉を聞いて振り返った。


「……宗教、それもいいかもしれませんね。ですが、もっと有意義な使い方がありますのよ。坂井様、貴方には何がお見えになりましたか?」


 化け物をワンパンするヤバい女と家族を殺されたインディアンの一日体験をしちゃったよ。アトラクションとしては悪趣味すぎる。


「望んで見たいとは思えないモノばかりだったよ……まるで他人の人生を体験した感じだ。んで、凜さんはこれに何を見出したんだ?」


「ふふっ、せっかちですわね。まあいいでしょう、この石碑は自分に関係した未来と過去を見ることができるのですわ」


 潤んだ目で、紫煙をゆっくりと吐き出した。


「未来と過去? 俺が見たのは明らかに未来じゃないし、出てきた奴が俺の過去に関係していたと思えない。あんたの推理は根本から間違ってるんじゃないのか」


「ええ、仰るとおり確証なんてございませんわ。ですが分かるのです。私が見た未来は、50年後の『昭和』に生きた私の血族が感じたものだと。顔も名前も知らないのに……血の繋がりだけは、なぜかはっきりと感じるのです。案外、坂井様の見た人たちはあなたの祖先だったのかもしれませんよ」


 源氏はともかく、インディアンが祖先な訳ないだろ。

 聞いたことねぇわ。


「冗談は顔だけにしてくれ。でもまぁ、あんたに言わせりゃこの石碑は過去と未来を覗き見れる便利な水晶玉ってところか」


「いい得て妙ですが、少し違いますわね。覗き見るだけではなく、その知識と技術を体に降ろすことができるのですよ」


 体に降ろす? 何を言っているんだ。


「私と同じなら、貴方が体験した人の知識や技術はもう頭の中に入っているはずですわ。忌々しいですが零戦の操縦方法まで目を瞑れば浮かんできますの」


「零戦の操縦方法……まさか、さっき言ってた特攻したパイロットの技術も覚えているのか」


 悲し気に目を伏せて頷いた。


「じゃあ、アンタが見たっていう特攻したパイロットやアメリカ人にチョコレートを貰っていたのは……」


「私の血族に連なるものでしょうね。まだ産まれてもいないのに無残に死ぬことが約束されている、そんな世界は変えなければなりません」


 凜が話した突拍子もない話に呆然としていると石碑の方からごそりと何かが動く音がした。

 振り向いてみれば二人がのっそりと起き上がるところだった。

 玉蔵の目がなんだか理性的なんだが、なんだ?


「ふむ、テラフォーミングの為にゴキブリが有用か。では酸素濃度が……」


 顎に手をやり、ぶつぶつ訳の分からない事を言いながら木の周りをうろうろしだした。おまえ、方言はどうした。

 あと、テラフォーミングにゴキブリを使うのは止めなさい。


「あ、母上! 格好の良いお洋服ですね! 今日はどちらへお出かけですか?」


 遠藤さんを見れば純真無垢な目で凜さんの周りを走り回り、あまつさえ母上と呼んではしゃいでいた。


 あ、殴られた。


「……なぁ、凜さん。あんたが必死になる理由は分かった。一つ教えて欲しいんだが」


 地面に倒れた遠藤さんを見ながら、肩で息をしている彼女に尋ねた。


「なんでしょうか」


「凜さんが未来を変えたいのはこの国の為? それとも自分の子供たちの為か?」


 今まで気を張っていた目が、ふにゃっと崩れ、優し気に見えた。


「異なこと、全ては家族や子供たちの為です。国など、その為の揺り籠に過ぎません」


 今、兄貴を昏倒させた奴が言っていい台詞ではないけどな。

 茶化したら俺まで殴られそうだから言わないけど。

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