52話 思惑と誰かの過去
国を作る。
国? うーん。
何言ってんだコイツ。
「何言ってんだコイツ」
余りにもあんまりな発言に、思ったことがそのまま口から出てしまった。
「なっ!? なんですか! 人の一世一代の覚悟をなんだと思っているんですか!」
「いや、国て。現実離れし過ぎてて、まだ怪獣が海から出てくる方が現実感あるわ。おっさんは、おっさんが持ってる適当な未来知識だけでは、どうもこうもならんと思うんだわ」
言っちゃ悪いが、凜さんの秘密部隊がどれだけ力を持っていたとしても無理だろ。外国から北海道がハリネズミにでも見えるレベルの軍事力とそれを維持できる継続的な経済力がなきゃ、日本離脱どころかロシアやアメリカに取り込まれて終わりだよ。
憮然とした表情してるけど本当にわかってんのか、このお嬢ちゃんは。
「人の話も聞かないうちに否定をしないで頂きたいですね、勝算があるからこそ口に出したのです」
そう言うと誇らしげに胸を張った。
「はあ、なるほどですね」
正直付き合いきれんな。
友好的な話はもう出来そうにないし、どうやってこいつらを利用して未来に戻るかを考えた方が良さそうだ。
遠藤兄妹に恩義を感じていたから凜さんの裏切りや暴走も大目に見てきたが、もう無理。
これからはビジネスライクに行こう。
「あなたの知識だけでは足りないのは明白なのですから、未来から衛戍地ごと呼び寄せてしまえばよいのです。人も兵器も丸ごと」
「は?」
今、何を呼ぶと言った?
衛戍地?
「あの石に触れて見えたのは未来の戦だけではございません。どのような手段であなたがこの時代に来られたかも朧気ですが見えましたのよ」
「はぁ?!」
え? そんなことできるのか?
都合のいいタイムマシンじゃん、そんなの。
じゃあ、俺が令和に帰れる手段があるのか?
いや待て、単純に凜さんがショックでおかしくなっちゃっただけの可能性もある。
あんまりな話に頭の中がぐるぐると回る。
知恵熱が出てきた頭を抱えていると凜が微笑みながら口を開いた。
「新しくあの仕組みを作ることが出来れば未来から色々と呼び寄せる事ができるのです。そうですね、最初は兵器に限定しましょうか」
ヤバい、この女ヤバ過ぎる。
できるできないの話じゃなくて、できるなら笑いながらやっちゃうネジのハズレ方がヤバい。
自分の見た未来を回避する為なら、何でも許されるとでも思ってるんだろうか。
どこの戦国自衛隊だよ、中学生の妄想じゃねえんだぞ。
苦虫を噛み潰したような俺の顔を凜が下からのぞき込む。勝ち誇ったような不敵な笑みだ。
「まだ信じて頂けないご様子ですね、では坂井様にもあの石に触れて見ていただきましょう」
「凜、私も見てみたい!」
無邪気な兄の声に今度は彼女が苦虫を噛み潰したような顔をした。
◇
縄の解かれた俺たちと凜を乗せた馬車が、元の場所に戻る頃には俺の愛車は少し離れた場所に移されていた。
櫓と滑車を組んで輓馬で曳いたようだ。
「さぁ、坂井様。触って頂ければ私の考えもご理解頂けますわ」
車輪が抉った轍の真ん中に崩れた石碑の様なものが松明の火に照らし出された。
「確かに蝶の家紋に見えなくもないな」
石に刻み込まれた家紋は確かに以前見せてもらった本の挿し絵と同じだ。
これに触って、凜はタイムスリップせずに記憶だけ流し込まれたという。
予測不可能なシステムを不完全な状態で起動するのにはエンジニアとして拒絶反応がでている。でも、もしかしたら元の時代に帰れるかもしれないという気持ちが勝ってしまった。
石の前に立ち、唾を飲み込むといつもより音が大きく聞こえた気がした。
「……よし、触るぞ」
意を決して、そっと石を触ると思ったより滑らかな石の感触とひんやりとした冷たさが伝わってきた。
だが、それだけで何も起きない。
何度撫でようがペチペチと叩こうが同じだ。
「えと、何にも起きないんだけど」
「そんな馬鹿な!」
俺を押しのけ凜も石に触るが何も起きず、ただ静寂が響く。
先ほどの話は凜の妄想だったのか?
いや、あの戦争を知らなければ出てこない話だった。
じゃあ、何か条件があるのか。
ペチペチと石を叩く遠藤兄妹を見ながら考える。
俺やジェーンがタイムスリップした時と、凜がさっき石に触った時に何か条件があるのか。
腕を組んで考えてみる。
俺は仕事の帰り。
ジェーンは逃げた馬を追いかけて石に腰掛けて一服。
凜は車の下に手を突っ込んで触る前に何をしていた……?
うーん、あ……もしかして。
ハイエースに向かい、床に散らばった荷物の中から煙草を取り出すとライターで火をつけて思い切り吸い込んだ。
「げっほげほっ! ちょっと湿気ってる……。くそっ、せっかく禁煙出来てたのに。」
半月以上振りの喫煙にむせる俺を遠藤兄妹が怪訝な顔で見ていたが、気にせずそのまま石に触った途端、テレビのチャンネルをリモコンで切り替えた時のように目の前の風景が変化した。
「当たりか。……うわっ、酔いそう」
まるでVRゴーグルをつけて、誰かの記憶をそのまま観ているような感覚だ。俺の目線とは違い、随分と背が低い。
そこには朝靄に包まれ、古びた門の外に旅支度をした武者が一人立っているのが見えた。
『義経様……本当に行かれてしまわれるのですね』
頭の奥から響いた声は自分の声ではなく、若い女のものだった。




