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魔力ゼロのドールマスター  作者: 仁科異邦


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ダンジョンボスと特異個体


 Eランクダンジョン『鉄屑の廃坑』の探索は、恐ろしいほど順調に進んでいた。


 道中に現れるアーマードゴブリンたちは、桜花の刃が閃くたびに文字通り鉄屑へと変わり、俺のリュックは瞬く間にビー玉サイズの魔石でパンパンに膨れ上がった。


「マスター、この階層の魔物はらかた掃討しました。次はいよいよ最深部、ボス部屋です」


「ああ。ここまで危なげなく来れたし、Eランクのボスなら問題なくいけそうだな」

 俺たちは坑道の最奥にそびえる、ひときわ大きな鉄格子の扉の前に立っていた。


 中からは、これまでとは比べ物にならないほど濃密で、暴力的な魔素の気配が漏れ出している。

 桜花が鉄格子を蹴り破ると、広大な石室の中央で『それ』が待ち構えていた。


「グルルルル……ギィッ!!」

 通常のゴブリンの倍以上、人間の大人ほどもある巨体。

 そして何より目を引くのは、その全身を覆う分厚いフルプレートアーマーと、身の丈ほどもある巨大な戦斧だった。


「ホブゴブリン・ジェネラルか……!」

 Eランクのボスにしては、武装が良すぎる。本来ならDランク上位に匹敵する装甲力を持った個体だった。


「桜花、あいつの鎧はさっきまでの雑魚とは分厚さが違うぞ! 油断するな!」

「ふふっ、マスターは心配性ですね。ですが……」

 桜花は白鞘に手を添えたまま、少しだけ楽しそうに目を細めた。


「ちょうど良い硬さの的です。少しだけ、刀に込める出力を上げてもよろしいでしょうか?」

「出力って……まあ、お前が制御できる範囲なら任せる」


「承知いたしました、では行きます!瞬き厳禁ですよ?」

 ホブゴブリンが咆哮を上げ、床を砕きながら突進してくる。


 上段から振り下ろされる巨大な戦斧。

 直撃すれば、人間など一撃で倒される威力だ。

 だが、桜花は一歩も退かず、静かに鯉口を切る。


「『桜花一刀流・参の型』」

 チャキ……。

 刀が抜かれた瞬間、桜花の周囲の空気が陽炎のように揺らいだ。


 今までの一閃とは違う。刃から溢れ出した淡い桜色のエネルギーが、三日月のような斬撃の刃となって実体化したのだ。


「『散華さんげ』」

 横薙ぎに振り抜かれた刀から、巨大な光の刃が放たれた。

 それはホブゴブリンの戦斧を触れた瞬間に溶断し、分厚いフルプレートアーマーごと、巨体を上下に真っ二つに分断した。


「ギ、ガ……ッ!?」

 断末魔を上げる間もなく、ホブゴブリンは光の粒子となって消滅する。

 だが、俺の顔は驚愕に引き攣っていた。


 斬撃の光刃はホブゴブリンを両断してもなお勢いを失わず、その後ろにあった『ダンジョンの分厚い岩壁』に直撃したのだ。


 ズドォォォォォォォンッ!!

 鼓膜を破るような轟音と共に、岩壁が数メートルにわたって崩落を起こす。


 もうもうと立ち込める土煙の中で、俺は思わず頭を抱えてしゃがみ込んだ。

「やりすぎだバカ! ダンジョンを崩落させる気か!」


「す、申し訳ありませんマスター! つい、二百年ぶりの全力を出してみたくなってしまい……」

 桜花が珍しく慌てた様子でぺこぺこと頭を下げる。


 幸い、天井が落ちてくることはなかった。

 俺はむせながら立ち上がり、崩れ落ちた岩壁の奥へと目を向けた。


「……ん?」

 土煙が晴れた先に見えた光景に、俺は息を呑んだ。

 分厚い岩盤が崩れた奥。そこにあったのは、土でも岩でもなかった。


「なんだ、あれは……?」

 鈍い銀色に光る、金属の壁。

 そして、桜花の斬撃によって斜めに切り裂かれた隔壁(ハッチ)のようなものが見えたのだ。


 ハッチの奥からは、青白い人工的な照明の光が漏れ出している。

「ダンジョンの壁の中に、人工の施設……?」


 ありえない。ダンジョンは未知の魔素によって形成された自然の迷宮だというのが、現代の常識だ。

 壁の奥に、こんな近代的な金属の施設が埋まっているなど、どの文献にも記録がない。


 俺が呆然としている横で、桜花の表情からいつもの余裕が消え失せていた。

「この金属の材質……この空気の匂い、まさか……」


 桜花は引き寄せられるように、切り裂かれたハッチの奥へと足を踏み入れていく。

「おい、桜花! 勝手に入るな、何があるか分からないぞ!」


 俺も慌てて後を追う。

 金属の通路に足を踏み入れた瞬間だった。

『Warning. Sector 4 containment breached.』


 通路全体が赤黒い警告灯に照らされ、無機質な電子音声が鳴り響いた。

「な、なんだ!?」


『Lio xea, arne velsia... Entity Code 00, detected.』

 あの時と同じだ。俺の家の地下室で、桜花が目覚めた時に発した謎の言語。


『翻訳モード起動。未登録のマスター権限を拒絶。

……特異個体【コード00・桜花】の侵入を確認』


『警告。対象は厄災指定の反逆者です。直ちに廃棄シークエンスへ移行します』


「は……? 厄災指定? 反逆者……?」

 俺が状況を飲み込めずにいると、通路の奥にあった重厚な扉が、プシュゥゥゥ……という排気音と共にゆっくりと開いた。


 コツン、コツン。

 奥から歩み出てきたのは、人間ではなかった。

 軍服のような漆黒の衣装を身に纏った、一人の少女だった。


 透き通るような白い肌、球体関節。それは桜花と同じ『アンティークドール』だったが、彼女の右目は無惨に砕け、左腕からは無数のコードが剥き出しになっていた。


 その全身から、息をするのも苦しいほどのどす黒い魔素が立ち昇っている。

「……裏切り者のコード00……」


 砕けた右目から黒い涙のようなオイルを流し、そのドールは桜花を睨みつけた。

 そして、その視線が俺へと向く。


人間マスター……排除する」

 ドンの姿がブレた。

 速い。

 先ほどのホブゴブリンとは比較にならない、音を置き去りにする神速の踏み込み。

 漆黒の刃が、俺の首を刈り取るために迫る。


 死を覚悟した瞬間。

 ガキィィィィィィィィンッ!!!!

 火花が散り、強烈な衝撃波が通路を吹き荒れた。


 俺の目の前には、白鞘の刀で漆黒の刃をギリギリで受け止めた、桜花の背中があった。


「マスター、下がって!!」

 これまで余裕の笑みしか浮かべてこなかった桜花が、初めて切羽詰まったような悲鳴に近い声を上げた。


 彼女の刀を持つ手が、微かに震えている。

 力が拮抗しているのだ。


「……桜花、お前……」

 俺の呟きに答えることなく、桜花は声のトーンを絶対零度まで落とし、目の前のドールを睨み据えた。


「なぜ貴様が、こんなところで稼働している」

 桜花の深紅の瞳が、怒りと悲しみで揺らぐ。

「『コード01・飛鳥あすか』……!」


 ただの資金稼ぎのはずだったEランクダンジョン。

 だが、崩壊した壁の奥に隠されていたのは、桜花と互角の力を持つ、もう一体の『零世代プロトタイプ』だった。


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