報酬とドールへの報酬
ダンジョンから帰還した俺たちは、そのまま探索者協会へと直行した。
手に入れたドロップ品を換金するためだった。
協会の買取カウンターは、夕方の時間帯ということもあって多くの探索者で賑わっていた。
「あ、月島様。初探索、お疲れ様でした」
窓口の受付嬢――今日の昼間、俺の魔力ゼロ判定で困惑していた女性が声をかけてきた。
「無事に戻られて何よりです。スライムの魔石ですか?」
「ええ、まあ。スライムの魔石もいくつかあるんですが……メインはこっちでして」
俺は背負っていたリュックから、ゴトリ……と重々しい音を立てて『それ』をカウンターに置いた。
拳ほどのサイズの魔石だった。
スライムの魔石がビー玉程度の大きさであることを考えれば、なかなかのサイズだった。
「え……?」
受付嬢が少し驚いたように目を丸くした。
「これは……ただの魔物じゃないですね。Fランクダンジョンで採れるサイズじゃありません」
「最深部でイレギュラーに遭遇しまして。オークの魔石だったんです」
「オ、オークですか? 初心者のダンジョンにイレギュラーが……少々お待ちくださいね」
受付嬢に呼ばれて、奥の部屋から支部長が姿を現した。
支部長はカウンターの上の魔石を見るなり、感心したように頷いた。
「ほう、確かにオークの魔石だ。中級者向けのCランク相当の魔物がFランクに出るとは珍しいな」
支部長は魔石を手に取り、俺と桜花を交互に見た。
「月島君、初陣でイレギュラーを引き当てるとは不運だったが、よく無傷で倒せたね」
「どうやって、と言われても……」
俺が隣を見ると、桜花はすまし顔でふわりと微笑んだ。
「大層なことではありません。私が刀で一刀両断しただけです。スライムより少しだけ骨があった程度ですね」
「一刀両断……」
支部長は目を瞬かせた。
魔法すら使わず、抜刀術だけで格上のオークを瞬殺したなど、にわかには信じがたい。
だが、目の前には傷一つない二人の姿と確たる証拠の魔石があった。
「……ゴホン。信じがたいが、見事な手際だった。イレギュラーの討伐特別報酬も含めて、この魔石は協会で買い取らせてもらおう」
手続きを終え、支部長が提示した金額は、五万円だった。
学生の俺からすれば、数時間の探索で得た額としては十分すぎる大金だった。
「五万円……! いきなり大儲けじゃないか」
ホクホク顔で協会を出た俺は、隣を歩く桜花に笑いかけた。
「ありがとな、桜花。お前のおかげで初日から大黒字だ。
何か欲しいものはあるか? ドール用のメンテナンスオイルとか、新しい服とか……は、無理か」
すると、桜花はピタリと足を止め、真剣な顔で俺を見つめてきた。
「マスター。私は安っぽいオイルなど不要です」
「お、おお。じゃあ何が欲しいんだ?」
「……実は、先ほどから気になっていたのですが」
桜花がそっと指差したのは、協会の向かいにあるクレープ屋だった。
甘い匂いが漂い、学生たちが列を作っていた。
「あの、甘い匂いのする布に包まれた食べ物……あれは一体何なのでしょうか?」
「えっ? クレープだけど……お前、ドールなのに食べ物に興味があるのか?」
「私は零世代。人間と遜色ない味覚センサーと、有機物をエネルギーに変換する疑似消化器官を搭載しております。つまり、食事が可能です!」
えっへん、とまたしてもドヤ顔を決める桜花だった。
「……なるほど。ドールなのに、食欲はあるんだな」
「食欲ではなく、エネルギーの効率的な摂取のための純粋な興味です!
け、決してあの苺と生クリームの組み合わせに心惹かれたわけではありません!」
分かりやすすぎる言い訳をする桜花が、なんだか年相応の女の子に見えて、俺は思わず吹き出してしまった。
「わかったわかった。今日は初陣の祝勝会だ。好きなだけ食っていいぞ」
「本当ですか!? マスター、一生ついていきます!」
目を輝かせてクレープ屋に駆け出していく和装のドール。
魔力ゼロの落ちこぼれだった俺の日常は、彼女のおかげで、最高に面白くてワクワクするものに変わり始めていた。
♦︎
クレープ屋の前に用意されたベンチで、桜花は両手で大切そうにクレープを持ち、小動物のように端っこをカプリと囓った。
その瞬間、ルビーのような深紅の瞳がカッと見開かれた。
「マ、マスター……! これは革命です! 口の中で未知の甘味が爆発しています!」
「ははっ、そりゃよかったな」
「もう一つ! 今度はあの茶色いソースがかかっているやつを要求します!」
「はいはい。チョコバナナだな」
最初は初めての現代食にはしゃぐ姿を微笑ましく見ていた俺だったが、数分後にはすっかり顔を青ざめることになった。
「いちごチョコバナナ、おかわりです! 次はツナマヨという塩気のあるものも試してみましょう!」
「お、おい桜花……お前、それ十個目だぞ……?」
「私は永久機関。食べたものは瞬時に百パーセントのエネルギーへと変換されますので、胃もたれという概念は存在しないのです!」
えっへん、と胸を張る桜花。
その華奢な体のどこにそんなスペースがあるのか、彼女は瞬く間に十個、二十個とクレープを平らげていった。
結局、店先のベンチにはクレープの包み紙が山のように積み上がることになった。
「ふぅ……エネルギー充填、完了しました。素晴らしい食事だった」
満足げにお腹を撫でる桜花の横で、俺はすっかり軽くなった財布の中身を見て膝から崩れ落ちた。
オークを倒して手に入れた五万円の半分が数十分で綺麗に胃袋へと消え去っていた。
「初陣の稼ぎが……クレープ代だけで半分吹っ飛んだ……」
「マスター? どうして地面に這いつくばっているのですか?」
「い、いやなんでもない……明日からまた、ダンジョンでしっかり稼ごうな……」
ドールを手に入れた代償の『食費』は、俺の想像以上に高くつきそうだった。




