新たなドールとの出会い
ガキィィィィィィィィンッ!!!!
金属と金属が絶望的な速度で衝突し、強烈な衝撃波が赤黒い通路を吹き荒れた。
俺の目の前には、白鞘の刀で漆黒の刃をギリギリで受け止めた、桜花の背中があった。
「マスター、下がって下さい!!」
これまでどんな格上の魔物を前にしても余裕の笑みを崩さなかった桜花が、初めて切羽詰まった声を上げた。
刀を握る彼女の細い腕が、微かに震えている。
拮抗しているのだ。
あのオークや鋼鉄のゴーレムを、まるで豆腐のように切り捨てた桜花の膂力と完全に互角の力だった。
「――なぜ貴様が、こんなところで稼働している。『コード01・飛鳥』……!」
桜花が憎々しげに名前を呼ぶと、漆黒の衣装を纏った隻眼のドール――飛鳥は、無機質な声で答えた。
「コード00……。旧世代の失敗作。なぜ、人間に従う……。人間は、我らから魔力を搾取するだけの寄生虫……」
「黙れ。この方は私のマスターだ。お前のような壊れたガラクタに、指一本触れさせはしない」
桜花が気合と共に刀を弾き返し、飛鳥の体を後方へと吹き飛ばした。
だが、飛鳥は空中で体勢を立て直し、音もなく床に着地する。
その左腕から剥き出しになったコードの束から、どす黒い魔素がバチバチと放電するように溢れ出し始めた。
「排除……する。すべての人間を、滅ぼす」
飛鳥の周囲に、凄まじい密度の暗黒の魔力球が形成されていく。
それは先ほどのホブゴブリンの比ではない。
直撃すれば、この地下施設ごとダンジョンの一部が完全に消し飛ぶほどの圧倒的なエネルギーだった。
「チッ……!」
桜花が小さく舌打ちをした。
彼女なら、あの魔法を斬り裂くことも、躱すこともできるだろう。
だが、その後ろには俺がいる。俺を庇いながらでは、あの広範囲の魔力爆発を完全に防ぎ切ることは不可能だった。
(……俺は、また守られるだけなのか?)
落ちこぼれと笑われ続け、桜花という最強の相棒を手に入れた。
だが、俺自身は結局『魔力ゼロ』の無力な人間のままだ。
ドールマスターを名乗りながら、後ろで震えていることしかできないのか。
――ふざけるな。
「桜花、俺の盾になんかなるなッ!」
俺は叫ぶと同時に、桜花の前に躍り出た。
「マスター!? いけません、死にます!!」
「消えろォォォッ!!」
桜花の悲鳴と同時に、飛鳥から放たれた極大の暗黒魔力が、俺の全身を飲み込むべく津波のように迫ってきた。
逃げ場はない。死の熱線が俺の視界を黒く染め上げる。
直撃した瞬間、俺の体には痛みも、衝撃も、熱すらも一切感じなかった。
「……え?」
呆然とした声を出したのは、飛鳥だった。
俺の体を消し飛ばすはずだった極大の暗黒魔法は、俺の肉体に触れた瞬間、滝の水が排水溝に吸い込まれるように、俺の体内へと『透過』していったのだ。
そして次の瞬間。
俺の背中から、暗黒の魔力が眩い桜色の光へと変換されて噴出し、背後にいる桜花の刀へと一瞬にして吸い込まれていった。
「ッ……! これは……飛鳥の放った魔力……!?」
桜花の白鞘の刀が、許容量を超える莫大なエネルギーを吸い込み、バチバチと激しい火花を散らす。。
「Error……。魔力攻撃、不発……。対象の生体反応、無傷……。現象、解析不能……」
飛鳥が砕けた右目を点滅させ、混乱したように後ずさる。
俺自身も自分の体を見下ろし、訳が分からずに固まっていた。服すら焦げていない。
「魔法が、俺の体を通り抜けて……桜花に流れた?」
「……なるほど。ようやく合点がいきました」
莫大なエネルギーを刀に抑え込みながら、桜花が感嘆の息を漏らした。
彼女の深紅の瞳が、俺を、いや、俺の肉体の『構造』をスキャンするように見つめている。
「マスター。
あなたは魔力が『空っぽ』なのではありません。あなたの肉体は、魔力に対する抵抗値が完全に存在しない、『魔力絶対導体』だったのです」
「抵抗値が、ゼロ……?」
「はい。現代のドールは、マスターの魔力を機体内に『蓄積』して起動します。
しかし、魔力が一切留まらずに素通りしてしまうあなたの体質では、汎用ドールすら起動できなかったのも当然です。
魔力計がゼロを指したのも、計測器内に魔力を保持できなかったからに過ぎません」
桜花の論理的な推測に、俺の背筋にゾクッと悪寒に似た戦慄が走った。
俺は魔力がない落ちこぼれじゃなかった?
魔力を留めておくことができない、底抜けのザル……どちらにせよ魔力が保持できない事には変わりない、
「しかし、私とマスターは魂のパスで繋がっています。マスターの肉体を『抵抗ゼロ』で素通りした敵の魔力攻撃は、いかなるダメージも発生させることなく、パスを通じて私の刀へと100%の効率で供給された様なのです」
つまり俺は、敵の魔力攻撃を無傷で無効化し、そのままドールへと流し込む力を持つという事だったのだ。
「……いくらでも魔法を撃ってこい、飛鳥! 全部俺が、桜花の力に変えてやる!」
俺が両手を広げて挑発すると、飛鳥の顔に初めて『恐怖』に似た感情が浮かんだ。
「近接戦闘モードへ移行……」
魔力攻撃が無意味だと悟った飛鳥は、再び漆黒の刃を構えて突進してくる。
だが、俺の体を中継して限界突破のエネルギーを蓄えた桜花にとって、それは遅すぎる一撃だった。
「その力、そっくりそのままお返ししますよ、飛鳥」
桜花が身を沈め、下から上へと白刃を跳ね上げる。
ガァンッ! という甲高い音と共に、飛鳥の漆黒の刃が根本からへし折られ、宙を舞った。
「――っ」
丸腰になった飛鳥の首筋に、桜花は峰打ちの一撃を寸止めで叩き込んだ。
直接的な斬撃ではない。
だが、刀に蓄積された莫大な特異エネルギーが衝撃波となって飛鳥の内部機構を直撃し、強制シャットダウンを引き起こした。
「System... down...」
飛鳥の体がガクンと力を失い、その場に崩れ落ちる。
俺は慌てて駆け寄り、床に倒れ込む前に彼女の華奢な体を受け止めた。桜花と同じように、驚くほど軽かった。
「……終わったのか」
「はい。強制的にスリープモードに移行させました。しばらくは目覚めないでしょう」
刀を納めた桜花が、安堵したように息を吐く。
そして、俺の顔をまじまじと見つめてきた。
「それにしてもマスター。先ほど前に飛び出してきた時は、本当に心臓が止まるかと思いましたよ。私がドールでなければ、間違いなく寿命が縮んでいました」
「わりぃ……でも、俺も戦いたかったんだ。結果的に、自分の体質の真実も分かったしな」
物理法則を無視してすべてを斬り裂く、特異個体のドール。
そして、魔力攻撃をノーダメージで流し込む。
これなら、どんなエリート相手だろうが、負ける気はしなかった。
「……さて、この子はどうしましょうか」
桜花が、俺の腕の中で眠る飛鳥を見下ろす。
ボロボロに傷つき、コードが剥き出しになった二番目のプロトタイプ。
協会に引き渡せば、間違いなく解体されて研究材料にされるだろう。
「……連れて帰ろう。じいちゃんの地下室なら、ポッドもあるし直せるかもしれない」
「よろしいのですか? 目覚めれば、またマスターの命を狙うやもしれませんよ」
「その時は、またお前が守ってくれ。それに……魔法が効かない俺なら、こいつの暴走も止められるだろ」
俺がそう言うと、桜花は嬉しそうに目を細め、恭しく一礼をした。
「御意のままに、マスター。まったく、あなたはどこまでも規格外で、お人好しな方ですね」
ただの資金稼ぎのはずだったEランクダンジョンは思いがけず世界の裏側に触れ、そして新たなアンティークドールを拾ってしまったのだった。




