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新しい家族の約束

 王都から灰冠城グレイヴォールへ戻った夜、私は久しぶりに深く眠った。


 博覧会の疲れだけではない。父との対話で、思っていた以上に心が削れていたのだろう。朝、目を覚ますと、外は柔らかな春の雨だった。

 食堂へ降りると、子どもたちの声が聞こえる。


「どうしたの?」

 ユリアに聞くと、少し困ったように笑った。

「昨夜、隊商の事故で親を失った姉弟が保護されました。今は診療室の隣で休んでいます」


 私は息を呑んだ。

 北辺では珍しくない話だ。だからこそ、珍しくないままにしたくない。


 姉は九歳のリナ、弟は六歳のマオ。怪我は軽いが、目の奥に強い警戒がある。セシリアが診て、ミレイユが落ち着くまで付き添い、クララが甘いスープを用意した。それでも、二人の肩はなかなか下がらない。


「ここにいてもいいの?」

 リナが先に聞いた。

「もちろん」

 私は目線を合わせる。

「すぐに全部を決めなくていいわ。休んで、食べて、それから考えましょう」


 午後、レオンハルトと私は執務室で向き合った。

「一時保護で終わらせたくない」

 私が言うと、彼は静かに頷く。

「分かっている。今の灰冠城なら、子どもを受け入れる仕組みを作れる」

「孤児院、という形にする?」

「あるいは寄宿舎の拡張と後見制度だな。町の家々とも連携したい」


 話しているうちに、それは二人の思いつきではなく、すでに町全体の願いになりつつあると分かった。フェリクスは法的整理を引き受け、ミレイユは星殿経由の支援を約束し、マルタは即座に食事計画を書き始める。


「家族って、血だけじゃないのね」

 夜、工房でぽつりとこぼすと、レオンハルトが小さく笑った。

「今さらか」

「ええ、今さら」


 新しい家族を、軽々しく口にしたくはない。

 失ったものの重さを知っているからこそ、名前を与える責任も分かる。

 それでも、この城が誰かの帰る場所になれるなら、そういう約束を増やしていきたいと思った。


 雨の音を聞きながら、私は窓枠の小さな歪みを直す。

 家族の形も、きっと同じだ。

 最初から整っているものではなく、暮らしながら少しずつ、壊さず、支え合って作っていくものなのだろう。


 少し時間を置いてから、私は灰冠城の工房と回廊をつなぐ、いつもの場所へ戻った。見慣れた灯りと人の気配がゆっくり重なり、特別な事件がなくても城は確かに生きているのだと分かる夜だった。忙しい一日のあとで同じ場所を見直すと、昼には見えなかった細部が浮かび上がる。小さな足音と木製の玩具がぶつかる軽い音のような些細な手触りが、その日の出来事を思いがけない形で思い出させることもある。


 私は道具を片づけながら、今日の出来事が派手でなくても、続いていく暮らしの一部として十分に重いことを静かに噛みしめた。こういう時間は誰に褒められるわけでもないし、すぐに成果になるわけでもない。それでも、誰も見ていないときに少しだけ整えておいた段取りが、翌朝の空気を驚くほど軽くする。そのことを知ってから、私は一日の終わりを前より丁寧に扱うようになった。


 最後に残るのは、大きな奇跡よりも、明日も続く手順と人の気配だ。そういう終わり方を選べるところまで来たこと自体が、灰冠城の再建だったのだと思う。 たぶん修復という仕事の本質は、壊れたものを元へ戻すことだけではない。壊れたあとにどう扱うか、同じ綻びを次にどう防ぐか、そしてその手順を誰かと共有できる形へ残すことまで含めて、ようやく再建と呼べるのだと思う。


 私が今見ているのは、小さな足音と木製の玩具がぶつかる軽い音のような、誰かが見落としても不思議ではない細部ばかりだ。けれど実際に町や城を支えるのは、いつもそういう小さな部品の方だった。派手な奇跡より先に、綻びを見つけて、記録して、次の人が迷わず触れる形へ直しておくこと。そういう地味な手順が積み重なって、ようやく暮らしは丈夫になる。


 きっと明日になれば、また別の形をした不足が見つかる。灰冠で培ったやり方が、本当に外の土地でも動くのか試される。。それでも今は、次に何を直すべきかを考えること自体が、前へ進んでいる証拠だと知っていた。 そう考えると、今日起きたことはもう過去ではなく、明日の仕組みの一部になり始めている。私はその手触りを確かめるように指先を拭い、静かに戸を閉めた。

読んでくださってありがとうございます。続きは『西方再建依頼』です。次話もよろしくお願いします。

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